第27話 ニーナ②

兄はどうしただろう?

兄はどうすることを望んでいるのだろう?

兄の代わりでしかない私に意志なんてなくて私はただ兄に従うだけだった。もう兄に見捨てられないために縋るしかないんだ。だから兄の邪魔にならなければそれでいい、そんな投げやりな考えしか浮かばない。兄のように振る舞って時が来たら死ぬ兄の身代わりの私には意志なんて誰も求めないだろう。


「明日はニーナとしての君の言葉を期待している。」


私の心を見透かしたように言われた一言に驚き顔をあげるが神楽はいつも通り笑顔のままそこに座っていた。


「大丈夫。気付いているのは僕だけだから。」


分けが分らなかった。でも腑に落ちたこともあった。必死にそれまでと同じ表情を取り繕い悟られないように神楽と同じ笑顔を浮かべた。


「な…なんの話ですか?」


「君はニールじゃないだろ?上手に化かしているようだけど、君とニールくんの能力は微妙に違う。ニール君の能力を知ってるかい?」


「…」


「何も知らされないでよく…まぁいいや。」


「俺がニールですよ。妹と勘違いされたんですね。妹は元感染者でもないんで無能力ですよ。今も妹は家にいるハズです。嫌だなぁ。」


「また嘘を重ねるつもりなのか。優しく話しても君は迷うだろうし同じ調子で嘘を重ねるだろうから正直に言おう。僕が気付いていないと思われるのは侵害だからね。さっき話した通り出ていくかは君の意志に任せるけど、君が聞いたさっきの答えも答えてあげる。僕の意見としては君に出て行ってもらいたい。ここは前にも言った通り男所帯だからね、女性がいると正直邪魔なんだよ。なにかあった時に甘えられても困るし自分だけ優遇しろと言われても困るからね。君を連れてきたのはニール君だと思ったからであって全く女性を連れてくるつもりはなかったんだ。連れてくるときは君にすっかり騙されていたというわけだ。

こんなジェンダーに固執するうちみたいなチームじゃなくても、君にはもっと相応しい部署があるはずだよ。君の父上も心配していたのはそこだろう。政府機関にはもっと温厚な仕事の部署もあるからそっちに配属された方がいいんじゃないかな?君もそう思うだろ?」


「そうは…そうは思いません。」


「は、もう嘘はいいよ。嘘をつかれることには慣れているけれど、身内になる人間は別だ。誰が嘘をついている人間に背中を預けるものか。君には君の理由があるんだろうけれど、僕は僕らはそんな人間を仲間だなんて認めない。君を認めない。」


兄ではないと見分けられてどうすればいいのかという考えで頭が真っ白になった。

女であること嘘をついていること全部ひっくるめて出ていけと言われたらもう従うしかないじゃないか。兄ではない個である私になんの価値もないんだから今更私を見てなんて言えるわけがないじゃないか。


「ほら、そうやってすぐ泣く。泣いたって僕の意見は変わらないよ。」


「これはっ…これは単に目から汗が出てるだけです。」


「見苦しい言い訳だね。」


「う…嘘をついたことは謝ります。私の一存で兄であることを知られるわけにはいかなかったんです。兄の身の危険にも関わる話なので。」


「だから?正直僕には関係ない話だよ。」


神楽の言葉は正論で、何をどういおうが対人能力が圧倒的に劣る私が神楽に言えるセリフなんて殆どないのは自分でもよく分かっていた。


「神楽さんはさっき私が選んでいいって言いましたよね?」


「言ったね」


神楽の言うとおり私としての意見を考えてみた。

出て行けと言われている状況で周囲は男性ばかりという状況で私はやっていけるのか?

薬を飲めば一時は生死をさまようだろうけれどここではない部署で働くこともできる

今までは外に出られる場所はここしかないと思っていたが、苦労するだろうが違う道を模索できるかもしれない。それに人々の苦しむ姿は見なくてもよくなるし自分がその原因をつくることもなくなる。そんな辛い思いはしなくても良くなる。

それに父の立場も守られるのだろう。だからきっと父も喜ぶ。

どうすれば皆の気持ちに添えるかなんて分かってるはずなのに、なんでこんなにも私の心は違う道を選択してしまうんだろうか。

辛いことが待っていると分かっているのに、なんでそれでも私は選んでしまうんだろうか。

折角知り合えた人と、この暖かい人達と離れたくないってなんで思ってしまうんだろう。


「私は…私は…私は…」


自分の意見を言う緊張で胸が高鳴る。

私が私の意見をいうだけの話なのになんでこんなにも怖いんだろう。


「ここにいたい…です。もし兄でもなく父でもなく神楽さんでもなく私が選べるのであればここにいたいです。」


「何故だい?さっきも話しただろう?ここには君は向かないと。」


「久しぶりに…何十年ぶりに家族だと思える場所が出来たと心から思いました。」


「でも君は嘘をついた。僕らを欺こうとしているのに?」


「そうですよね。そう言われても仕方ないと思います。嘘をついていた理由も全てはお話できません。それに私は政府機関にこの先も自分が兄だという嘘は付き続けるでしょう。そうしないと兄は…兄は死んでしまうでしょうから。

嘘をつく相手を信用できないというのはごもっともでしょう。

でもこれは…これだけは嘘ではありません。私にとってここは何十年ぶりに…久しぶりに出来た自分の居場所なんです。ようやく眠れた居場所なんです。出ていきたくない。」


「でも君にはもっといい場所が」


「そんなの知りません。ようやく居場所が出来たのに誰がその居場所を離れたいと思うんですか。私にとっていい場所はここなんです。め…めちゃくちゃなことを言っていることは分かっていますけど私兄と違って人と会ったことがなかったんで神楽さんみたいに対人スキル全くありません。勘弁してください。どうか…どうか…追い出さないで…」


神楽にしがみついていた。

神楽の袖に額を付けて頼み込んでいた。別に意図があったわけではない。ただただ必死だったのだ。追い出されないために縋り頼み込む以外に他にどうすればいいのか分からなかった。


「君の本心かい?」


「本心です。」


「男所帯だよ?」


「今まで人と会うことすらなかったのであまり気にしていません。」


「僕は出て行けといった。」


「分かっています。私は出ていきたくありません。」


「それでも残りたいのか。」


「残りたいです。他に行く場所があってもここに。」


「…」


自分の袖を話すように肩をたたかれ顔をあげると眉が下がりこまった表情の神楽がいた。


「残るなら条件がある。」


「はい。」


「とりあえず、座って。」


「はい。」


「条件は5つ。もし守れないなら何時でも出て行ってもらって構わない。いいね?」


「分かりました。」


「分かっているならいい。条件は

1.チームには正直に打ち明けること。政府機関には隠していてもいいけれどチームは家族だ。自分がニーナであり女性であることを打ち明けてほしい。

2.今後嘘を付かないこと。欺いたり陥れるようなことがあったらすぐにでも出て行ってもらう。

3.週に1度は面談を行う。君の立ち位置は異例中の異例だからね。定期的に様子を見させてもらう。やめたくなったら何時でも言ってくれていい。

4.自分に特別扱いを求めないこと。男所帯でもかまわないと言ったのは君だ。気遣うこともフォローすることもないからそのつもりで。

5.ニール君の情報は僕に共有するように。君のことだ。お兄さんを探すつもりだろう?こちらとしても気になることがいくつかあるから、必ず共有するように。単独での交流は認めない。

以上5つ。条件はのめそうかい?」


一つ一つの説明もう一度考え静かに頷いた。

きっと兄は怒るだろう。チームに共有するということは政府機関に気付かれる危険性もますということだから絶対反対するだろう。

でも、それでも私はここにいたかった。

この闇烏に残りたかった。

そんな気持ちもなにもかもが全て仕組まれていたことだなんて、この時の私は知る由もなかった。

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