第7話
*唐紅の海に溺れる*
血の海でもがく黄色い髪に三本のツノが額から生えている者、アナスタシアが頭を抱えていた。
「っ……うぅぅ…、わかったわかったから…」
浮遊島の上に建てられた宮廷の一室。
雲海からも反射した夕方の陽により一層そこは美しい臙脂色に染まる。
空にいながらもそこだけは海に入っているかのような様だった。
「っく、ぅ、うぅ…」
アナスタシアがうめく。
邪竜の血を飲んでから彼の頭の中へと今までの竜が歩んだ膨大な年月が流れ込んでくる。
また、竜が食らったであろう鬼人たちの記憶まで頭の中に流れ込んでくる。
っはぁ、は…
と、息をつく。
––––気が狂いそうだ
緊急だったとはいえ迂闊だったな
せめて暴れて他の者に被害がないよう大体こう言う時は一人空中島の欠片になっている小さな石に行くことにしている。
そこに小さな小屋を立ててもらったからだ。
すまないが…この自傷の血の海の後始末は部下か使用人に委ねよう
と、心の中で詫びながらふらふらと貧血気味の体に喝を入れ歩き出す。
せめて、小屋までは…
と、自室のテラスから蝙蝠型の羽根を拡げ、飛んだ。
うぅ…
墜落しないよう頭を抱えながら呻きながら目的の孤島まで蛇行していった。
何度か気が遠のいたが小屋まで辿り着けた。
小屋と言っても庵に近くちょっとした別荘となっておりある程度備蓄があるので数日本島から離れても暮らすことができた。
そのため昔は秘密基地として遊んでいた。
––––血がほしいな…
……っできれば、そこ、までは…
と、ふらふらといくアナスタシア。
血が魔法の媒介になる天使族は輸血が必須であった。経口での回復であった。
また輸血用パックや薬など彼用のものはここにしかなかったからどうにかここまで来たのだ。
天使族など体液を使う種族の魔法は高位のものが使えた。しかし失血の恐れもある為諸刃の剣。
アナスタシアの場合血で武器が生成できるし、毒も付与できる。例に漏れず長丁場になってしまうと勝ち目はない。
面倒な種族だ
と、小屋に着いて早々輸血パックや安定剤を浴びるように飲んでいきながら想う。
少しだけ貧血は回復した。
ただ、鬼人たちの何千何万もの感情や記憶が押し寄せて止まらず、気分が悪くなる。
時折、
うぐっ
と、えづくので、せっかくの血を吐き出さない様口元を抑えた。
理由はわかるが…
と、はあはあと息をつく
流れ込んでくる記憶によれば彼らは元は人間らしい。
そして、人が魔石無しで魔法と言う力を欲した
そして、アナスタシアが倒し、血を啜った邪竜は彼らからすると神様、救世主。
邪竜からすると、供物。
目を閉じると彼らの断末魔が頭に響いてくる。
誰か、助けて……
でなければ、殺してくれ……!
殺して……
お願いだ……
もう、殺して……く、れ……。
まま…たすけて…いたいよお……
…ここに、落ちたら……、みんな助かるの?
「やめてくれ、助けるから…」と、アナスタシアは疼くまる。口に出したその言葉が自分の意思なのか、別の誰かの記憶かもよく分からなくなっていた。
魔力持ちの、供物はきっとその辺の魔物よりは美味だったろうなぁ…
ふ、ふ
と自ら倒した竜のことを笑い、頭を抱える。と同時に、
仕方ない、奴のやり残しを…
と、座り込みながら思う。
それに飲み込まれるのを防ごうとアナスタシアは自分の分身のような存在である双子の弟を思った。
あいつに見られなくってよかった
いや、
あああいつは俺が殺したんだったか
不愉快なやつが、鏡みたいで嫌だったんだ
周りもあいつだけ褒め、見守る
は、
として
違うな
とアナスタシアは自問する。
エリザは、俺を庇って死んだのだ…
俺は奴のために生きなければ…
最近鬼人たちの感情に左右されてしまっていた。竜の攻撃を庇い、堕ちた弟のためにも生きることをアナスタシアは竜を倒してから決心していた。
最近彼らの膨大な記憶に混乱して自分と混ざってしまいあやふやになることが多くなっていた。
「落ち着け落ち着け…」
と、もう一度輸血パックを煽る。
それに、鬼人たちも…
と、落ち着いてきた頭で冷静に考える。
––––彼らも俺には生きよと、伝えてくれてはいるのだ。
ようやく周りを見る余裕が出てきたので見渡す。
また自傷行為をしたのか、それとも輸血の血か、床は血に塗れていた。
その血海に溺れないように。
今一度決心するように。
目的を見失わないように。
血に染まる空を見上げた。
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