第11話 神楽

 私は父と別れ神楽の後を追ってエレベーターに乗った。店員が階数を押してくれたおかげでエレベーターは何の操作もしなくとも神楽の待つ下の階まで降りていった。

 そして私が降りるとすぐにエレベーターは違う階へむかっていってしまった。


「話は終わったかい?」


 長い通路の窓際にもたれかかっていた神楽は操作していたタブレットを鞄にしまい『行こうか』と声をかけて私の横を歩いた。

 来た道を神楽について戻ったはずが、来たときに感じたあの長い時間はまったく感じず渡り廊下は意外と短い距離だったのだと分かった。先程バンから降りた場所にもうあの黒いバンは止まっておらずかわりに止まっていたタクシーが扉をあけ客寄せをしていた。


「こっちだよ」


 そう声をかける神楽の後を慌てて追いかけツインタワーとホワイトキューブの間にある駐車場に向かった。この駐車場は関係者だけの駐車スペースらしく神楽はIDカードをゲートにかざし停車していた車へ向かった。駐車スペースに停められている車はどれも高級車ばかりでピカピカに磨きがかかった車ばかりだったが神楽が乗り込んだのはレトロカーとして有名なトヨタ2000GTだった。モデルが統一された車の多い現代この車は異色を放っていた。もちろんレトロカーとはいえ周囲の車同様にピカピカに洗車され美しさでも引けはとらない。

 そんな車に乗るのかと緊張してドアの前に立っていたら神楽が内側から扉を開けてくれた。


「どうぞ」


 乗り心地を重視したであろうシートは皮張りこれまで来た車の布張りのものとは比べ物にならないくらい乗り心地がいい。シートベルトを閉め神楽が車を走らせると助席だということもあり視界の広さに感動した。


「今から僕達のベースに行くね。」


「はい」


「暑いだろうしフード脱いでもいいよ?」


 今朝からずっとかぶっていたフードについて指摘された。

 マスクをしているとはいえフードをとってしまうと私が女だと気付かれてしまいそうで『大丈夫』だと言いフードを少し引き下げた。


「そう?じゃぁ少し空調いれようか」


「ありがとうございます。」


 色々な話をしながら神楽は始終笑顔だった。

 この人の笑顔は感情ではなく癖で出ているのではないだろうかと思えるほどに。ここに来る前に乗ってきたバンでは両隣に黒服が座っていたせいもありかなり緊張感があったが、神楽の笑顔の効果もあったのかこの人の前だとどうしても緊張がほぐれる。

 今日一日張りつめていた緊張がなくなってしまい眠気がでついウトウトしてしまった。頭がカクっと下におりたことで目が覚め寝てはいけないと自分に言い聞かせ首を振ったが振った直後から瞼が下がってしまう。横で笑い声がして神楽の方を見たら神楽に先程の行動を見られたらしく寝てもいいと言われた。


「そこまで緊張しなくてもいいのに。眠かったら寝ていいよ。今日は一日疲れたでしょう?なんたって霊柩車みたいな車にのせられて黒服に囲まれちゃ生きた心地もしないだろうし」


「そんなことは」


 あるといいたげにニーナは苦笑いした、

 確かにあの車は真っ黒だったし連れてきた黒服たちはまさに葬儀にいくような服装だ。


「疲れたでしょ?ベースまでもう少しかかるし、よければ少ししか倒せないだろうけどシートも倒して寝てもいいからね。」


 シートの横にレバーがあると椅子を倒す場所を教えてくれたが、そこまで甘える気にはなれず窓の外を眺めながらまた少しウトウトした。

 目が覚め車をおりたらそこにはホラーに出てきそうな古びた教会があった。もう何年も教会としてつかわれていないことを物語るように草木が生い茂り壁のところどころに朽ちた部分も見られる。


「教会…?」


「あぁ昔教会で使われていた場所をそのまま利用したんだ。お墓もあるから気味が悪いという人もいるけれど、僕はこの静寂が好きでね。先代の隊長は気味が悪いと怖がってたけど僕にとっては今までの住処で一番居心地の良い最高に落ち着く場所なんだよ。」


「教会に住めるんですか?」


「少し違う。教会の本堂とは別に居住区があって住むのはそこになるかな。」


「…」


 歴史ある教会なのだろう、ところどころ朽ちたところは目につくが建物全体の造りはかなりしっかりしており小物もかなり手が込んだものが取り付けてある。

 遠くに見える古びた外壁にかこまれた教会の屋根は高くそびえたち、まるで塔の上にお姫様でもいるのではないだろうかと錯覚させるような尖った屋根の頂上は金色に光を放っていた


「古いだろう?」


「はい」


「この建物は昔世界遺産だと言われていたんだ。感染が拡大し世界大恐慌となって心の拠り所だった教会が次々と壊されていた時代に先先代の隊長が幼いころにお世話になったこの教会だけは残したいと全財産はたいて壊される直前に世界遺産の教会の一部を引き受けたんだ。その大金で新しい施設はいくらでも建てられると当時散々言われていたみたいだけど、先々代の隊長は価値が分からないものに会えて教える必要はないといって周囲の反対を押し切って購入したらしいよ。…あんな遠くからどうやって運んだんだろうね…たしか教会の名前は」


「モンサンミッシェルですか?」


「あぁそれだよ。知っているのかい?」


「少しだけ」


 かつてフランスに聳え立つ歴史的教会だ。あの教会もまた大恐慌の被害で破壊されたと聞いていたが、まさかあの美しい城が一部とはいえほとんどそのままの状態で残っていたとは。

 その歴史的建造物の教会の近くに自分が住むなんて。これは夢だろうか?あの優美な城とも言える教会がが目の前に広がっている。教会という名前の芸術品が今まさに目の前にあるなんて。


「もったいないよね、こんなまだ綺麗な状態の城を取り壊してしまうなんて」


 しかし、この建築物は政府機関とは対照的に感じる。

 国の機関ということは本部の建築も国が執り行うから私の知る限りでは様々な機関はホワイトキューブと言われる白くボックス型した現代建築物のようにシンプルだがこの機関の建物は古来からある建築物をそのまま利用しているレトロな感じだ。先々代の隊長が購入した教会をそのまま利用するということは隊長の家が本部となったということだろうか?だんだん分からなくなってきた。ごく一部しか知らないとはいえ国の機関なんだよね?

 何故一個人の家がそのまま本部になるんだろう?国からの要請や仕事の時は毎度何時間かかけてかようことになるのだろうか?それは一般人にはもちろんのこと国家機関にもほとんど知られていない未知近い機関だからできることだろうか?


「教会の中を見てみるかい?」


「いいんですか?」


「今は使われていないから埃だらけだけど、それでもいいなら」


 そう言い神楽は教会の鍵をあけ中を見せてくれた。

 今でも美しく残る建築物の中にはいったいいくつの価値のあるものたちが残っているのだろうか。きっと私が知らないだけで無限の価値あるものがあるに違いない。

教会を一通り見ると扉のところで待っていた神楽に声をかけた。


「古い建物だし気味悪がられることは多いけど関心を示す人が現れるなんて僕以来じゃないかな?さぁ中に入ろうか、夕方になると冷えてくるから」


 そう言われ神楽の後を追いながら教会の横にある通路を通った際、前方に先程話していたお墓が見えた。こちらも草木が大分生い茂っておりもう何年も人の手が入っていないのだと分かる。


「あのお墓が」


「あぁここは昔からの習わし通り教会の裏がお墓になっているんだよ。お墓になっているのは昔のものだけで一見雑草に見えてしまうけれど新しいお墓は樹木を植えているんだ。その方が見栄えもいいだろう?」


 木の根本で膝づいている女性を眺めながら神楽は話した。てっきりもう使われなくなってしまった墓とばかり思っていたがそうでもないらしい。


「僕たちがもっとマメだったらもっと綺麗にできるんだけど、残念ながらそういったことが苦手な人間ばかりでね…お墓の方には申し訳ないことをしているよ」


 お墓の正面教会の裏手にあった本部に案内された。


「さっきも話したけどメインの教会だけは買えたらしいんだけど、なんせとても大きな建物だから全部は買い取ることが難しかったらしくて僕らが実際生活するのはこっちのモチーフだけ残した反面なんだ。だから残念ながら教会ではありません。」


 確かに使ってある材料など当時を思わせるようなものだがどこか新しい素材でできている。その建物に入り一番始めに目に入ったのは普段皆が食事をとったり会議をするミーティングルームだった。このミーティングルームにはキッチンや大きなテーブルが用意されており何処か物語のギルドを思わせる造りだ。

 そしてミーティングルームの右側が神楽の自室

 横にある階段側の壁の裏側が丁度教会にあたる位置なのだと聞いた。

 そのまま二階に上がる途中にはいくつかの部屋があったが、それは追々隊員たちが自分で紹介するだろうとのことで割愛された。


「二階の中央の部屋がニールの部屋だよ。」


 そう言われて開かれた部屋にはいつ運んだんだろうかすでに荷物がいくつか設置されていた。12畳くらいのとても広い部屋だったので必要最低限の家具が置かれた状態では家具と家具の間のスペースが少しもの寂しい


「お部屋にはとりあえず必要かと思う物を置いといたけど、あとは自分でアレンジしてほしい。本当は今まで使っていたものをもって来れれば良かったんだけど、セキュリティの関係で出来ないんだ。一通り見て少し落ち着いたら地下を案内するから一階に降りてきて」


「はい」


 一言残すと神楽は部屋から出て行き1人になった。一人きりになり必要のなくなたフードを頭からとると髪を整えひろがった視界で改めて部屋を眺める。

 まだ持ち主の手が入っていない部屋は物も少なく颯爽としているが先日までいたホテルとは違いどこか暖かい空気が流れる場所だった。

 ここが今日から私の家になる。自分の家を出てからいつその場から去るのかわからず広げることのなかった部屋はもうここにはない。今日からここは私の家で私の部屋なんだ。

 そしてその環境をまもるためにも自分の正体が知られることはあってはいけないのだと気を引き締めた。

 着ていたパーカーのフードを再び頭に被りつけっぱなしのマスクの位置を手探りでチェックする。一通り先程の服装と変わらないことを確認するとうなづいて一階に向かった


「到着迄ゆっくりとおやすみ。到着したら忙しくなるから」


 そんな言葉を聞きながらとなりに今日初めて会ったばかりの人がいるのにも関わらず夢の中に入ってしまった。すっかり寝入ってしまい車が停車する音にも気づかずに神楽に肩を叩かれたのはそれから小一時間ほどたった後のことだ。


「ついたよ。ここがこれから君も一緒に暮らす我が家だ。」


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