第18話 初任務⑥

「現地についたらさっきの説明する。とりあえず復習がてら隊長に配られた地図で現地の把握をするといい。」


「いいですねぇ、私も新人の頃を思い出します。新人さんでしょ?」


「えぇ。ようやく一人入ってきました。」


「良かったですね、神楽さんも大分苦労されてたから念願の新人さんですね。新人さんもこれから分からないことが沢山だと思いますけど頑張ってくださいね。」


「ありがとうございます。」


「うちの子もね、新人さんと同じくらいの歳で先日ようやく成人して今就職活動中なんです。だから今からどういった職につくのかこっちは楽しみなんですよ。まぁ皆さんみたいに立派な仕事にはなかなかつけないとは思いますけど、それなりでいいんで仕事が楽しいって言ってもらえるような職についてほしいなぁ。」


そう言いながらダッシュボードに張られた家族写真を眺めた。そこには運転手と子供が大学名の表札がかかった門で笑う姿があった。


「珍しいですね、外でとられたんですか?」


「いや、まさかまさか。息子が入学するときに大学が合成用のCGでつくられたフォトバックを配布していてそのうちの一枚ですわ。この門も昔の画像をリマスターしただけで今はないらしいんですよね。」


現在の大学は通信教育がメインとなっている。生徒たちは入学式から卒業式までリモートで授業は行うから実際に学校に行くことは一度もない。昔は食堂や施設も大学を選択する材料だったが、今は契約している教師や偏差値そしてサービスで選ばれる。実際のキャンパスがあるのは実地訓練がある防衛大学くらいだろう。

車内で運転手とアレックスが話をしているのを聞きながら私はアレックスに言われた通り現地に着いてからの手順を復習していた。普通なら地図を見ながら歩けばいいんじゃないだろうか?と思われがちだが倒壊した建物や過激派の存在もあり地図を見ながら歩くのはかなり危険なことらしい。もしかしたら倒壊によりこの通常ルートでは進めない可能性もあるそうだ。一通り言われた通り地図を把握して目印の建物の特徴を覚えたころにはもう目的地まであと数分という距離となっていた。


「準備できたか?」


「はい。」


「あと5分でつきますから準備しといてくださいね。」


「ありがとうございます。」


車は次第に減速していき目的地の関東池袋地区に到着した。朽ちたビルがいくつも立ち並び昔の発展した時代を物語っていた。瓦礫の状態を見るとここ数年というものではなく何十年と放置されているようだ。もう使われなくなってしまったネオンが町のいたるところではずれ日に焼けてしまいっており窓ガラスが割れた建物も多い。昔何千人と生活していたこの地区は極少数の住民だけが今暮らしている。

私はそのかつて栄えていただろう町に来ている。

町の中でも一目の少ない墓地にタクシーは停車し私たちを降ろすと、もと来た道を戻っていった。先程までの話好きの人がとる行動にしては驚きの光景で何かしてしまったのかと不思議に思っているとアレックスが荷物を背負いながら『先を急ぐぞ』と私にも荷物を渡した。


「タクシーが長居しないということは、それだけここが危険な場所だということだ。さっきの彼はうちの殆ど専属みたいな人だからここまで連れてきてくれたが普通のタクシーなら断られていただろう。それくらい今回の任務の場所は危険なんだ。ほら行くぞ。ここも長居していると危ない。」


マシンガンにくらべると圧倒的に軽くなったアナスタシアの銃を背負いタクシーから下した荷物を次々とアレックスとともに装備していった。タクシーはもう姿もなく私たちは覚えたての地図の目印を探しながら目的地を目指すこととなった。


「俺は周辺を警戒しながらだからルートは大幅にずれない限りお前に任せる。お前も一応周囲を気にしながら進んでくれ」


「はい。」


反感を持つ人間や過激派がどこに潜んでいるか分からない緊迫した空気だった。町中を歩く人間は殆どいなかったが、その歩行者も銃を持つ私たちを見て難色をしめしすぐに建物に入っていってしまった。おそらくビルの上からも何人か私たちの行動を見ているのだろう。凄腕の殺し屋のように人の視線を感じることが出来ない私でも流石にこの視線は気になった。


「見ているだけならいい。気にせずすすもう。」


アレックスは慣れると言うが、この緊張感や人からの視線だけで私の精神はもうピークまで削られていた。好機の目ならまだいい。注がれる嫌悪の視線は人の負の感情をそのまま私たちに注いでいるようで心に黒い塊がつくられるようにずっしりと体が重くしていった。


「この場所回避します。」


すっかり口数がすくなくなってしまった私は最低限の会話だけとなってしまい、アレックスも察したようで警戒は自分に任せてくれればいいと気を使ってくれた。

ようやく目的地のビルまで来たときにはもう疲労や緊張も感じず悟りでも開いたのかという位に無心になっていた。普通の少女ならきっと泣き叫んでいただろう『怖い』『もう嫌だ』そんなことを言いながら逃げ出していたに違いない。そんな環境で私が泣かなかったのは兄のふりをしているからではない。あの頃の経験があったからだ。

目的地である建物の扉は壊されており私たちは割れた窓から建物に入った。もう使われなくなったビルだと言うことでこの建物のエレベーターは動いておらず、疲れきった体で階段を歩くことになった。24階と言う長い長い階段は多少体力に自信があった私にとってもかなり辛い距離で10階を過ぎた頃から定期的に休憩を挟まないと進むことができなくなってしまった。アレックスはというと平然としており息も切らしていない。それどころか8階くらいから自分の荷物だけでなく私の荷物までもっている状況だ。私は荷物をアレクスに渡しているがそれでも休憩を挟まないと進めず、目的の24階にたどり着いたときに確認した時間は到着時から1時間も過ぎていた。屋上に上るとそこにはヘリポートがあり、他の建物を見下ろすことが出来る開けた場所だった。たどり着いて早々に苦しくなってしまった私はしゃがみこみ屋上の扉の前で息を整えているがマスクのせいで一向に楽にはならない。アレックスが持ってきていた酸素ボンベを私のマスクに取り付けてくれようやく呼吸ができるようになった。そうしてようやくもうろうとしていた頭もはっきりしてきてあらためてこの場所を見渡した。


「平気そうなら今からミッション開始まで隊長が言っていたピアスとブレスレットの説明をしようと思う。」


「お願いします。」


フェンスのない屋上の端まで行って周囲を確認してからアレックスの元に戻った。アレックスは私が周辺を見渡しているあいだ持って来た荷物を広げいつミッションが開始されてもいいように事前準備整えていた。


「まずはピアス。このピアスを軽く触ると発報することができる。ただ発報する先は個人じゃなくチーム全体だから私用の内容は慎んだ方が良い。そういった発報をしたい場合はブレスレットの方を利用してするように。

受信に関しては特に動作はいらない。常時聞こえている状態だ。今はまだみんながピアスをつけていないから分からないがみんながつけたときに各々が発報すると自動的に受信されてそれが聞こえてくる。結構皆がこのピアスで話すから集中したいときは邪魔になってピアスを外したくなるがそれは絶対にしないでほしい。昨日も話したけれどこのピアスにはバイタルもついているから任務中の着脱は許可されていない。外した場合は死亡として神楽に知られるから後々絶対厳重注意されるだろう。まぁ集中したいと思った時に集中できるように日ごろからうるさい場所でも集中できるように訓練することも大事になってくるだろう。。

ブレスレットについては今朝マップを確認した他にいろいろなシステムが付いている。これは自分の手にホログラムとして映し出すことができるから操作も投影されたパネルで行う。いろいろなシステムがあるからその時々で必要なものを説明する予定ではいるけれど自分でもいろいろいじっておいてもらいたい。ただこれもピアス同様を外すことがないように。

使い方といってもこのくらいだけどもし操作がわからないってことがあれば言ってくれ。とりあえず今はまだみんなはピアスをしていないだろうからテストとして発報してみようか。さっき言った通りにピアスに触って何か話してみて。」


アレックスに言われた通りピアスに触る。はじめての発泡で緊張しながら一呼吸おいて震える声でテストと発報した。自分の耳には残念ながら初発報の音声は届かなかったがアレックスには届いたらしい。


「大丈夫そうだね。任務中はこのピアスを多様するから緊張しなくても今日中には慣れることができると思うよ。」


ピアスのテスト発報が終わった後はブレスレットの機能でアレックスがよく使っていると言うものを色々と紹介してくれた。このブレスレットはミニタブレット端末のようで本当にいろいろな機能が付いていた。なんとネット検索までできるようになっている。ただこの端末の難点は全ての文字入力は音声操作で行わなければいけないから誤字脱字で妙なものが検索されたりすると言う欠点がある。


「ニール、ようやくチームのお出ましのようだよ。」


そう言いアレックスは自分が持っていた双眼鏡を私に渡した。双眼鏡で周囲を探してみると黒い大きなジープが止まっているのが見えた。


「あれがバスですか?」


「そうそうあれがバス。見かけはただのジープだけど隊長とアナスタシアがかなり改造を加えてるから馬力なんかの性能だけでなく武器もかなり良いものが搭載されているんだ。あいつらに僕の大事な銃たちを何度野ざらしにされて壊されたことか。このマシンガンも今度人に勧めるようなら車につけるからってさっきアナスタシアに脅されたんだ。」


そうアレックスは先程アナスタシアに渡されたマシンガンをなでた。

二人でバスを眺めながら待っているとジープは減速して公園横に路駐をした。車の停車をまっていたのか車後ろに設置された銀色のボックスが開き中から沢山のドローンが飛び出した。


「いま飛び出していったドローン達がハイホーだよ。ハイホーは隊長が操作してるんだけど熱センサーから狙撃まで本当に多様なドローンがいるからそれを管理できる隊長は凄いと思う。この操作もあるから神楽は操作メインで出動は基本的には行わずベースでの作業が毎度メインになってくる。」


「なんでハイホーなんですか?」


「隊長が名前つきたんだけど…バスにせよハイホーにせよ妙な名前つけるんだよ。僕も知らないから本人に聞くといい。」


『おーい、もう位置についてる?』


ピアスから聞こえたのはアナスタシアの声だった。受信は本当に自動で行われるらしく私とアレックスのピアスに同時に聞こえた。アレックスは先程私に指示したように軽くピアスに触りアナスタシアの発報に答えた。


「ついてるよ。準備も万全だ。周辺には人もいないから降りてきて大丈夫だろう。」


『サンキュー』


車の扉が開き全身に重装備を備えた4人が降りてきた。国と住民の摩擦はかなりあるこの地域では装備を揃えての出動となり誰一人としてミーティングルームでみたラフな恰好の人間はいなかった。


『刺さるな、四人でくっついているから余計だろうけど』


割れた窓越しやカーテン越しに何人かの人の姿が見え隠れした。まるで本当に戦場のようだ。私たちも先程体験したが感じる視線はピリピリと肌に刺さるものだったし今にも誰かが手を出してしまいそうな冷戦状態がこの地区にはある。


『決して我々から手を出してはいけないよ。もしかしたらその視線の中に過激派がいるかもしれないが今回我々は苦しんでいる感染者をいち早く保護して機関に渡す手筈となっている』


その先はという言葉がでそうだったがアレックスの表情を見るとその先は踏み込んでしまってはいけないようだ。


『そろそろ一網打尽にしちゃってもいい気はしますけどね』


『今回はやめてくれよ。まず安全第でニールの初ミッションを遂行しよう。帰ってきたらカレーが待ってるからお楽しみに』


『神楽さんカレーつくりながらやってるの??ずるい』


『ッシャ。今日はカレーだ。俄然やる気が出てきたわ』


『ほらほら余計なこといってないで現状はどうだい?』 


『うちは目的地についたよ』


『こっちも到着だ』


私たちがいるビルの2ブロック手前で二手に別れたチームは私たちが進んだ半分の時間で到着し各々先行していたドローンと合流した。



『ニールいけそうかい?』


『はい!予定通り18:00火災が発生します。3・2・1』



カウントが1になるのと同時に関東池袋地区に火災が発生した。

安全のため各々小規模火災としているがこれだけ沢山の場所となるとかなり大げさなものになる。いたるところから悲鳴は聞こえ、煙と炎で街全体が赤く染まってみえる。

24階という高さからも熱を感じるしおそらく下にいる人間にはもっと過酷な状況だろう。

先程までちらほらとしかいなかったが実は結構大勢の人間がいるらしく火災に驚いて道路に出てきた人達で道が埋め尽くされた。いくらハイホーたちが一般人の安全を確保しているとしても30分と決めら時間私の映した火災に苦しむ彼らの姿を考えると心が痛む。

私が今行っていることは過激派と同じなんじゃないだろうか?

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