第24話 たどりつく場所
心地いい。
こんなに心地いい思いをしたのはいつぶりだろうか?まるでお日様の下で木陰に寝そべっているような気分だ。あぁ、あれはやっぱり夢だったんだ。
兄に入れ替わってほしいと言われた私は父に会い闇烏という部隊に入るだなんてなんて変わった夢だったんだろう?そろそろめを覚まして今日の食材を調達に出かけないと。
「…ろ。起きろ」
聞き覚えのある声に慌てて目を開いた。そこは見覚えのあった家のベッドではなく車のシートで隣には
「いつまで寝てんだよ。」
「!?!?」
自分のしていたことが分かった。会って二日目のマクレーンにもたれかかってぐっすり熟睡してしまったのだ。恥ずかしさと焦りで顔を真っ赤にしていつもの癖でよだれが垂れていないか口に両手をあてた。
「あれ…」
していたハズのマスクがない。思えば視界もかなりクリアだ。
「マスクはアレックスが片付けた。俺たちも降りねーと」
慌ててフードをかぶり顔が見られていないか分になりながらマクレーンを見たがばっちり見られていたようで動揺した仕草を笑われてしまった。
「笑わないで。」
「いまさら隠してもな。」
「は、恥ずかしいんだから仕方ねーだろ。このご時世マスクを外すことなんてないし。」
「クッ。アナスタシアが化粧をさせたがってたぜ。」
「似合う訳ないだろ。」
ばれませんように。ばれませんように。
何度も何度もそんな呪文を唱えた。まさかマスクをとられても起きなかっただなんて。
フードをかぶりハイネックを口元まで引き上げて隠したが自分でもわかるほど違和感しかない行動だった。
「ほらよ。マスク。今から本部行くからかぶってけよ。」
「あ、ありがとう」
後ろを向きフードを下すと手渡されたマスクをすぐに装着する。元々森で生活してきた私にはマスクなんて馴染みのないアイテムでここ数日付け始めたに近いものだったのだが兄のふりをして身を隠さなければいけない以上このマスクは絶対的安心アイテムだった。
マスクをしていつも通りフードを被ると先に車を降りたマクレーンの後を追った。
「ここでは武器は厳禁だ。ナイフはおいて来いよ。」
「?」
「ここは金属探知もあるから絶対気付かれると思うぞ」
腰に着けていたから隠してると思われたのだろうか?バレバレだと言わんばかりにいじわるそうにマクレーンは笑った。ナイフをおき今から入る建物を見ると見覚えがあった。昨日来たばかりの場所だったのだ。
「お前は昨日ぶりか?」
「うん」
「じゃぁ治療室や研究室も見てるか。」
「?見てないけど?」
「は?」
「昨日はラウンジ行ってここでお茶飲んだんだけど」
「?んな場所あんのか?俺が思ってる場所と同じここの話だよな?」
「そう…だけど。」
「まぁ…いい。とりあえず今から治療室と研究室と…まぁ行けば分かる。」
「他の皆は?」
「誰かさんが寝てたせいでチーム編成されたんだ。今アナスタシアとアレックスが意識不明の患者を緊急処置室に連れてってて、ジョシュとタケルが他の患者を見てる。アナスタシアとアレックスが戻り次第全員で出発だからジョシュとタケルと合流するぞ。」
そう言われマクレーンに連れていかれた場所は数ある医療テントのうちの一つだった。昨日ここにきた際には駐車場だったその場所は今はいくつもの赤十字を掲げるテントが並び絶えずテントに人が出入りしてかなり慌ただしい。昨日とあまりに違う環境に驚き本当に別の場所に来たのではとも思ったがこの景色は間違いなく昨日と同じ場所だった。
マクレーンに案内されたテントの中にはガラスケースが4個並べられており、なにが入っているのかとのぞきこむと人間がいて驚きニーナは悲鳴を揚げてしまった。
「馬鹿。今回の患者だ。よく見ろ。」
死体だと思い目を背けたそのガラスケースを恐る恐る見ると中には酸素マスクを着けて苦し呼吸を繰返す人達がいた。
「ったく失礼にも程がある。」
「ニールは本当初めてなんだな。」
まだ先程の衝撃に声を失いながら近くにいたタケルの問いに頷いて答えた。
よく見るとガラスケースにモニターが映されておりバイタルや酸素レベルまで表示されていて腕には点滴がさされている。
「今いるここが第2処置室だ。さっき第1処置室、あそこに見える赤いテントな?そこで俺たちはお前らが合流する前に初期対応の手続きをしてたんだ。っても俺らが初期対応するわけじゃねーんだけどな。対応は別の部署がやるから俺らはそこに連れて行くだけ。まぁ本来この第2処置室にも来ないし処置ケースも見ることがねーんだけど、今回はあまりに大規模な感染が確認されたからうち以外の部隊も総出になって全部隊関係なく動いてる。流石に医療行為はできねーけどな。」
「アレックス達遅いな」
「まぁ脳死状態の患者だから手続きに手間取ってるんだろ。」
「脳死状態の方がいたの?」
「あぁ。最後の家族が脳死の祖母と孫だったんだ。なんつーか、もっとなんかできることなかったんか?って思っちまう。」
「タケルそういうのは」
「分かってる!分かってっけど。」
タケルは頭をガシガシと乱暴にかいて自分の気持ちを整理しようとした。一人一人に感情移入していては務まらない仕事だと理解はしているがどうしても感情移入してしまうタケルは何度切り替えようと思ってもどうしても考えてしまうのだ。
ここにいる一人一人に自分の今までの人生があって、やむ負えなく今からそれを手放さなければいけなくなる。そう考えると自分たちの無力さを考えないなんて出来ない。
「なんか陰気くさいわね」
「またやってるのかタケル。」
「っせー。」
漢なきするタケルに飽きながら二人はかなりいいタイミングで帰ってきた。帰ってきた二人は四つ並ぶケースを一つ一つ確認しながらこのまま動かしても大丈夫かと近くにいた医療スタッフに訪ねた。先程まであまりに静かにしていた医療スタッフは頷き早く場所を開けてくれると助かると良い私たちは治療ケースと共にテントを離れることとなった。
「ニール。さっきは可愛かったわよ。」
先程までさらしてしまった顔のことを言われマスクで隠れた顔をニーナは赤くした。疲れていたとはいえマスクをとっても気付かないなんて、本当に今でも信じられない。
「忘れてください。」
切実に!アナスタシアから距離をとろうとするがそれは難しいらしくアナスタシアは話をつづけた。
「そんなに逃げないでって。それになにもあんなに隠すことないじゃない。私みたいに誇っていいと思うわよ?」
「女顔なんで」
「私だってそうだけど楽しくやってるわ?」
そうアナスタシアは自分の女顔に絶対の自信を持っている。下手な女性よりよっぽど可愛いと思うし似合っているから自分のことを可愛いでしょ?っていうこと自身全然気にはならないけれど、ニーナの場合はわけが違う。
「俺は自分の顔コンプレックスなんです。」
もったいないというアナスタシアだったがそれだけいうともう何も聞いてはこなかった。
少し考えてしまう。兄はどうなんだろうか?私と同じ顔をしているのに髭とか生やしているのだろうか?そんなことを考えながら兄の髭面を想像するとなんだか笑いが止まらなくなってしまう。患者を連れているのに不謹慎だから精一杯のポーカーフェイスをしてはいるが声に出てしまう前に兄の髭面は脳内から消してしまおう。
治療ケースと共に私たちは駐車場からツインタワー通路への直通のエレベーターに乗り昨日同様のセキュリティを通った。マクレーン曰くこのセキュリティに金属探知もあるそうだ。ピアスなどの貴金属が身に着けていてもアラームがならないように武器だけに反応する仕様らしい。セキュリティーをくぐると昨日つかった同じエレベーターに乗り今度は地下に向かった。
B2F
扉が開くとマスク越しでもわかるほどの強烈な消毒液の匂いがした。
見渡す限り白 白 白。壁も扉も備品も全て白で統一されておりそこで働くスタッフも白い服装を身に着けていた。
そんな中全身を黒で統一している私たちはあからさまに場違いでエレベーターが開いた直後から院内の視線が不愉快そうに向いているのが分かった。
「いつきても嫌な場所だな」
突き刺さる視線をうっとおしそうにしながらタケルは小声で言ったが近くにいた私にはバッチりタケルの声は聞こえていた。
「これはこれはカラスの皆さんよくおこしに。」
進行方向を遮るように白衣をきた長身の男性が立ちはだかった。彼は薄紫の髪をいじりながら周囲の視線と同じように不愉快そうに私たちを下から上まで見ると場違いだと言わんばかりに鼻をならした。
「あらこんにちわ。受け渡しをしたいんですけどこちらでも宜しいかしら?」
誰でも怒ってしまいそうな不愉快な態度なのにアナスタシアは声色一つ変えずに患者の受け渡しを申しつけた。
「あぁご存じないのですね。こちらではなく病棟に直接お願いしてるんですよ。まぁその真っ黒なお洋服で恥ずかしいからどうしてもというのなら私があずかりますけど。」
昨日から着始めた服装だが、ここまで言われると入って2日目のニーナにも我慢の限界がやってくる。だがニーナより先にきれてしまいそうなタケルはなにやら笑っておりそれはタケルだけではないようだ。
「タケル?」
「まぁ見てろよ」
小声でタケルに何がおかしいのかと聞こうとしたがタケルはアナスタシアの対応を見てみろと笑いながらアナスタシアを指さした。
「あらではここで失礼しますね。早々に受理していただけてこちらとしても助かります。こちらの端末に受理完了の声紋もいただきましたし、私たちはこれで。」
皆行きましょうというアナスタシアと共に私たちは患者4人を先程の白衣の男性もといイヤミメガネ(メガネもかけてた)に渡し再びエレベーターに乗った。
私たちしかいないエレベーターだったのに静かで不思議に思ったニーナが見渡すと皆肩を震わせていた。
「………っだぁ~~!もうだめっ!」
「タケル我慢しろ!車までっ…ククク…」
「アレックスも笑ってんじゃねーか」
「あれは笑わない方が無理だって」
「あのメガネ今頃上司にこってり絞られてるぜっ!」
「可愛そうね」
「思ってもないくせに」
「あったりまえじゃないの!私たちは善意であそこまで運んであげたんだからっ!それに対してあの態度!ちょっとからかってあげたくなるじゃない?」
「からかい過ぎだっ…クク」
エレベーターから降りて誰もいない通路に反響するほど皆は笑ったがニーナには何故笑っているのか分からなかった。
「どういう…」
「あぁごめんごめん。実はな本当はもっとかなり面倒な手続きが必要だったんだ。一人一人入院する階も違うから各々の階で手続きをしていかなきゃいけなくて本当に相当面倒な手続きが必要だったんだよ。」
「ハッ!あいつがもし声かけなきゃ危うく帰るのは9時過ぎになるところだったぜ。ザマー」
「そんなに!?」
今現在6時だというのにいまからまだ3時間も手続きが必要だということに驚いた。4人の患者にそんなに時間がかかる入院施設の時間という概念がなかったニーナは自分が入らなくて良かったと心から思った。
「そうよ?それに早くて帰りが9時ってところで今回結構混んでるから下手すれば翌朝になってたかもね?あの坊やに引継ぎが出来てラッキーだったわ。」
「俺らに絡まなきゃ怒られることも残業することもなかったのになぁ」
「なんで他の隊まで駆り出されてるか考えられなかったんだから仕方ないよ。」
「頭でっかちの癖になっ。」
こうしてニーナの初任務はあっけなく幕を閉じた。
急遽現れた白衣のメガネによって。
私たちを待っていた車に戻ってもまだ笑い声は続いていた。入って二日目。たった二日なのにこの隊がどういう隊なのか今日一日で分かってしまった気がする。まぁニジェールに関しては未だ未知数なところがあるが今日一緒にミッションに参加したひとがどういうひとなのかは少なからず分かった気がする。
今朝までの不安やミッション中の緊張や恐怖そういった負の感情に埋もれそうだった数時間前の私はそこにはいない。
私はきっとこの場所でやっていける。
そう今日一日で確信した。
いつかは絶対兄に会って、皆にも本当のことが言える日が来ればいいと思う。
それまではこのままこの秘密は胸の内に。
彼らの名前は闇烏
通称カラス隊と言われる国の感染専門の防衛機関である
これは人知れず戦い人々を救う彼らとカラス隊に入隊したばかりの私の物語だ
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