第12話 神楽

 一階に到着するとコーヒーを飲んでいた神楽が立ち上がり、地下に行こうかと笑った。

 再び神楽の後をついて行きミーティングルームの階段から地下に向かうと地下は教会を再現したという居住区とは全く違い最先端の技術を取り入れた造りとなっていた。地下は複数あった居住区の部屋とは異なり三部屋だけで各々書庫や風呂そして武器防具の部屋だと案内された。

 書庫や風呂は自分で後ほど確認するように言われ早速武器庫に案内された。


「最初に案内するのが武器庫だからといって警戒しなくていいよ。僕らの仕事は人とは少し違うからね。安全のためにもどうしても重装備になりやすいし武器防具は僕らの仕事には最も重要なアイテムなんだ。

早速だけど、いまから外に出るときはずっと身に着けてもらうことになる服装を渡すよ。

まずはマスクだね。ニール君は今カバータイプのマスクを着けているけど、ここではカバータイプは使えないんだ。指定のマスクだけど何種類かあるから好きなのを選んで。」


 烏の嘴がどれもついてはいるが様々な形状のマスクが用意されていた。一般的なマスクとは異なり用意されたマスクはどれも頑丈な素材でできていた。用意されたマスクはフルフェイスのものからゴーグルとマスクに分かれたものまで様々なタイプがあった。いろいろな形状が並ぶ中すべてに統一しているものといえば、この嘴と色は黒だと言うことをくらいだろうか。私が一通りみて選んだのは顔全体を隠すことができるフルフェイスタイプのマスクだった。

 神楽に言われそのマスクを早速装着してみると思ったより呼吸がしやすいことにまず驚いた。そして見えにくいかと思っていたゴーグルは外見的には黒いサングラスのような色合いにはなっているが実際そうではなくメガネをしている程度の視界となっていた。神楽が部屋の電気を落とすと暗視ゴーグルとしての機能を発揮し普段なら暗くて見えないところまで見渡せる私用となっていた。

 マスクを脱ぐように言われるとその視界は一目瞭然で先程まで見渡せていた部屋の中は灯一つない暗闇だった。神楽が電気を付けると一言かけ手元にあったスイッチを押すとまぶしさに目がくらんだ。


「このゴーグルは一応は光の状況によって自動で調整はしてくれるけど、念のため明るくなると分かった時は今みたいにマスクを脱ぐか自分で暗視モードを切る癖をつけておいた方がいいよ。

じゃぁあとはここで着る服装だけど、こっちも基本的には好きなものを選んでもらっている。まぁ言わずとも皆好き勝手着たいものをきてるけど、ただひとつだけは統一してて色は黒に統一したいな。もちろんこの家の中では何を着てもいいからね。あくまで外出時の服装は黒で統一してるんだ。スーツとかジャケットとかパーカーとかいろいろな種類の服装ががあるから好きなものを持ってって。」


 そう言われ用意された服装の中からハイネックのシャツとパーカーを選ぶんだ。

 『君はパーカーを選ぶと思ってたよ』と言われ、マスクと制服はあとからでも変更可能だからと補足された。

 そしてその最後に渡されたのが黒い手袋とピアスだった。予想通りこちらも真っ黒なデザインで、手袋のほうはハーフサイズとフルサイズが用意されていた。

 ピアスのほうは1種類しかないようでケースに入れられたものをそのまま渡された。神楽によるとこのピアスにはとてもいろいろな機能があり受信機や発信機はもちろんのことGPSやバイタルまで計測してくれるそうだ。

 もし他に装飾が欲しい場合は申請さえすれば装着可能で、見えない位置であれば色は特に指定はないが外から見える位置は黒で統一するように指定があった。ただどいらもデザインは自分の好みを反映しても構わないと言われうなずいた。


「これを付けていたいんですが、色が…」


「ミサンガだね。この程度なら外から見えないしかまわないよ、後で申請用紙を用意するね。」


 一通り服装を揃え一階に戻ると先程までは人気の無かった食卓に6人の隊員がそろった。

 男性ばかりと聞いていたが隊員ではないのだろうか?女性も一人まじって食卓に座っていた。その女性を含める彼らは髪色まで統一された黒服たちとは異なり色々な髪色の人がいた。まるで各々の個性を象徴するかのようだ。


「席についている彼らがカラス隊の隊員だ。君はこれから彼らと共に仕事をしていくことになる。彼らは心強い同士であり家族であり親友となるだろう。ほらみんな挨拶して」


 そう神楽が声をかけると真横にいた赤髪の男が自己紹介を始めた。


「マクレーン・J・ロックフォール。宜しく」


 神楽が声をかけると真っ先に挨拶したのが、父が言っていた要注意人物のようだ。

 気をつけるように言われていたマクレーンは濃い赤色の髪をしており真っ赤な瞳の色とマッチしている。ハイネックにノースリーブと言う服装もあって腕にいくつもの刺青が彫られているのが見えた。おそらく先ほど話していた自分で申請したであろうピアスが彼の耳にはいくつも付いており全て黒で統一されていた。吊り上がった目や眉間のシワなど外見的に彼の気性が荒いことを示しているが神楽に自己紹介を始めると言われ率先した姿勢はどこか真面目さを思わせる。

 父はなぜこの人を要注意人物といったのだろうか?


「ニジェール・スティルトン。一気に名前言われたところでぜってー覚えられないんでね?それよりどーせそのうち慣れるんだからさっさと食事にしちゃおうよぉ。」


 マクレーンに次ぎはお前だと顎で促され渋々と自己紹介をしたニジェールは薄緑の髪を真っすぐにカットした髪型をしており妙なな言葉の特徴があった。彼の耳にも申請しただろうピアスが着けられていてマクレーンのとは異なり2つのピアスがチェーンでつながるタイプのものだった。どうやら本当に形状などは自分の好みを反映していいらしい。彼は机に肘をつき気だるそうに自分の自己紹介を終えるとさっさと終わらせてよと次の人にバトンタッチした。


「ジョシュ・ババリアブルー」


 必要最低限の名前だけ言った彼は青を薄めた水色の髪をしており左目に覆い被さるほど前髪が長く、耳にはクロスのピアスが2つ付いていた。とても無口な人間のようで私とは目も合わせず自分の名前だけ告げると一度も机から顔を上げず黙り込んだ。


「ジョシュ良くないぞ!彼は初めて隊にはいるだけではなく、政府機関にも初めて入って右も左もわからないんだからもっと親切にしてやらないと!俺はタケル・D・ジェックス!気軽に何でも頼ってくれていいからな!」


 さっきのジョシュとは異なり今度は紺よりは明るいが深い青色をした髪のいかにも漢という感じの人が自己紹介した。どちらかというとクールなタイプだった兄を見てきたから、いつでも頼って来いと言ってくれるこのタケルに漢らしさを感じた。それにしてもタケルと言う名を持つということは昔から日本に住んでいるのだろうか。

 タケルにこっちを見ろと言われたジョシュはタケルにうるさいと言うように睨みつけた。


「はいはいそこ2人とも睨み合わないの!私はアナスタシア・カンボゾラよ。一応ここの広報もしているの。ファンクラブもあるからよかったらそっちにも入ってね!」


 2人をなだめるアナスタシアは薄紫色の髪色をしており洋服はゴスロリチックなものを着ていた。自己紹介が終わるとアナスタシアはおろしていた長髪をうっとうしそうに慣れた手つきで括りヘッドアップでまとめてしまった。彼女はファンクラブがあるというのが納得いくようなかなりの美少女で、それは外見だけではなく髪をあげるだけの仕草だとしてもとても一挙一動が美しかった。


「ここでファンクラブの勧誘はしないように。僕はアレックス・ゴルゴンゾーラ。この隊の副隊長を務めている。だからもし不安なことなどあれば遠慮なく言ってほしい。今後当面の間、君の仕事や研修は僕が面倒を見ることになっている。だから君とはこの中で一番接点も多くなるだろうから宜しく。」


「ニールです。これからここでお世話になります。政府機関で働くことは初めてなので何かとご面倒をかけますがよろしくお願いいたします。」


 兄の名前を告げる。

 そうここにいる誰一人として自分の名前を私は告げてはいけない

 例えここで自分以外の女性が働いていたとしても自分が女だということさえ告げられていない

 そんなことをしたら兄は一体どうなってしまうのだろうか?

 そう考えるだけで恐ろしい。

 私が代わりになったことで稼げる時間は限られているだろうけれどそれでも今は私はニールでなければいけない。


「特に席は決まっていないから自由に座ればいいよ」


 そうは言われたが現在空いているのは隊長と副隊長の間の席のみだった。

 大人しくその間の席に腰を下ろして周りを見渡す。

 新しい人間が入った時に一般的に行われる質問攻めということはここではなく、特に何も聞かれることもなく最初の挨拶が終わったらみんな普段通りの行動をとっていた。


「このとおりの隊員たちだから、君も気にせず自分通りにやっていけばいいよ」


「はい」


「今日は団長が作ったんスか?」


 ワックスで固められたツンツンヘアにつり目が特徴のアレックスだ。

 ノースリーブの腕から見えている刺青はアウトローな雰囲気を漂わせた。


「今日は歓迎会だからね」


 テーブルの上に乗った本日の夕食のガレットは団長の手作りなんだと副隊長が解説してくれた。

 ガレットという名前は知っていたけれど実際食べたことも作ったこともない食べ物だった。卵とチーズといった上にのっている具材はわかるが生地はどうやって作ったのか?そんな疑問ででレシピを聞きたくなってしまったニーナは慌てて感情が出る前に口をつぐんだ。

 ニーナは料理が好きなのだ。今までだって自分一人だったし大抵の料理は自分で作っていた。小さいころもニールと森に出かけては食材を手に入れて自分で捌いたりなんかもしてきたくらいだ。

 カラス隊の食事は普段は当番制なのだと食べながら副隊長が説明してくれたから趣味を生かせることもあるだろうが、男を装っている今は秘密にしなければいけない。


「みんなには君のことを結構前から伝えていたんだけど、昨日までは君が本当に来てくれるかは不確かだったから凝った料理じゃなくてごめんね。」


 本人の私でさえ今朝まではホテルから移動する先は検査施設に違いないと思っていたしこの先は別の場所に住むことになるのだと覚悟していたのに彼はそんな前から知っていたのだと驚いた。


「どうせ隊長の事だから入ってもらえるかは未定だと言いながらも必ず引き入れるつもりだったでしょ。」


 副団長は食事が終わったようで机に置いていたマスクを装着しながらあきれた表情で神楽を見た。

 どうやら今日私が父と話すということや内容までも神楽や隊員は知っていたらしい。そして内密にされていた待ち合わせていた時間までも予想して待っていたのだとか。


「カラス隊の本部ボロくてビックリしたでしょ?」


「いえ、歴史的建造物で暮らせるなんて素晴らしいです」


 隊員たちは各々目を丸くしていたが神楽だけは満面の笑みでもっと食べろと言わんばかりにバケットをニーナの皿によそった。


「そういう反応は初めてだな」


「私らからしたらオンボロ屋敷にしか見えないからねぇ」


「先先代が聞いたら涙ぐんで喜ぶよ」


 先々代というのはモンサンミッシェルを買い取ったという噂の人物のようだ。


「去年亡くなるまでは時々退職してからもここに足を運んでいてくれたんだ。そのたびに隊員たちにここの教会の自慢話をしていたんだけどね、興味をもってくれる隊員がいなくて残念がっていたんだ。もし君と話せたら先々代も絶対喜んだだろうに。」


 隊員が先々代を思い出す笑顔からその先々代隊長の人柄が窺える

 きっととてもいいひとだったんだろう

 現在となっては壁にかけられたみんなと映る写真でしか拝見することはできないが写真の中の先々代はとても幸せそうに豪快な笑顔を見せている。

 そしてその写真の中には今はないもう一人の団員の姿もあったがそれはまたべつの話

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