第23話 


*夕陽に火照る*




 本が頭上で飛び交う図書館。

 暖かい灯りで安心感を得られるランプ。

 疲れがとれる椅子。

 集中力を高めてくれる机…


 これらはすべて比喩ではなく実際に恩恵を与えていた。その恩恵は物に装飾されている宝石――魔石という魔法の力が込められた石――が物を使う人々に効果を与えていた。


 その空間にいる青年――イザベラは本を数冊机に積んで課題をしていた。ここは二階の誰にも見えずただ自分からは眺められる場で、左右本棚に囲まれているのでゆっくりできる。また、この机は魔石がないということもあり、イザベラは好んでここを使っていた。


 その課題が詰まっていたところ最終の講義のチャイムが鳴る。

 しかしイザベラの課題の進捗は全然進んでおらず、結局休憩しちゃおう、と横に置いてあった水を飲んで、「うーーーん」と、背を伸ばす。


 同時に机に散りばめられた装飾――魔石を一瞥した。

 イザベラは魔石があまり好きではなく、

 すぐにプイと顔を背けた。



 彼の思いとは裏腹に魔石はもはや人の生活の中になくてはならない存在となっていた。戦闘はもちろんのこと、ランプや火器系、食料保存や飲み水も魔石頼り。

 そして効果がなくなると透明のクリスタルに変化した。これをギルド員などは勲章感覚で飾っていた。

 また、イザベラは雑誌で『大切な人にあげるアクセサリー』という特集を見たことがあった。

 それは大抵バリア付きの魔石が付いており、あなたを一生守る………といったキザな意味合いで贈る者も多くいると書かれていた。


 まあ分からなくもないけどと、それを読んでイザベラは思った。

 

 これら魔石は魔物から採取したものを加工して使用していた。飲み水さえも魔石を使用している所もあるが、何かしら思う人たちも多く、川から飲み水用に浄化して…というところもあった。


 それでも魔石需要は高く、ギルドで発注するより飼育しやすい魔物を家畜化して利益をあげる牧場を経営している国も多くあった。



 こうして頭が課題から別の事に移ってしまったイザベラの肩を誰かが叩いた。

 予期せぬそれにビクッとしてうしろを振り返る。

 そこにはシスター服を着ていて、それだけで教会の一員だと分かる女性がにこにこと佇んでいた。本人はイザベラの反応をたのしんでいた。



「イザベラ様、こんにちは。……何か考え事をしていたのですか? よろしければ私にお伝えして頂けないでしょうか? お力添えできるやも……!」

 

「ろ、ローゼンベルグさん…」


 そう言う彼女、フローゼ・ローゼンベルグ。

 彼女は根っからの教会の人間であり、貴族のお嬢様である。彼女は貧困層の人々への支援だけでなく、獣人も魔族さえも分け隔てなく保護していく彼女を教会信仰者たちは聖女と言っていた。


 その教会――聖蛾教会では、布教しながらも、魔石を管理しているところでもあった。名目上では魔石の奪い合いによる戦争を防ぐためだ。

 これは彼らの掲げる、永劫の平和のためが表向きの理由である。

 しかし先にも書いた通り、生活の一部にもなっているため、ある意味生殺与奪を握り世界を牛耳っていた。


 もう一つ各国が教会に歯向かえない理由に『天人』という魔石なしで魔法を使える人間たちがいた。信仰者らは彼らを崇めていた。

 それを何千何万と抱えている上、上空の浮遊石に聖都を構える教会に立ち向かうものはいなかった。

 その天人だけで編成される騎士団にフローゼは所属していた。

 まだ候補生らしいが彼女の身内が聖都の下にある帝国の宰相らしく「すぐ正規になれるので、大丈夫ですよ」と、変な自信を持っていた。それを聞いた時、権力かあとイザベラは思った。


 兄のこともあるし、今は人として学校に通っているが、羽を失ったとはいえ自分も獣人の枠に入っているため、彼女含め教会側と会う時いつも身構えてしまう。

 今回も「えっと…」と、歯切れが悪くなるイザベラ。


「お悩みは課題……でしょうか? それならば、お供させていただきます‼︎」


 と、戦場かのように意気込むフローゼ。

 中々答えないイザベラを他所に隣に座る。毎日必ず顔を合わせようとする彼女に辟易してしまうイザベラ。

 あまり顔合わせたくないから隅っこにいたのに、まあ仕方ないか。と、顔に出ないよう気をつけにっこりとする。

 こうしてイザベラが彼女に付き纏われるのにもまた理由があった。


 教会の天人の統制、国への牽制のため、魔法の基礎である四元素に因み天人四人選出されていた。

 イザベラは風の席に就いている。

 その従者としてフローゼが仕えていた。だから付き纏うのも仕方ないことだった。


 彼らには特権があり、その中で世界中を無許可で回れるという物がある。その点だけ冒険大好きなイザベラは嬉しかった。教会にはイザベラも魔法が使える『人間』と思われていること。

 海のギルドとして海を、世界を回っていて顔が広いから、とか言う理由で抜擢された。


 ただ教会から任務がある度、「獣人を殺せ」と、いつ命じられるか内心気が気じゃなかった。

 イザベラが考えていると彼女がはっと何か気付いたように、


「イザベラ様がお伝えしにくいということは………病気がちのお兄様のことですね?


 教会でも持ちきりらしくって、もしお元気だったら共に席にともおっしゃってました。きっとイザベラ様のように、麗しく聡明なお方なのでしょう?」


「……う、うん。そうだね」


 獣人人体実験とかいまだに噂聞くんだけど………こわぁと思いながらもイザベラはニコッと笑う。

 

「そうじゃないけど…口では語れないくらいだから」


「もっと聞きたいです」とフローゼが詰め寄る。


「そ、そうかい?

 兄さん、意外とイタズラ好きでいつも驚くんだ……

 本当は、そんな手間かかることを…と、思っちゃうんだけど。

 でも、バレた後…つまりネタバレした後のあの嬉しそうな、ドヤって顔が好きなんだよね。


 だから、注意してないんだ。


 でも最近無くて寂しいんだ………、まあ、数十年会ってなかったら、よそよそしくなるのは仕方ないのかなぁ。

 今までの航海…旅も一緒にしたかったなって思うんだ。今でも遅くないと思うしたまに任務手伝ってもらっているからそれも楽しいから余計そう思って………

 あ、本人には言わないでね? あんまり兄さんも口に出さないし、こもってばかりだけど……。

 だから、ああ見えて旅するの、楽しみだと思ってるんだ」


「それに…」

 

 と、続ける前に熱弁しすぎてはっとし、イザベラはフローゼを見た。

 彼女は頬杖をつきながらニコニコとこちらを見つめていた。むしろ、もっとどうぞと言わんばかりの笑顔だった。イザベラは急に恥ずかしくなり、俯いた。この夕陽が火照る頬を耳を隠していると信じて。

 

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