第32話




 

「……せんちょ!!」


 火竜の国港町。

 一度補給のため地に戻ると連絡があり、ならばとこの町に足を運んだイザベラ。

 その彼はいつぞや海からすくってもらったイザベラの恩人。イザベラにしてみれば、大海原を渡り歩き、様々な地を航る恩師にも値する。イザベラはその彼の背が見えただけで手を振る。記憶の無かった当時、舌足らずな声音で呼んでいたのでそのクセがまだ抜けてない。これが馴染み深いというのもあるが「せんちょーー」と再び呼ぶ。

 向こうも気恥ずかしそうに小さく手を振りかえす。

 どうやら荷物や打ち合わせなど一通り終わったらしくイザベラのところに向かってきた。


「久しぶりだな、イザベラ。元気……みたいだな。騎士団にも入ったって聞いたぞ?」

「えへへ……、ほら! 今日も頑張ってきたよ」

「おお! 武勇伝でも聞こうか。そういや、大丈夫なのか? おまえのお兄ちゃんによるとおまえも天使族なんだろ? 獣人とか討伐とか狩りとかまだちらほら聞くことがあるから危険なのは……教会だけじゃないが、奴等知らないのか?」

「うーん。ぼくが人間じゃないってこと、知らないと思う。…………多分」

「多分か」


 海岸沿いに沿って歩きながら話していた二人。

 イザベラのその発言に苦笑して、長話するつもりだった船長はイザベラを堤防に腰掛けるよう促す。

 イザベラは柿色に輝く水平線を見る。キラキラ輝く玻璃に眩しそうにする。今も昔もどこまであれが続いているかワクワクしていた。故郷にいた時に旅をしたい、冒険したいと願っていた夢が変な形で叶い、嬉しさと困惑があった時もあった。

 でも、と思う。

 イザベラがぼーっとしていると「ほら」とミルクパックを渡す。「……わぁい!」と嬉しそうに貰う。昔好きか否かは置いといて大抵何かしらの飲み物か本を与えられていた。多分ふらふら出歩かないようにだろうなと、思っていたものだったのを懐かしみ飲む。

 それを見守り微笑む船長が俺のほうはもう年だからな。と近況を話し始めた。

 副船長だったものが引き継ぎ船長として勤めていること。人魚たちとは相変わらず付かず離れず。イザベラが落ちた時のことを聞こうとはしたらしい。


「……で、一丁前に鎧着込んでんのはどっか行くのか?」

「うん。騎士団に入ってる。って言っても大したことしてないよ。客寄せパンダみたいな感じじゃないかなぁ」

「ああ、それはわかるな」


 一通り茶化して飲み終えた辺りにお迎えがきた。先に踊る草木が知らせてきて、兄であるアナスタシアが降り立った。

 最近は竜の姿にもなれるようで、どんどん天使族というルーツから離れていっている。

 それはお互い様だねとイザベラが思っていると「時間だぞ」と声がかかる。

「じゃまたな。イザベラ」

「うん!」

 

 そうして二人の飛び去る姿を点になるまで追いかけて今度はこっそり買っていた酒をその景色を肴に呑み始めた。





***






 風に舞う、草を一掴み。


 火竜の国の活火山を遠く見。

 所々に農家が見えた。

 平穏そのもの。

 夕焼けの微睡みを誘う様な小春日和。

 

 黄金色の穂が収穫の頃合いを伝えるかのように下を向いていた。

 その間一人分しか通れない畦道あぜみちを場違いのそれぞれ白と黒備えの鎧を着た二人が縦に通っていく。黒い方ーーアナスタシアが、

「エリザ! 休憩だ! 別に騎士団のお仕事を生真面目にするのもまあまあ面白いけどな」

「まあ、回収はしたから」

 と、白備えの鎧に着せられた弟が自慢げに伝えてきた。

「俺も用は済んだよ」

「え?! いつの間に? 酷いなぁ。竜に会ってきたんでしょ?」

「会いたいなら、ほら」

 アナスタシアが隣の穂を指差す。

 重たい実が頷く。と言っても風のせいだと言わざるを得ない所もあってイザベラは首を傾げる。

「ん?」

 しばらくその稲穂たちを観察してみた。

 なんだか風の通り道がとぐろのように見えてきた。

 透明な蛇がその穂の上を折れない程度に通っているかの様だった。

「え……ここにいる?」

「ああ。もう帰るみたいだ。今年は災害がなく稲が傷付くこともなかったから収穫が楽しみだと言ってるよ」

「あ、祭りあったよね? またその時に来ようよ!!」

「そうだな」

「その時にまた会いましょうね」

その透明な竜に向かってイザベラが挨拶した。

返事をするかのように、風が舞い、金が揺れた。

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