第5話 父との再会①
その後はあわただしいものになった。
話が終わるとすぐに家政婦に風呂に連れていかれた。私は家から出ることも人と会うこともないので一週間に一度お風呂に入ればいいという生活を繰返していたから家政婦も気になったのだろう。
まるで貴族の令嬢のように浴槽につかった状態で家政婦に髪を洗われ今まで放置していた絡まった髪を丁寧にほぐされていった。そうして丁寧にケアされた髪はいつもより長くなっており自分のずぼらさに苦笑してしまった。
すっかり髪が本来の長さを取り戻したところで風呂から上がり家政婦は兄を呼んだ。
そして家政婦は私の隣に兄を座らせ髪の長さを見ながら兄と同じ長さまで大まかに切りそろえた。久しぶりにハサミをいれた髪が落ちる音は髪が落ちたとは思えないほど重々しい音となり足元に散った長い髪は浴槽の白い床の色を変えた。
その後細かく髪型を整えていき兄と同じ髪型になると本当に二人並んでどちらがどちらかということが分からなくなる。
浴槽にある大きな鏡で自分たちを見ながら外見が見違えることを確認した兄は頷き、その足で浴槽から自分の部屋に私の手を引いて向かった。
そこで自分の服を何着か引っ張りだし私に合わせながら洋服を決め、兄はその洋服を来てほしいと私にわたした。渡された服に袖を通すと思った以上にしっくり来る。
髪を切り服を変えようやく私はニールになったのだ。
いつもどおり兄は陽が明ける前に家をでた。
出かける寸前まで兄は私に何度も何度も謝罪をしかならず迎えにいくからと固く約束をした。夢だ夢だと思って少し大胆な行動もとれていたが、日の昇り合わせるようにゆっくりとこれが夢ではなく現実だということを実感する。
兄には大丈夫と告げたが、先程までの決心が嘘かのように現実だと実感すると恐怖が私の心を占めていく。仮眠を取ろうとベッドにもぐるが緊張と恐怖と不安で胸が高鳴り結局眠ることは出来なかった。
そして入れ替わった私は黒いバンにのりニールとしての運命を歩き出した。
今まで暮してきた屋敷から三時間ほど経ったくらいだろうか?
ようやく車はゆっくりと速度を落とした。
黒く塗りつぶされた窓に両脇の見知らぬ黒服の男性、怖くないといったら嘘になるだろう。震えをとめるために握った手に爪が食い込み手は変色していた。
これが現状の私だ。
煌びやかというより暗黒面と言った方が正しいということが分かってもらえただろうか?
暗黒面というのは別に両隣の男性が黒いスーツを着ていたからでも窓が黒く塗りつぶされているからでもない。
この先どうなるか検討さえつかない現状は本当に一寸先が闇という表現しかないからだ。
【セントラルリゾートタワー】
ニーナには見えないが、そう金字で書かれた大きなセキュリティーゲートを黒いバンはくぐった。ゲートをくぐるとまるでそこは別世界のように手入れが行き届いた並木道とラベンダー畑が広がっていた。
美しく広がるこのラベンダー畑とても有名な場所で品種改良により一年中美しい薄紫色の花畑を見れるだけではなく、かぐわしい香りを漂わせ人々を心の底からリラックスさせるのだということで人によっては幻の並木道だと語ることもある名所だ。
わざわざ香を嗅ぎにラベンダーに近寄らなくとも車で近くを通るだけでも十分に分かるその花の香りにニーナは顔をあげ両隣の黒服を見渡したが両隣の黒服たちは表情を一切崩さず前だけを向いていた。
そんなニーナが見ることができなかった美しい小道を抜けるとニーナを乗せた車は大きな噴水の前で曲がりようやく停車した。
車が停車すると外から車の扉が開かれニーナの横に座っていた黒服が降り、外にでた黒服がニーナの手を引き降りるように促した。
言われるがまま車を降りると先程より一層濃くなった花の香りに辺りを見渡した。そこでニーナはようやくその美しい庭園を目にすることができた。他の色が混じることなく一面の薄紫の花々は本当に美しく今まで森で暮してきたニーナには夢の中の出来事のようだった。
そして黒服に促され進む先には大きな屋敷があり先程の庭園 噴水 屋敷と想像でも出てこなかった状況にニーナは俯くことを忘れかぶっていた帽子がうかりとれそうになってしまった。
慌てて念のためにかぶってきた帽子をかぶりなおし言われた通り進むとどうやら目の前にあるこの大きな屋敷に入るらしく、階段を登り大きな扉の前にたった。その大きな扉の前には制服をきた年配の男性が二人立っており『お待ちしておりました』と一言だけ挨拶をし大きな扉を二人がかりで開けた。
扉があくと再び黒服に進むように促され屋敷に入り、玄関ホールにいた制服の女性に案内され玄関ホールから奥の部屋へと案内された。
奥の部屋は大広間となっており大きな窓のそばにはいくつか高そうなソファが並んでいた。
私をそのソファに座らせると黒服はここで少し待つように指示をし玄関ホールから案内してきた女性と共に奥のカウンターへ向かった。
私は大人しく誘導されたソファに腰かけると玄関ホールから案内した女性が黒服をカウンターに案内し再び玄関ホールへと姿を消すところを眺めた。黒服はカウンターで何やら話し込んでいる様子だったのでそれを待つ間ニーナは再びこの大広間を見渡した。
所々に各国から集められただろう高価な古美術が並び、上を見上げると見たこともない今にも重みで落ちてきそうな異様な大きさのシャンデリアがぶら下がっていた。
まさに金持ちの贅沢だとも思われるこの空間にはまるで貸し切りにしてしまったかのように従業員以外だれも人がいなかった。
一通り見終わると黒服たちをふたたび眺めた。どうやらまだ話はつかないらしい。
ニーナはこの場所を確かに知っていた。
ここまで来る道中の社内は窓が黒く塗られていたため外を見ることができなかったが、車を降りたときの風景やこの内装はまさにあのTVで流れていた場所と同じなのだ。
自分には一切無縁な場所ながらもこんな素晴らしい場所にいけたら幸せだろうなぁと空想にふけっていた場所だったのだ。
セントラルリゾートタワーそれは客のあるとあらゆる要望を叶える場所。
ある客はこの場所の屋上にヘリポートを
またある客は数十億はくだらない絵画を飾らせ
またある客は自室の風呂に今となってはとても高価な品となった檜を使ったヒノキ風呂を用意させたという。
そんな夢のような場所であるこのセントラルリゾートタワーに何故か来ているのだ。
兄に頼まれ兄の代わりとなった自分は国から来た人間である黒服に黒いバンに載せられ、このまま検査施設に一直線で向かうのだと覚悟していたからこの対応はかなり拍子抜けだ。
何故自分がここに?一体何の用でここに?
そんな疑問を抱えながらカウンターで話し続ける黒服たちを見た。
声や話し方で見破られてしまっては困るからという兄の忠告を守り今まで一度も黒服たちの問いに答えることもなかったし、こちらからも質問はしなかったがどうしても聞きたい。
念を送るように見つめていたのに気づいたのか黒服たちと目が合い慌てて下を向き、黒服たちは話をやめこちらに戻ってきたのだが先程までの質問は結局口にすることはなかった。
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