第29話 ホワイトキューブ①

あれから5カ月。

女性だとばれてから特になにも変化もなく、相変わらず私はアレックスとアナスタシアに仕込まれる日々が続いた。彼らと同じようなスケジュールで動いているせいか自然とアレックスが気にしていた私の体力は向上し依然上がれなかった階段もいまでは簡単に昇る自信がある。それでもアレックスは体力面を鍛えたがりアレックスからのメニューには筋トレというより走り込みなどの持久力を鍛えるものが多かった。本来はアレックスが全て私の教育を担当するのだが、アナスタシアが度々メニューに口をだすからとうとうアレックスが折れて今では二人が私の教育担当となっている。

彼らの中で線引きが出来ているようでアレックスは持久力、アナスタシアは精神力といった具合に分かれている。銃は精神力にわかれるようでアレックスの大好きな銃の訓練は日々アナスタシアが担当している。お陰で一切使えなかった銃の腕はおそらく西部劇であれば缶全部にあてることができるだろうレベルまで上達した。


「ニーナ?」


「ん?」


「そろそろなんだけど」


「うん」


「あなた、武術も磨いてみたらどう?」


武術に興味がないわけじゃなかったが、アレックスとアナスタシア二人が出す二人分の課題に日々追われていて正直私にそんな余裕は今までなかった。


「アナスタシアも武術するの?」


「あぁ、私は無理無理!だって痛いの嫌だし。」


なんとも彼女らしい言い分だ。

アナスタシアの手は武術で鍛えた手とはかなり異なる。繊細でなめらかで下手をすればそこらの女性よりよっぽど綺麗な手をしている。


「じゃぁなんで?」


「だって、ニーナ興味深々なんだもの。いっつもタケルとマクレーンの組み手見てたでしょ。」


実はそうなのだ。

アナスタシアやアレックスの特訓の休憩中は二人の組み手を見てたし正直面白そうだと思って自分でも部屋で何度か真似もしたことがある。


「やってみたいけど」


「けど?」


「まだ銃も極めてないし」


「なに言ってるの!?同時進行よ!」


アナスタシアが堂々と言い放った言葉に頭痛がした。

この言葉は今に始まったことじゃない。アレックスの下で体力作りをしていた私に銃を教え始めたときもそう言っていた。結局その言葉どおりに私はアレックスとアナスタシア二人の指導を受け二人分の訓練をすることになった。

今度はそれがもう一つ増えるのか。いくら武術に興味があっても二人分でもやっとだった訓練を三人分となると話は別だ。


「流石に無理」


両手をだしてもう勘弁というポーズをとると、アナスタシアはため息を付きながら『そのくらいやってのけなさい』と言った。


「いい?ニーナ!貴方は女の子よ!」


「?」


「自分でも分かってないだろうけど、それだけでハンデがあるの!持久力も体力も筋力も男とは違う!それにあの女と」


「アナスタシア!!」


アナスタシアの言葉はアレックスによって遮られた。

普段遮ったり注意したりするのはアナスタシアの方だからアレックスの剣幕に驚きアナスタシアは言葉を濁した。


「まぁ、とにかく男なんかに負けちゃだめよ!隊長にも一人立ちできるってアピールしなきゃ!」


「う、うん!」


「よし!いいこー」


ごまかすように言われた一言だったけれど、確かにそうだ。隊長に言われた信用を勝ち取るにはここにいる誰よりも努力して誰よりも強くならなければいけない。

嘘が本当のように兄よりも強くなって自分が誇れるような自分にならなければいけない。

相変わらず猫のようになで続けるアナスタシアが先程なんて言ったのかは気になるが私には気にしている余裕はない。


「少しの間私の方のメニューは少なめにしてあげる。一週間後に戻すからそれまでに慣れておきなさい?」


アナスタシアは可愛いけれどこういう時は本当に悪い顔をする。そして鬼だ。

これまで何度も任務でアナスタシアを見てきたけれど政府関係者の前での外面は完璧清楚な女の子なのに闇烏の中では一番くちうるさいのはアナスタシアだし清楚というよりオカンで鬼教官だった。


「なーんか嫌なこと考えてない?」


すぐさま察知したアナスタシアが私の前髪を整えながらジーっと見つめてきた。


「アナスタシアって外では違うよなぁって」


「あら、そんなこと?当たり前じゃない!誰だって二面性はあるものよ。貴方が外でニールで私たちの前でニーナなのと同じ。」


「私はちょっと違うと」


「違わないわよ。貴方がそとで男を演じることでメリットがあるように、私も外で可愛い女の子を演じるのにメリットがあるの。まぁそのうち分かるわ。」


どうでもいいけれど、人の顔を両手で何度も伸び縮させながら話すのはやめてほしい。


「マックー!ちょっといい?」


まだ組み手の途中だったマックは可哀そうなことにアナスタシアに声をかけられて気がそれた瞬間タケルに殴られてしまった。

苛立たし気に先程殴られた場所を腕でこするマクレーンはタケルとの組み手を致し方なく中断した。


「悪いわねー」


「んだよ。」


「ちょっとこの子も見てあげてくれない?」


「はぁ?武道やれんのかよ。」


「やれないわ」


私ではなく何故かアナスタシアが堂々と答えた。彼女は本当こういうときはズバッという。NoをNoと言えるアナスタシアは羨ましい。正直私だったらNoとは言えず『少しだけ』だなんてマクレーンが見放さないだろう答えを返すだろうあら。


「お前はやりてーの?」


だけどこの言葉にははっきりと答えられる。なんせこの道場にきてからずっとタケルとマクレーンが組み手をするところを見てきたのだ。射的場に向かうときもずっと。


「やりたい。やり方わからないけど。」


「んだよ、そこはやりたい!だけでいいんだよ。おいアナ!時間はとれるのか?こいつ今でもいっぱいいっぱいだろ?」


マクレーンは本当に周囲を見ている。私のスケジュールなんて神楽とアレックスとアナスタシアしかしらない情報のはずなのに外から見ているだけで分かるなんて。


「大丈夫大丈夫!本人もその覚悟できてるから!ね?」


覚悟ができているなんて一言も言った覚えがない。どちらかというと不安しかないのに。

アナスタシアの視線はNoを許さなかった。


「覚悟は出来てる」


「ふーん。じゃぁ値を上げるまで付き合ってやるよ。」


「あら、最高!良かったわね」


良くないと思うけれど、一人で武術をこっそりやってきた私には相手ができるということはそれだけでありがたいばかりだった。


「お願いします。」


「値を上げたらもう付き合わねーからな。」


「もちろんです。」


それから私の第三の教官はマクレーンに決まった。

あの初日以来すっかり一日がかりの仕事がなくなった私はアレックスやアナスタシアそしてマクレーンが手が空き次第教わり夜には一日のメニュー成果を報告するようになった。

スケジュールとすると朝食前の朝練にアレックスの持久力メニュー 朝食後はアナスタシアの集中力をつけるメニューそして午後の任務を挟んで任務後にマクレーンのメニューをこなした。マクレーンからアレックスやアナスタシアのメニューに手を抜くようだったら俺は降りると言われ一週間あったはずの猶予期間はわずか一日でなくなってしまった。

初日から一週間は部屋に戻ると泥のように眠る日々だったけれど不思議と体は慣れるもので2週間くらいでその日課は辛くなくなっていった。

今はとにかく時間が欲しい。

体が楽になると分かったことがある。アレックスやアナスタシアのだす課題が明らかに減っているのだ。何故これに気付かなかったのかと疑問視できるくらい減っているのだが当初全くゆとりのなかった私は気付きもしなかった。


「マック?」


「ん?」


横で同じように寝転ぶマクレーンを視線だけで見ながら声をかける。

過酷な任務のあとで先程まで組み手をしていた私たちは疲れ切ってすぐにシャワーに行くこともなくただただ床の冷たさに身をゆだねていた。


「もうメニュー増やしてもいいよ」


「あー」


「アレックスやアナスタシアにも今日話した。皆気を使ってくれたんだね。ありがたいよ。」


「べつに。途中で倒れたら翌日のメニューに響くから調整しただけだ。…気付いたんだな。」


「うん、正直今までなんで気付かなかったのかってぐらい減ってた。」


「それだけいっぱいいっぱいだったっつーことだ。」


「マックは手を抜くなって言ったのに。」


「別に。俺らが決めた範囲ならいいんだよ。任務に響いたら神楽さんに怒られる。」


そうだねと目をつぶる。

任務や翌日のメニューに響くことは確かに懸念されただろうけど、それでも私には皆の優しさが身に染みた。


「明日…浅草行くのお前やめろ」


「?」


「お前には向かねーよ。」


急に言われたマクレーンの一言にどういう意味かと視線を合わせる。

先程からこちらを見ていたように視線はすぐに合いマクレーンが真剣に話していることが分かった。


「向く向かないは分からないけど…行くよ。」


「ぜってー後悔するぞ」


「…だろうけど、手を抜かないっていうのがマックとの約束だし。」


「俺がいいっていってんだ。」


「後悔は試練だってマックも言ってたでしょ?だから行く。」


心配そうに顰められた顔でマクレーンはシャワーに行くとだけ言い残し私は道場に一人になった。マクレーンが何故そういうことを言ったのか私が知ったのは翌日浅草に足を踏み入れた時だった。

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