第10話 神楽
以前兄が帰ってきて伝えられた選択肢はただ一つだけだった。
検査施設に行き新しい居住区に引越をする。今までの生活よりは楽になるのだと兄は教えてくれたがその新しい居住区での生活はだれも知らない不安があった。それにどういう検査をされるのかという不安もある。選択肢がこれしかないと思っていたからもう諦めていたことだったのだが、今こんなにも沢山の選択肢を並べられ自分でもどうしたいのか分からなくなってきた。
「…」
「もちろん断って薬さえのめばこの先通常の政府機関で活動することもできる」
そういいながら父は不安な表情を浮かべた。
一般の人間には毒となる政府の薬。毒の拒絶反応さえ耐えられれば今まで通りの生活が少なからずおくれる。
「…」
「貴方の部署にはいると生活はどうなるんでしょうか」
「生活は寮生活になるよ。今までいた家や荷物はもう持ってはいけない決まりだから全てを新しく新調することになるだろうね。」
政府機関で働くということは決めがいまだ薬を飲むか否か迷っているニーナを少し面白そうにながめた神楽は父には聞こえない小さな声で一言二言ニーナに話した
「これから先、大人たちの中で生きていく中で必ず信じる人物というものは必要になってくる。その時のためにも信じることができる人物か否かははっきりと見極められる目を持つことをおすすめするよ。僕は今回そのお眼鏡にかなうかな…?」
そういう神楽の表情は窺えなかったが、今後どうなるのか何事も不明点が多い中大まかとは言え今後を説明してもらえたということはとてもありがたかった。神楽がいう信じられる人間を見極めるという意味では私は神楽は信じられる人間だと思う。
だってこんな歳の離れた相手に対しても丁寧に説明してくれたのだから。
おそらく父と神楽さんには何か関わりがあり過去になにかあったのだろう。
父のあの煮え切れない表情といい言葉といいこの神楽という人には何かあるにちがいないのは否めないがそれは私が信じるか否かの選択には影響しなかった。
何もしらない相手の手を取るくらいならこの神楽という人物と働いた方がきっといい。
「神楽さん、俺を貴方の部署に入れてください。」
「なにを勝手に」
そう決意をした私にまだ私の処遇を悩む父は反対した。だがニールとして私を連れてきてしまった以上このまま家に返すわけにも実はニーナでしたという訳にもいかず父は口を閉ざした。
父は困惑しているようだが、私は兄とまた会えるならそれが他人だったとしてもかまわない。それに私と入れ替わり消息をたってしまった兄を探して再び会うためには兄の目的でもある感染者と関わる気概が多いクラスターを未然に防ぐ仕事をした方が会える可能性がある。
「神楽さんよろしくお願いします」
「あぁ喜んで我々のチームに迎えるよ。息子さんはこう言ってくれてるんだけど貴方はそれで納得してくれたかな?」
「ふん、好きにすれば良い。私の子供たちはどうやらみんな私の意見を聞く気はないらしい。親がいくら安全でいいレールをしいたところで子供がそのレールを拒んでは意味がないからな。」
「…」
言葉とは裏腹に少し儚げにたが少し誇らしげな そんな父親の姿を見た気がする。
あっけにとられた私と目が合った父は目線を反らし恥ずかしそうに咳払いをして神楽に席を外してほしいと頼んだ。
「神楽殿、最後に少し息子と話をしたいのだが席を外してもらえないか?」
「えぇ、もちろん。久しぶりの再会にお邪魔してしまい申し訳ございません。それでは私は下でお待ちしていますね。」
そういうと神楽はカップに残ったコーヒーを飲み干し席を立った。
『下で待っているよ』と私の背中を優しくたたき私の目の前に座る父にはいつかゆっくりお話しましょうと軽く挨拶をした。
神楽の姿が消えるのを確認してから父は口を開いた。
「ニーナ、良かったのか?」
「大丈夫だよ」
「私が自ら迎えに言っていたらこんなことにはならなかったのに、自由に動けなかったとはいえ本当にすまい。まさかニールがあれだけ可愛がっていたお前を代わりにするだなんて予想もつかなかた。」
「ニールにもしたいことががあったんだから仕方ないよ。なにより私ヒマだったし。」
「しかし、こんな人生を左右するような出来事に巻き込んで良いわけがないだろう。ニールは本当に何を考えているんだ…今までお前がニールだと思い行動してきたものだからとっさのことで私もどうすればいいのか結論が全く出なかったが、ニーナはよくこの一時で決断できたな。兄の代わりに来たことは感心できないが重要な局面で決断できるお前をほこりに思うよ。」
「お父さん…」
「あまり詳しくは話せないが神楽殿には私も助けられてる。彼は自分の信念のためならなんでもやる男だが自分の部下は絶対に守る人間だからきっとお前のことも守ってくれると思う。だからお前が信じられるという決断は間違っていない。
神楽殿の下で働く心配はしていないんだが…私が心配しているのはあの部署の人間だ。全員男だし本当に珍獣猛獣ばかりで女のお前にはかえって危険な場所なんじゃないかと心配なんだ。中でもマクレーンという人間は本当に手が負えない。本当に本当に問題児ぞろいで神楽殿は奇跡的にあいつらをまとめているが本当にそんなところに入って大丈夫か?」
「…大丈夫だと思う」
厳格だと思っていた父の姿が少しずつ崩れてきた。父が動揺するほど問題児の多い部署なんだろうか?父の不安がうつったかのようにだんだん不安になってきた。
「そうか。残念だがあの部署に入るということはこれから先私は何の手助けもしてやれない。だがこれだけは信じてほしい。私がどういう行動をとったとしてもお前を裏切ることは絶対にない。」
「ありがとう」
「それと、薬の件もある くれぐれも気を付けるんだぞ。」
その後心配する父を残し神楽の後を追った。
神楽に身元を引き取られたからかエレベーターの前で待っていたハズの黒服たちはいつの間にか姿を消しており私はラウンジの店員にボタンを押してもらいエレベーターに乗った。
エレベーターの扉の間からは父の姿が小さく見える。
この扉が閉まればあそこにいる私の父は父ではなくなってしまう。今までどうして家族の元に帰ってこなくなってしまったのか理由を聞きたかったがきっと聞く機会はもう二度とないだろう。
今回久しぶりに父と再会できて今まで何故自分たちを放置したのだと憎んできた父にも理由があるのだということは十分に分かった。父はずっと私たちを心配して守ってきたのだということも。
感謝と謝罪を胸に深々と頭を下げた。
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