第3話 私はニールになる①

 時を少し遡る


 人気のない山奥で生活していた私ニーナはこの日初めて外の世界を見ることになった。

 そう聞くと大抵の人は初めて見る光景に煌びやかな印象を抱いたのだろうと考えるが私の場合は全く違う。

 全く煌びやかではないしトキメキなんてものもなかった。

 初めて家族(&家政婦)以外の人間と会い、その人達に促され言われるがままTVの中しか見たことのない車に乗り込んで初めて外の世界を見たのだ。


 私はなにもかも初めての体験で、恐怖にふるえる手を必死に抑え感情を悟られないように必死で下を向き我慢をしている。そんな現状は煌びやかというより世界の暗黒面に直撃してしまった、そうその感じだ。

 生涯関わることのなかった人たちと何故こんな乗り物に何故乗っているのかというと、今の私の恰好が兄そのものだからだ。


 私と一卵性の双子である兄とは同じ服を着て髪型を隠すと身内でも見間違えるほどよく似ていた。

 私たちが唯一外見的に違うものは瞳の色だったが、数年前兄が流行病に感染してからは瞳の色も同じ色になり違いは外見的多少の違いと性別くらいになっていた。

 そんな見た目がそっくりな私に兄は昨晩生れてはじめてのただ一つお願いをした。


「ニーナ。俺と入れ替わってくれ。」


 それは兄と入れ替わることだった。


 兄は私とは異なり活発的に外で交流し町にでて働いていた。

 ウィルス社会の現在では外で働くということも懸念されているが、女性にくらべ男性の方が致死率が低いということもあり兄が外で働くことを懸念はされたが周囲が強く反対することはなかった。

 そんな兄を日々見送っていた私が羨ましいと思わないわけもなく幾度となく外で働くことを提案してはいたが結局今に至るまで許可されることはなかった。

 それでも幼いころは兄と一緒であることを条件に森の中を散策することを許可してもらっていたが、兄が感染者となってからは外出することは一切なくなってしまった。

 それだけであればまだ良かったが、兄が感染してしまってから変わったのはこの外出だけではなかった。それまでの生活が幻だったのかと思えるように兄との関係はいっきに冷え込んだ。家に帰ることが滅多になくなった兄は、数週間に一度 夜中に帰宅し翌朝陽が明ける前に再び外出してしまうので顔を合わせることすら殆どなくなってしまったのだ。

 もちろん最初の頃は兄が帰ってきたと慌てて飛び起き迎えてはいた。だが、帰ってきた兄は私からの言葉に返すことも視線を合わせることもなかった。毎度存在がまるでないように振舞われ次第に兄を迎えることもなくなってしまった。

 そうした日々がもう何年も続いていたので私も慣れてしまい兄が帰ってきたとしても向かえることはなくベットの中で少し目を開けまたつぶり眠りに入るようになった。


 昨晩兄が帰宅した際もいままでと同じように迎えることもなくベットの中で再び夢の中に入ろうとしたのだが予想外の音によりその夢はすっかり冷めてしまうことになった。


 自室の扉がノックされたのだ。

 始めは聞き違いだろうと無視をしたがそのノックは2度3度と繰返しとうとうベットを降りることとなった。

 扉を開けるとそこにいたのは久しぶりに見る兄だった。


 感染して長期間外出するようになってから初めて目が合う兄の瞳は以前の漆黒の瞳とは異なり私と同じ真っ赤な瞳となっていた。

 その瞳をぼんやりと眺めていたせいで兄が話している言葉を聞きそびれてしまった。


「ニーナ」


 名前を呼ばれ我に返ると兄は困ったように眉を下げた。

 困ったときの仕草だっただろうか、耳の後ろを少しかく仕草で見た手はすっかり大人の手になっていた。


「寝ていたところ悪いけど少し話をしたいからダイニングまで来てくれないか?」


 兄の言葉に答えようと少し口を開くがまた兄に無視されるのだろうと思い言葉を発することはなく口を閉じ代わりにうなずいた。

 寝巻のまま兄のあとを大人しくついていきダイニングにつくとダイニングテーブルには軽食が用意されていて椅子に座るとキッチンからでてきた家政婦が紅茶を差し出した。

 軽食とはいえ久しぶりに・・・本当に久しぶりに二人で食卓を囲んだ。

 兄とこうして向かい合わせに座り会話を交わす。ただそれだけのことなのに、遠い昔の出来事を再現しているかのようで何処か現実だと思えない自分がいる。


 話ながらだんだん実は自分は今ベットで眠っているのではないかと思えてきた。

 あぁこれはきっと夢なんだろう。だって兄が私と会話するなんてこともうすっかりなくなってしまったのだから。きっと兄の帰宅までは起きてはいたけれどいつも通りそのまま夢の中にはいってしまったのだろう。

 そう考えると先程まで緊張していた気持ちがだんだん楽になってきた。

 明日には目が覚めてしまうだろう。

 今日の夢はまるで昔の幸せだった頃のようだ。


 夢の中で行われた久しぶりの兄との食卓では紅茶がすっかりと冷めてしまうほど今までの距離を埋めるかのように沢山話をした。


 兄は今日までのことを細かく話してくれた。

 今まで町で仕事をしているとだけ教えてくれていた兄は実は感染する前まではマスコミとして働いていた。

 取材先で感染しそのことを周囲に知られるのを恐れた兄は今まで行っていた仕事先やこの家から離れ密かに治療せざるを得なくなってしまったそうだ。

 感染した兄を治療してくれたのは取材先で知り合った民間の医師だったそうだ。兄は公式の病院には行かなかったため国に知られることも報道で公になることもなく密に完治でき、病が残す感染したという痕跡のブラッディアイだけが現在も兄が感染したことを伝えていた。


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