第8話 神楽

「神楽さま困ります」


「現在こちらは貸切っておりますので神楽様とはいえご入場は控えていただきたく」


 神楽と呼ばれる一人の男がエレベーター前に立っていた黒服たちの制止を無視し私と父の方に来ようとしているのだ。

 黒服たちは必死にその人物を止めるが、その人物は偉い人間のようで黒服たちも力技ではなく説得するように何度も声をかけていた。


「お話中失礼いたします。」


 政府の人間だろうか?綺麗に整えられた和服を身に纏った狐目の男が父に声をかけた。


「申し訳ございません。何度かお止めしたのですが」


 頭を下げる黒服を父が片手で許すとその人物は父の許可を待たず空いた席に腰を下ろした。

 今となってはとても珍しい服装だが不思議とその人物に和服は似合っており私はその男の服装に見入ってしまった。

 父はというと先程取り出そうとしていたタブレットケースを再びポケットにしまい、ため息まじりでその男を見てから目線を移し私に何も言うなというように私に向かって咳払いをした。


「これは神楽殿。どうされましたか?」


 会話に割り込まれ不快な表情を浮かべながらも低調な言葉でその人物に問う父だったが、その人物は父の問いに答えるつもりがないようで笑顔のまま離れたところにいた店員を呼び出しコーヒーを注文した。


 そして何か食べる?と初めて会う私にも気さくに問いかけ私の答えを聞く前に美味しいから飲んでみてとクリームソーダーを注文した。


「実は滅多にお会いできない貴方が本日ラウンジにいらっしゃると言うことを小耳に挟みましてね、是非この機会にお話しできればと思っていたのですが…

折角ですからこのタイミングで割り込ませていただきました。」


「…」


「こちらが噂の御子息ですか?」


「え…えぇ」


 父に顔に少し緊張がはしる。

 先程私がニーナだとわかった父は私を兄として紹介した。


「私の息子のニールです。挨拶を」


「お初にお目にかかります。ニール・フルム・ダンベールです。お会いできて光栄です。」


「こちらこそ光栄です。私のことは気軽に神楽と呼んでくださいね。」


 先程の黒服たちの行動からみてもおそらくはこの人物か父より立場が上の人間なんだろう。父の口元が何かを拒絶ように一瞬すぼめられたのは気のせいではないはずだ。


「最近噂を聞いたのですがニールさんは未だに薬を拒んでいるとか」


 父が小さくうなずくのを見て余計なことを言わないように気を使い一言だけ肯定した。


「…はい」


「そうですか…それは残念ですね。よりにもよって貴方の御子息であるニールさんが感染してしまっただけでなく薬を拒んでしまうとは。」


「致し方ありません。今まで私の仕事について話してきませんでしたから。」


「そうですか…今まで色々な噂はお聞きはしていますが、まさかこんなことになるとは想像もつかなかったことでしょう。…非常に残念ですね」


「返す言葉もありません」


「…確か上層部がだした接種期限は本日までだったはず。ですが説得は…どうやらまだなようですね。」


「…」


 笑顔で話す神楽は独り言のように話していった。

 そして兄曰く父は私や兄の存在を隠し母の感染すら隠しているという話だったが、何故かこの人物は全てを分かっているかのようだ。

 兄が思い違いをしていただけで父は私たち家族の話周囲にしていたのだろうか?


 奥からやってきた店員の存在に神楽は一度話をやめ店員がコーヒーとクリームソーダーをテーブルに置くと神楽はそのままの笑顔でお礼をいい店員を下がらせた。


 溶けないうちにのんでねと私に笑いかけながらいうと自分の手元にきたコーヒーに口を付け静かにソーサーにカップをおさめ再び口を開いた。


「お互い忙しい身の上でしょうから、余談はここまでとして早速ですが本題を。貴方のお子様…宜しければ私の方でお預かりしても?」


「神楽殿!?流石にそれは…」


 笑顔から一切表情を変えることがない神楽の静かな動作と異なり、父は先程まで言葉を探すように何度も口にしていたコーヒーカップを乱暴に机に置いた。


「ですが彼を薬をのまず生かす道はお分かりでしょう?私の部署であればそういった面倒な規則がなくなるということもお分かりのはずですが」


 神楽は有無を言わせない姿勢だった。

 先程父の話で知ったその薬の存在が感染が完治したという証明にかなり重要なものであるものだということは分かったが、薬を飲む期日が定められていたのは初耳で今までなにもしらされなかったことを実感する。


 兄はこの薬のことは知っていたのだろうか?

 もしその薬さえあれば兄は瞳の色が変わってしまうこともなく差別されることもなく性格が変わってしまうこともなかったのだろうか?


「ですが、それは…」


「正直に申します。貴方が貴方の奥方にとった処置は異例中の異例です。奥方がなくなった頃に分かったからこそ不問に処されただけの話で、本来なら許されるわけもないことです。

そして本来なら御子様達に恵まれることすらなかったはずなのです。今まで貴方の御子息が隔離された環境で今現在まで生きてこられたのは…そう、お分かりですね?ですが、これだけ話が広がってしまうと今までどおり彼を森奥に隔離するのにも無理があるでしょう?」


 母や私そして兄を国にも知らせず密かに隔離していていたことを神楽は指摘した。

 もう政府は家族の存在を知っているのだからこれ以上隠すのは無理なのだということを。


「…そうですが」


「ご息女に関してはまだ政府関係者だとしてもほとんどの人間が知らないはずです。このままあなた方があまり問題を起こすとそのご息女の存在も公になってしまうんですよ。そうなることはあなたも本意ではないはずですよね。」


 目の前にその娘がいるとは誰も思いもしないだろう。神楽はあくまでニールと父にもう問題を起こすなと忠告しているのだ。


「ですが、貴方のところは」


「そうですね、ご存じの通りです。ですが私のチームは他部署と違いそんなにやわじゃありません」


 不安な父に笑いかけ今度は私を見た。

 ほらアイスが溶けてしまうよと指摘しながらアイスをスプーンですくい頷き、私にスプーンを渡しながら不安な表情を浮かべる父を無視して自分の所属するチームについて語った。


「飲みながらでいい。聞いてくれるかい?」

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