第12話





 夕陽に照らされながらタイミングを窺うように屈伸する。


「……行くよっ」


 掛け声と共にイザベラが「えいっ」と甲板から飛び上がる。

 記憶を失ってから、人魚イザベラから貰った羽衣。

 どうやら腕に変形したり今回のように飛ぶこともできる。更にはヒレにも形状を変えられて泳ぐことができる優れ物。

 それを風も無風で、晩御飯まで余裕があった。だから今のように巧みに操れるように練習していた。

 遠くまで見渡す事ができ、日照りもそっちのけでどこまで水平線が続いているのか行ってみたいと夕焼けに誘惑されてそちらにふらり飛んでいく。

 イザベラがこうして警戒せず空を揺蕩たゆたうのは、船員が見守っていることが分かっているからの行動だった。時折宙返りしては甲板にいる者たちに手を振っていた。


「イザベラー」


 イザベラのそれに船員が盃を片手に、手を振る。あれはここに一緒に来た船員だとやっと顔を認識し始めたイザベラ。白紙になった前頭葉に色付いていく。

 確か人魚イザベラと別れた後……。

 行った国は島国。

 常夏でその密林の中美味しそうな果物がありそれを食べた。

 その実は毒持ちであったと現地民に聞く。

 即効性があったらしい。……が、けろりとしていて船員を驚かせた。翌日から今に至るまで特に異常もない。

 船員たちの慌て様を思い出しくすりと笑う。

 まあ、僕が悪いから笑うのはダメだよね。

 本人である僕がそう思っても何故倒れない……という困惑と安堵の顔は忘れられない。仕方ないと思うことにした。


 しばらく雲と共に空中を泳いでいたが、

 いつの間にか下は霧で覆われてしまっていた。着地しようにも可視できなければ、最悪海に落ちてしまう。

 しかし、いつまでもこうしていてはみんなが心配しているだろうと、思い切って霧の中に入っていった。

 随分濃い霧で、ゆっくりと降りていった。

 海面が見えたら落ちる心配はないので、そのまま音を頼りに進もうと思っていた。

 

 ようやく見えてきたのは海でも船でもなく、土――地上だった。

 降りた途端、視界は聡明になった。

 密林のちょうど開けた土地に降り立ったようだ。

「え……?」

 少し不気味に感じたが、潮の匂いや風は感じるから近くだろうと捜索し始めた。晴れてきた空を見上げ、水平線を見る。

 見慣れた帆を張る船が見えた。

 ――随分風で飛ばされたのかな。

 船も霧も晴れて、余裕が出てきたのか進んでいった。

 密林には生物の気配がない。

 上から行った方がいいかなあ……でももしかしたらまた霧が出ちゃうっかもしれないな。

 魔法か否かは別にして、試しに飛んでみたら案の定足止めするかのように、霧が立ち込めてきた。

「やっぱり」

 仕方ないと、密林を進んでいった。

 同じような景色。道に迷うかと思っていた。

 しかし、島自体は広くないのか、砂浜が見え始めた。

『イザベラ、大丈夫か?』

『船長!』

 イザベラの服のどこかから声が聞こえてきた。前に言っていた迷子防止の魔石。

『しばらく通信の魔石の調子が悪くてな。その島だな?飛んで戻ってこれるか?』

 再び音声が途切れてしまった。

 それはもしかしたらこの霧のせいかもしれないと思いながら座り込む。

 その横のただの石だと思い込んでいたそれになにか描かれていた。

「……この竜……夢の? あ!」

 その石には実を食べてこの島から飛び立つ竜が描かれていた。

 多分この島から出られる方法かな……。

 物は試しだと、その石の横にあった木の実を食べて飛んで船まで一直線に飛んでいった。

「イザベラ!」

「ただいま! 戻れたよ!! びっくりしたよ」

「ああ、お疲れさん。……あれは霧の竜だろう。噂程度で火竜の国付近にあるとはきいていたが……」

 船長が幻の島に出会えたと嬉しそうにまた部屋へと戻っていった。

 イザベラも後をついていこうと踵を返した時。

 声が聞こえた。

 ――もう、迷ってはいけないよ。

 片割れさん。

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