第9話 神楽
「今回滅多に会えない君の父上に会いに来たというのも本当だけど、僕は君を今日リクルートしにきたんだ。」
「え!?」
「まだ話は終わっていない」
そう口をはさむ父に神楽は左手をかざし無言で父に発言権がないのだと告げる。
「これはあくまで君の自由だけど、実際にどうこうなるのは君だからちゃんと色々な選択肢を聞いてちゃんと自分で考えておいた方がいい。
さっきの話でも分かる通り今、君は凄く難しい立ち位置にいるんだ。全部は話すことはできないけれど話せるところまで話してあげる。」
父は自分に発言権がないのを悟ると空になったカップを除き店員におかわりを注文した。
それを見た神楽は店員がコーヒーを持ってくるまでの間、本題とは全く関係のない話をし始めた。私にクリームソーダーの味の感想を聞いたり、地方によってはクリームソーダにアイスクリームがはいっていなかったりバニラの香りをつけた茶褐色のソーダーなんてものもあるのだとクリームソーダの豆知識色々はなした。その様子を父は不機嫌そうに眺め私はアイスを口に運びながら聞いた。
そして父の注文したコーヒーがくると同時に神楽は話の本題にはいった。
「さて、本題に入ろうか。君の存在が政府に知られたのはここ数か月のことだったんだ。もう何年も君の父上に子供がいるなんて誰も知らなかったし、君たちの母上が亡くなったことも誰も知らなかった。何故かというと君の父上が住んでいる住宅にはいつも女性の影がなかったから、てっきり離婚したのだとばかりみんな思っていたのさ。
そして数か月前君が感染者として報告されたことをきっかけで君の父上は政府機関の諮問会議にかけられた。同時に身辺調査もされてそこで初めて君の母上が感染して完治しそして出産を経て亡くなったということが分ったんだ。
まさか感染した女性が生んだ子供がいると分かった時は僕を含め多くの人が驚いたんだよ。
そしてその子供である君も母上と同じように感染し完治しているという話を聞き政府は君に興味をもった。医学的意味も大きかったんだろう。だから保護して政府関係者に渡される治療薬を飲ませることになたんだ。完治していると分かっても念のためにね。」
「保護ですか」
「君にとっては迷惑な話だったってことも分かっている。君には君の完治後にしていた生活があったし義務とはいえ完治したにも関わらず検査しなければいけないという、自分たちのルールを押し付けたんだ。まぁ迷惑以外の何物でもないよね。
だけど政府が関わらなくとも君が取れる選択肢はたったたった3択しかないんだ。」
「選択」
「一つ目が最も一般的な検査後別の居住区に移るというもの。
差別や偏見で過激派に襲われる危険性はないが君も分かっているだろうけど、その際に感染者として市民に名前がリークされ顔写真付きで町中に感染者として知られることになる。毎日流れるニュースのテロップがその一つだね。新しい自由はあるけれど発表されることで特に規制はしていないが自然と今まで関係があった人間は関わりを避けるだろう。感染者は新しい居住区に行けるけれどその知り合いはいままでの土地に残らなきゃいけないから人間関係的にもどうしてもね。
二つ目が、今君が拒んでいるというこの薬を飲むことだ。
この薬は悲しいことに一部の人間にしか配られていない代物だ。再発する危険性がなくなるこの薬を処方された人間はみんなホワイトキューブという政府機関で働くことになるから紹介がない人間はこの薬の存在すら知らないんだ。君にもこの薬の存在は他言無用としてもらうことになるだろう。君の場合父上の職が特殊な職業だからこの特別措置がとれれるんだ。
この薬を処方された人間は瞳の色も戻るから今まで通りの生活を送れるし外にでたところで感染者だったとは誰もしらないから差別もない。ただ政府機関内では認知される。一応皆理解はしていても実際のところは残念ながら行動が伴っていなくて風当りは強いのが現状だ。それでも不特定多数の人には知られないし命の危険はないんだ。
そしてもう一択がこのまま逃げ続けるというもの。
もちろん外見的特徴はそのままだから差別や偏見で過激派に襲われる危険性もあるし、君の場合政府に存在も知られてしまったわけだから逃亡生活を送ることになるだろう。
…この最後の一択だけは僕はお勧めしない。
君と同じように薬をのまないという選択肢をとる人物は僕も知っているけどかなりのレアケースで大抵は薬を飲む方法を選ぶんだよ。」
兄今その逃亡生活を送っている。
兄の代わりとなった私にも同じように差別か隔離される未来しかないということか。
今まで自分の選択が隔離の一択だったから少し未来が開けてきたが、今まで自分が想像していた以上に感染者のだどる道は険しいものだということが分かった。
目の前のメロンソーダーの氷が溶けて音を立てて崩れる。グラスについた雫を人差し指でなぞりながら今までTVでしか知らなかったこの世界のことを呆然と知った。
「それで僕が今日来たのは父上ともそうだけど君とも話してみたかったからなんだ。」
神楽は覗き込むように首を傾げ先程まで閉じていた瞳を開き目を合わせようとしている。
まけじとその瞳を見つめると神楽は笑うよう再び半月型の目に戻った。
「君は何故薬を飲まなかったんだい?」
先程の父とは違い優しい問い方だった。
「薬なんて届いていませんでした。」
なにも隠すことが無い。
薬は本当にとどいていなかったのだ。
ホテルマンが食事や物を持ってきたことは度々あったし数か月もいれば部屋の大半を把握できたがそこには薬なんて一つもなかったのだ。
食事に混ぜられていれば別の話だがそんなことをしているならとうに薬は飲んでいるだろう。
「届いていなかった?医師が来たり食事のときにトレーに薬があったりも?」
「部屋に来たのはホテルマンと今エレベーター前にいる人達のみで医師はいませんでしたし、食事の際はそういったものは一切なかったかと」
神楽は少し考えるような仕草をしていた。
「薬さえもだされていないとはそんなことはないだろう。なにか説明はなかったのか!?なんのためにお前をあそこにいれたと思っているんだ。」
飲まなかったのではなく本当に薬さえも処方されなかったのだと知り動揺した父に対して神楽は再び手で父の言葉を遮った。
父はその仕草を合図にゆっくりと座り自らの息を整えるようにコーヒーに口を付けた。
「どうやら本当に君は私たちの部署に入った方がよさそうだね。」
静かにコーヒーを飲み込むとカップをソーサーに戻しながら神楽は頷き私の方を見つめた。
どういうことだろうか?
「どうやら君は僕達が予想しているより難しい立場にいるみたいだ。
僕の部署に入れば政府の国防の仕事をしているから、政府機関で働くことになるし名前顔写真はマスコミには流れない。それに他部署と違って一緒に働く仲間からの差別もないんだ。まぁ他部署からの摩擦は多少あるようだけど…そこは先輩たちがフォローしてくれるさ。
何故君が保護されたのにもかかわらずこんな小細工をされたのかは分からないが、小細工をした人間はどうしても君に薬を飲ませたくなかったらしい。その人物が君を殺すつもりなのか生かすつもりかは分からないけれど今後もなんらかの関わりを持ってくるとは思うよ。
そういったときに僕らの部署なら対処できる自信がある。
ただもちろんデメリットもある。もし僕の部署に入ったら君の存在はこの世から抹消されることになる。もちろんこれは物理的にではなくデータ的な意味でね。
ここにいる君の父親はもう父親じゃなくなるし、君の住んでいた家も君の家ではなくなる。妹がいるけれどその妹も妹ではなくなり、もし家族に何かあったとしてもそれは他人として行動しなければいけなくなる。」
「それでも…それでも会えなくなってしまうよりは」
「そう。会えなくなってしまうよりはいい。私たちの部署は他部署と違って僕が興味をもった人間ばかりが揃っているんだ。それを他部署は訳アリと評価するけど僕はそう思わない。個性がなく言われた業務だけを遂行する人間なんて僕から言わせれば動くロボットだからね。部下の人数は六人。部下たちに会えばわかると思うけど殆どが元感染者なんだ。だから君だけが特別というわけじゃないから差別なんてされない。
僕らの仕事の内容はクラスター発生前に感染者を隔離しクラスター発生を防ぐこと。政府機関にはいくつかこういったクラスターを未然に防ぐ機関が存在しているけれど他部署と違って僕達が行った業務は評価はされない。そもそも政府機関の人間以外には極秘の機関だから僕らが行ったことは全てなかったこととなるんだ。まぁ…評価はされないけどそのおかげで少し大胆なこともできたりするんだけどね。ざっと言うとこんな部署なんだ。」
神楽の部署で働くことについてのメリットとデメリットを教えてくれた。
初めて自分から下す決断はどの道を選んでも今後の人生を大きく左右するに違いない。
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