第43話 

*橙色に消える*

 

「アナスタシア・ヴォルフガング、です」

 アナスタシアは目の前の男に改めて名乗った。


 少し小さく見える浮遊石。クリスタル。

 その上の教会本部。

 その下。

 帝都。

 貴族層なのに、郊外で質素な家。

 畑さえ備えている貴族の屋敷というよりも田舎の農家。

 

「ん?

 ドラグニルじゃなかったっけ……?」

 と、アナスタシアの前の男が問う。


 フローゼという巷で噂の『聖女様』の父。

 そして、教皇、聖王とも呼ばれている男。

 双子の弟、エリザベート……今はイザベラとも呼ばれている弟——の元社長みたいな立場の男。

 のくせに、この家のようにその地位に見合わない麦わら帽子や軍手を着、意外にも似合う男——アルテアが問いかけた。

 


「はあ、偽名です。と言っても、父方のものなので借りた……ですね」と、アナスタシア。案内されながら、説明した。

 

「そ、そうだよね

 あ、複雑なご家庭なんだね

 ……ごめんね」と、ちょっと焦り、続けて「獣人と人ってやっぱ無理なのかなぁ……」と、アルテアが急に本題を語る。


 天使族という鳥派生の獣人という枠であるアナスタシアたちのその対応に色々察して言う彼に、「いや、それとは別の理由で……」と一応弁解してあげる。


 ——イザベラが教会に加わるから偽名を一緒に名乗っていたが、この人素なのか?

 まあ、こちらの事情を知った上でこれなら素なのだろうな


 と、困惑するアナスタシア。

「そっか」とアルテア。

 とにかくここ座ってと、縁側に案内され、ぽかぽか日和の中お茶を片手にまったりとした会談が始まった。


 フローゼと同じような、弟エリザベートのようなふわふわした雰囲気なせいかはたまた、この家のせいかアナスタシアは特段緊張もせず、自分の考えを伝えた。

 

「獣人とか人間たちの問題とかは追々。

 それに、職人たちは中々海の者たちと良い交流しているようですよ」と、設計図を渡す。


「ああ、これが……」と、呟きながら、一枚一枚丁寧に見ていく。


「その魔道砲で彼らに手向けてください」


「手向けね…荒々しいけど、竜の皆さんはいいのかなぁこれで」

 と、呟いた。


 大昔から竜が全ての国の礎等になっていたため気が引ける様子。

 次いで「絶滅かぁ……」とアナスタシアが近場にいなければ聞こえないくらいの小声で言う。


「ついでに騎士団もどうにかしたいけどね」とぼやく。


「ならこれを」と、アナスタシアがボトルを差し出す。

「まあ、我が血なんですが……、毒として優秀ですよ」と、渡しつつ「前のより強力です」


「どく…

 いやまあ、ぼく側のものは敢えて仰ぐのかもしれないけど……

 それ以外はどうやって飲ませようか」と、アルテアが思考を巡らす。

 考えながら、「あの事件のお酒、君かあ……」と、呟く。

 それにアナスタシア本人は、舌を出し無邪気に笑う。


 アナスタシアがようやく我を出したのを見て、「そうそう娘がお世話になったね」と伝えた。


「いえ。フローゼのことは……」


「他の天人みたいに変に長生きしない方がいい

鬼人になって自分を見失ってからオーガになって、は嫌だからね」

 少ししんみりしてしまい、冷えたお茶を飲み干しまた注ぐ。アナスタシアはアナスタシアで、思い出してしまい気分悪くしてしまった。

 それを察してか別の話題にする。


「それはそうと、イザベラくん元気かい?

 不安そうだったけど、最近研究とかも発表してるんだって?鬼人のこととか…色々」


「弟も元気です。

 ギルドや学校に通っていた忙しい時期も済んで…

 まあ、今度は俺のことでてんやわんやみたいですが」


 どうやら天使族の能力も開花して、そのせいか医学に行ってて……てっきり冒険、考古学の方かと思って…」


「だから、弟が医療に進んだのが気に食わなくて押しかけて……」と、つらつらとアナスタシアが弟の事を自慢げに語る。


 はっとしたアナスタシアが「うんうん」と相槌を打つアルテアを見て少し照れる。「仲良いんだね」と嬉しそうにして、もう少し語らせようとする。しかし、


「すみませんっと、そろそろ」


「ああ、いい話が聞けたよ。いゃ〜ある意味イザベラくんも聖女名乗る?って聞いといてよ」と教皇が言うのにアナスタシアが、「ふふ」と笑う。


 「ああ、こっちはこっちでやっておくから、世界滅ぼしちゃう一大演技頑張ってね」

 と、アナスタシアを見送った。見送られた本人は、夕陽と共に橙に輝くクリスタルを背に帰路に着いた。

 

 

 

 

 

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