第32話 ホワイトキューブ④

神楽から熱反応があると言われ私とマクレーンは再度隠し扉がないのか確認した。

だがやはりどの部屋にも隠し扉はなくまた同じように無人だった。


『神楽さん、やはり無人です。まだ熱反応ありますか?』


『なんでだろ…隠し扉もなかったんだよね?』


『はい。ありませんでした。』


マクレーンが神楽に報告している間、建物を一周してみることにした。

まさか建物の後ろに隠れていましたなんてことはないだろうとは思ってはいても何となく気になってしまうのが人間のさがだろう。


「ん…?」


なんだろうか?建物の丁度裏側に当たるところに扉ではないがペット用の扉のような物がある。

押してみても反応はなく引くような取っ手も電子ロックや鍵穴も見当たらない。

かがみこんで扉を何度も叩くがやはり奥は空洞のようで他の場所より軽い音が響いた。

もし私がもうすこし周囲に気を配っていたら背後に誰かいたことに気付いていただろう。

首を絞められ私の意識はあっという間になくなった。



『ニール!!ニール!!』


誰かが呼ぶ声が聞こえた。

何度も何度も兄の名前を呼んでいる。


『ニール!!どこにいるんだ!ニール!!』


呆然とその声を聞きながら下に見えるコンクリートを見つめた。

一体なにが起こったのだろうか

徐々に色々な感覚が戻ってきたようで先程まで何処にいたのか思い出した。先程後ろから絞められた首の痛みは未だ残っている。おそらく私が覗き込んだ時に後ろに誰かがいて首を絞められたのだ。


『ニール!!』


何度も何度も聞こえる声に徐々に頭がクリアになっていく。

無線に応答しようと耳に手を伸ばそうとするがそれは叶わなかった。手錠だろうか金属のもので手が縛られているのだ。

周囲を見渡すがそこには気絶させた人間がいるわけでも他に人がいるわけでもなくやはり無人の空間だった。

無人の空間に水音だけが響いている。四方八方をコンクリートで覆われたこの空間はまるで取調室のように小さな空間でもし正面のコンクリートが黒かったら向こう側に誰かいるのだと分かっただろうがそんな変色している場所もなかった。

後ろ手で寝ていたせいか痺れが残るがもう少しで小指がブレスレットにつく。

こんな時に自分の体の硬さを思い知るなんて…やっとの思いでブレスレットに触れることは出来たが映し出されたパネルを見ながら動作をすることができない今ブレスレットを触れたことに意味はあるのか分からなかった。


『ニール!無事なんだね!?』


先程とは異なる掛け声にもしかしたらこちらの声も届くのではと淡い期待で返事をしてみる。ピアスもブレスレットもまともに起動出来ていないのに神楽の配慮だろうか?


『聞こえますか?』


『大丈夫聞こえてるよ。こちらで遠隔操作してるからね。』


『ご心配をおかけしてすみません。』


『現在地わかる?』


『分かりません。今四方八方をコンクリートで囲まれた部屋にいます。』


『気絶してたね。気絶する前のことは覚えてる?』


『覚えてます。建物の裏側に四角いペット用の通路のような物があってそこをチェックしていたら後ろから襲われました。』


『ペット用の通路?』


『大人は入れないと思いますがおそらく子供なら』


『ちょっとマクレーンに確認するよ。状況が分からないからこのままこの無線はつないだままにしておくからね。』


『はい。』


神楽が遠隔で操作してくれたお陰で無線がどうにか繋がった。幸いだったのが犯人がこのマスクをとらないでくれたことだろうか。もしこのマスクをとっていたら防音ではなくなり今の会話は筒抜けだしそれをどこかで聞かれていたなんて考えるとぞっとする。

おそらく…おそらくだがあの四角い場所は通路だ。だが本当に子供くらいしか出入りできない大きさだった。子供用のシェルターか何かだろうか?だがそれにしては扉が鍵もないはめ込み式になっているのはおかしい。あの形状なら内側からかう必要があるのだ。


『ニール聞こえてる?』


『聞こえています。』


『マクレーンがチェック完了。どうやらかなりサイズは小さいが通路のようだ。現在マクレーンの火でこじ開けてるけど予想以上に頑丈な造りになっていて少し時間がかかりそうだ。そっちはどう?人の気配とかある?』


『今のところありません。水音だけが聞こえています。』


『水がシミでているのかな。ちなみにGPSは先程のマンションになっているんだ。マクレーンが建物を一通り回ったけどニールの姿はどこにもなかったんだ。もしかしてそこに感染者がいる可能性が』


「なぁーにしてんのォー?」


後ろから覗き込むように男が姿を表した。先程まで人の気配なんてなかったはずなのに。

男はゆっくりと背後から移動し正面にきてマスクをつついた。


「このマスクの下はどんな顔をしているんだろォネェー?」


ゆっくりとマスクを外され視界がクリアになっていく。私が一言も話さないようになった異変に気付き無線の背後で神楽がマクレーンを急がせる声がしている。


「ォヤォヤ予想外ィィィィ!!政府の人間というからいかつい男連中ゥを想像してたけどまさかァこんな女面もいるなんてねェ…」


センター分けで長髪の真っ白な髪からギラギラとした赤眼が怪しく光って見える。

対象だった感染者はこの人物のことだろうか?


「一言もはなさないのォ?俺ちゃんおしゃべりしたいなァァァ?

どうして可愛い顔してこんなナイフもってるのカァ?とかなんで政府で働いてるのカァとか?あーそうそう、なんでここが分かったのかも聞かなくちゃァネェ?」


『ニール無線は通じてるから大丈夫だよ。ニールはこのまま応答しないでくれ。

誰か近くにいるんだね?彼との会話で彼の特徴を伝えることはできるかい?僕からはニールの声しか拾えない。』


「オォォォイ!聞いてんのかァ!?」


髪を引っ張られ苦痛で息が漏れる。

ようやく声を聞き犯人と思わしきこの人物は顔を高揚させた。明らかに精神異常だ。


「同族に無視されるなんてェ辛ェじゃねェカァァァア」


「知らないよ」


「ククッようやく…ようやく話す気になったねェ。うっかり喉つぶしちゃったかと思ったよォ」


「ッセ」


「ククッ。アァァァァ快感ダァァ。ようやく再び同類と会えた。君はぁ長い間耐えられるといいねェ?」


「どういう意味だ。この白髪センター分け野郎。」


その言葉を聞き正面にいた男の表情は高揚から怒りへと変わった。

もともとギザギザになっていた爪をかみ頭をかきむしる姿は恐怖でしかなかった。


「しっけーなッ!しっけーだぞ?人ォのことをそーんなそーんな下劣な言い方するなんてェェ」


奪い取ったナイフをまじまじと眺めながら思い立ったようにそれを私の腿に突き立てた。

痛みで聞ける声を待っていたようで突き立てナイフを何度か抜き刺しして様子をうかがっているようだ。刺してはチラリ 刺してはチラリを繰返しながらおかしいなぁというように首を傾げた。


「な…名前を知らなきゃそう呼ぶしかないだろ」


「ァハハハハハハァァアァァァ

そうだろう?そうだろうねェェェ。君たちはいつだっていろんな手を使って情報を引き出すんだァ。まぁでもいいだろう。君は僕の玩具になるんだからァ。特別ダヨォ」


笑みを浮かべたまま眼球が一周しようやく自分の名前を告げる気になったらしい。

この目の前の人物が元感染者か感染者であることを神楽に伝えたいがまたこの人物の意にそわなければ刺されるだろう。


「君はただ僕のことをファントム様と呼べばいいヨォ」


腿から抜いて血が垂れたナイフをファントムは舐めながら答えた。

狂っている。完全にこの人物は狂っている。


「ファントム…なんで感染者がこんなこと」


『ニール駄目だ!!』


神楽の忠告は一歩遅かった。

ファントムの表情は感染者と言われ再び嫌なことを言われたようにゆがんだ。


「感染者だとぉ!?感染者だとぉォォォ?!?!もう一度!もう一度いってもろぉ!!」


再びナイフによる攻撃は複数回繰返された。

痛みを耐えるためにかみしめた唇は変色し唇から流れた血で口腔内に血の味が広がった。


「感染者を飼う側の人間を感染者だというなんてェェェェ!!本当っ政府の人間はこれだから嫌なんだ!!目の色をいれば感染したか否で差別したがる!!それさえも超越した人物がいることなんて思いもしないでなァァァァァッ!!」


叫ぶようにファントムは言った。それさえも超越した人物だと。

そして飼う側ということは対象もこの人物に捕まっているに違いない。

神楽にそのことを伝えなければいけないのに意識は痛みとともに薄れていき、何とか保っていた気力は限界に達したようで再び気絶してしまった。


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終焉のコルニクス 万珠沙華 @manjyusyage_

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