第22話 古城の地下

 領主の館……通称「ブラックベリー・フォレストの古城」。

 その地下に、その空間はあった。

 何重もの隠し扉にはばまれたその部屋は、スチュアート家の者しか本来は入れない……はずだった。


「ねぇ~。ボク、スコーン欲しい~。ブラックベリージャム乗せたやつ~」


 椅子の上で脚をばたつかせ、明らかに部外者である少女は老齢の男に菓子をねだる。


「……まずは情報を渡せ。報酬はその後だ」

「前払いって言葉知らない?」

「積み上げた信用があれば、それも可能だったな」

「……ちぇー……」


 少女……ルーナはわざとらしく舌打ちをし、ローブのふところから水晶玉を取り出した。


「例の『魔獣』は、着実に狩人として復帰してるよぉ。暴走の気配も、今んとこなさそうだね」

「感染の恐れは?」

「それもなさげー。期待外れで残念だねぇ」

「……何も、期待などしていない。魔獣の被害が小さいのなら、その方がいい」

「嘘ばっかりぃ」


 ルーナはにやりと笑みを浮かべ、水晶玉を掲げる。


被害が広がった方が、嬉しいくせに」


 顔をすっぽりと覆ったフードから、黒々とした瞳が覗く。

 ブレンダンは特に否定はせず、ルーナの方からそっと視線を逸らした。


「ともかくだ。館の者……特に、オルブライト復権派には見つかっていないな?」

「……見つかってないよぉ? ボク、天才魔術師で天才占い師だから」


 ディアナに「どこかで会ったか」と聞かれたことは隠し、ルーナはへらへらと笑った。


「そうそう。ブレンダンはさぁ、フィーバスのこと、どこまで……」


 ……と、セリフの途中で、カツカツと足音が響く。

 足音は迷いもなく二人の方へ近付き、扉の開かれる音が地下室内に響き渡った。


「……誰だ。待ち合わせなどは特に……。……ッ!?」


 現れた人物を見て、ブレンダンはハッと息を飲む。


「やあ、ここに居たんだね」

「……り、領主様!? な、なぜ、ここが……!」

「『スチュアート家の者しか知らないはず』……って、顔をしているね。……僕の目はあざむけないよ。ブレンダン」


 領主……フィーバスはニコニコと微笑みながら佇んでいる。……蒼い瞳は、一切笑っていなかった。


「どうしようかなぁ。僕は領主だから、『命令』できてしまうんだ」


 かつ、かつと足音を立て、フィーバスはブレンダンの方に歩み寄って行く。


「君を処分することも、スチュアート派を一掃することも、僕には可能なんだよ」

「……ッ、本当は今すぐに『母親』の仇を討ちたいだろうに、辛抱強いことだ」


 挑発めいた口調に、フィーバスの眉がぴくりと動く。

 ブレンダンは冷や汗をかきながらも、言葉を続けた。


「私を泳がせていたのには、意味があるのだろう。側近としてわざわざ傍に置いていたのも、見張る必要性を感じていたからだ。そうだろう?」

「うん。表立って処分すると、角が立つからね。君は、ここの古株だから」


 ニコニコと笑いながら、フィーバスはブレンダンの方へと歩みを進める。


「だから……今が、好都合だ」

「なッ!?」

「暗殺……ってことになるのかな。表立って処分するより、穏便に済ませやすいんだ。『事故』にしたり、『病死』にしたりもできるしね」


 フィーバスの蒼い瞳が見開かれる。

 禍々しいまでの闇が、そこには渦巻いていた。


「さぁ……言い残すことはあるかな」

「おの……れっ!?」


 その瞬間、ブレンダンの口から鮮血がぼたぼたと溢れ出した。


「が……は……っ!?」


 胸を押さえ、ブレンダンはどさりと床に倒れ伏す。

 その身体から大量の血液が流れ出し、かび臭いカーペットを汚していく。


「ああ……ごめん。もっと我慢しようかと思ったんだけど……手が滑っちゃったね」


 ブレンダンの胸を抉った魔弾が光となって霧散むさんし、再びフィーバスの元へと返っていく。


「次の側近はオルブライト派の方が良いかなぁ。二回連続『事故死』はさすがに角が立つからね」


 フィーバス穏やかな口調で語りながら、ブレンダンの傷口をかかとで踏み抜いた。


「あ……が……ぁあぁあっ!」

「君はディアナに暴言を吐いた。本当は……それだけで、万死に値するんだよ」


 口元だけに優美な微笑みを浮かべ、フィーバスは蒼い瞳をギラギラと輝かせる。


「ああ……ディアナ。僕の女神。君を傷つけるものは、誰一人許さない……!」

「ぅ、ぐ……っ、こ、の……」


 わざと即死を避けられたのか、苦痛と出血の割にブレンダンの意識はなかなか薄れない。

 血溜まりが床を染めあげ、瀕死の呼吸がヒュウヒュウと喉から漏れる。


「ぐ……っ、ご、ふ……っ、にせもの、ふぜいが……!」


 ブレンダンは、もがき苦しみながらもキッとフィーバスを睨みつける。


「あ、君はもう帰っていいよ。情報提供、ありがとう」


 ……が、そんな視線を意に介さず、フィーバスはルーナの方へと笑いかけた。


「……報酬は?」

「もちろん、用意させるよ。後で持って帰るといい」

「良いねぇ~。それでそれで? 何をくれるの?」

「焼きたてのスコーンと、ブラックベリージャム。……それで良かったかな」

「さっすがぁ! よく分かってるぅ!」


 ルーナはぱちぱちと手を叩き、無邪気な声を上げる。


「ま……待て……」


 絶命間際のかすれた声が、ルーナを呼び止める。

 声を発するたび、血反吐と共に、苦しげな息が吐き出され、口元に泡を作り出す。


「裏切っ、た……な……」

「いや、別に。ボク、元からキミの味方でもなかったし」


 ルーナはしれっと吐き捨て、ブレンダンを切り捨てる。

 すとんと椅子の上から降り立ち、自称「天才魔術師にして占い師」は水晶玉を懐の中へと仕舞った。


「だってキミ、偉そうにしてるけどただの老いぼれじゃん? 特に能力もないのに歳食っただけで偉そうにしてさぁ……」

「な、に……ッ」

「そんなんじゃダメなんだよねぇ……。領主とお近付きになるきっかけをくれたから、そこは感謝だけど?」


 蝋細工のように青ざめていくブレンダンに向け、ルーナは軽い語調で言い放った。


「ダメだよぉ、怪しい占い師にべらべら内部事情話しちゃ」


 藍色の瞳から、光が失われる。

 フィーバスの方へと伸ばされたシワだらけの手が、だらりと床に落ちた。




 ***




「……で、さ」


 動かなくなった屍の傍ら、ルーナはフィーバスに問いかける。


「ボク、隠し部屋の場所は教えてないよね? どうしてここが分かったの?」


 ルーナの問いに対し、フィーバスはニコリと微笑む。


「僕はまだ、みたいに耄碌もうろくしてないんだ」

「ちぇー、やっぱり教えてくれないかぁ」


 やれやれと肩を竦め、ルーナは残念そうに言う。

 ローブの下から、一瞬、黒々とした瞳がフィーバスを睨んだ。


「……で、何のつもり?」

「……何が、かな」

「ディアナのこと。放ったらかしでいいの?」


 ディアナ。その名が出た瞬間、蒼い瞳の奥にくらい炎が宿る。


「……僕は領主だから、私情ばかりで動くわけにはいかないよ」

「さっすが、我慢強いねぇ」


 ローブのフードを深く被り直し、ケラケラと笑うルーナ。

 フィーバスはニコリと笑うと、転移魔術を発動し、ブレンダンの遺体をどこかへと移動させた。


「何が、ダメなんだろうね」


 屍を移動させると、今度は床の血痕に手をかざす。


「こんなに尽くしてるのに……」


 そのセリフだけは、地の底から響くような、重い響きをしていた。


「そういうとこでしょ~」


 ルーナはひたすらたのしそうに、「後始末」を見守っていた。

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