第4話 私はにーるになる②

 生まれつきのブラッディアイだった私とは違い兄は今までの自分の瞳の色ではなくなったことに動揺し慣れるまではガラスに移る自分の姿すらみることが出来なくなったそうだ。


「最初は動揺したけど、これでニーナと同じ瞳の色になれたんだから俺は今満足してるんだ。」


 兄がようやく自分の新しい瞳の色に慣れてきて心の余裕が持てたころ、医師の紹介で兄と同じように密かに病を完治した人やその家族と知り合ったらしい。その人たちから聞いた話は兄には信じがたいものだった。


「俺の場合はニーナと同じ瞳になれたという救いもあったけど、この瞳の色で苦しんでいる人は本当に大勢いるんだ。そして本人だけではなく家族や親族までもが同じように苦しんでいるんだ。」


 それまで報道する側の立場だった兄は彼らの実体験を聞くうちにせめて家族に対する差別記事を出せないかと提案したらしいが、親族らには差別は恐怖から来るものだからどういう病気の詳細が分からない今記事にしたところでたたかれるだけだろうと断られてしまったらしい。

 だが諦められない兄は彼らを説得し共にこの病気を調べることとなったそうだ。


「そこでニーナに協力してほしいことがあるんだ。

難しいことじゃない。ただ・・・俺と入れ替わってほしいってだけなんだ。

今話した人達と俺は今計画していることがあって、その計画のためには俺が今捕まるわけにいかないんだ。今まで放っておいて今更こんな願いは図々しいとは思うが、全部に理由があるんだ。

怖いのはわかる。分かるがニーナにしか頼めないんだ。

必ず!必ず俺が迎えに行くからだから今は何も聞かないで入れ替わってくれないか。」


 感染が確認された人は公式な病院で一通り検査をすることを義務ずけられている。

 そして検査後完治が認められれば同じように完治した人達が生活する居住区域に移動することになる。それはブラッディアイで差別を受ける人を社会から守り、そしてまだ感染していない国民が不安ならないようにするための国の安全措置だった。

 差別を防ぐためとはいえ自分の今までの生活を犠牲にすることとなってしまったブラッディアイの人達には国が新しい居住区に移動後信じられない手厚い保証が受けられるのだが、今の兄にとっては最も防ぎたい自体だった。


「妹のお前にこんな頼みをするなんて図々しいと分かっているし、こんなこと非常識だってことも十分に分かっている。家族に話す内容じゃないってことも。だけど俺は俺を信じて託してくれた人達を裏切れない。どうしても今動けなくなるわけにいかないんだ。」


 今までそっけなくしてきた兄が何を今更と鼻で笑う人もいるだろう。

 もしそれが他人だったら私もそうしたかもしれない。

 だけど

 だけど兄なのだ。血にはあらがえないという言葉が深く私に刺さる。

 双子だからだろうか?兄弟だからだろうか?血を分けた家族だからだろうか?


 不思議と双子だからという理由なのか幼いころから兄が嘘をついていたり陥れようとしていればすぐに私は分かる。

 だが今の兄は全て真実を話し、本気で一時の間自分が自由に動ける時間稼ぎをしてほしいと言っているように感じる。

 兄の瞳の色が染まってから入れ替わったところで私と兄はますます見分けられる人はいないだろう。

 おそらく父や家政婦でさえも同じ姿であれば見違えるに違いない。


 だからこその提案だったのだろう。

 兄がまた笑ってくれるのであればこれが夢でなくとも私はなんでもする。

 それが私の答えだった。

 他人からしたら馬鹿なことをと言われるに違いない。

 おそらく私もTVや小説でそういう場面を見たら同じように馬鹿な人間だと思うだろう。

 だが私はあえてその道を選ぶ。


 兄からの話聞き世間知らずの自分が外でやっていけるかという不安と葛藤しながらすっかり冷めてしまった紅茶を飲み干した。そして最後に軽食のプティングが空になりスプーンを置くと同時に私は兄の願いに頷いた。


「分かった」


 きっと私はこの選択を後悔するだろう

 なんでそんなことを?と未来の私は問いかけるだろう

 それでもいいと思ったのだ


「・・・!!」


 兄がしたいようにして生きたいように生きてほしいと思ってしまったのだ。

 私がこうして家に閉じこもっている中、兄はとても多くの人を助けてきたことだろう。

 そして今も助けているのだろう。

 そんな兄の役に立てるなら、私にできることがあったのならそれでいいじゃないか。


「ありがとう・・・ありがとう・・・今まで本当に・・・本当に悪かった」


 初めて兄の涙を見た。

 額に手を当て涙をこらえる姿は何処か懺悔のように見えて見ている私まで申し訳ない気持ちにさせてしまう。


 今日から私はニールになる。

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