第24話 真実

「わかんねぇ……デイヴに聞きに行くか……?」


 休憩後、ランドルフは再び机に突っ伏す羽目になった。


「私も助力を頼もうと思ったが、今日は依頼の視察に出るらしい」

「ああ……視る方か。そりゃ邪魔できねぇなぁ」


 かすむ目をこすりつつ、ランドルフは資料に向き直る。

 仕事がある以上、無理に教えを乞うわけにはいかない。


 ランドルフは長丁場になることを覚悟しつつ、机に向き合った。


 スコーンの残りにブラックベリージャムを乗せ、口に運ぶ。

 酸味を含んだ甘さが、疲れた脳に染み渡った。




 ***




 ブラックベリーが鈴生すずなりになった森の中を、金髪の青年とローブをまとった少女が歩む。

 金髪の青年……デイヴィッドは辺りを見回し、ローブの少女……ルーナに声をかけた。


「……魔獣を見た……とのことだが、さすがに奥まで来すぎじゃねぇか」

「気のせい気のせい。ほらほら、進んで進んで」


 軽い語調の少女に対し、デイヴィッドは小さくため息をついてたしなめる。


「さすがに、ガキが来るところじゃねぇだろ」

「ボクは子どもじゃないし!」

「ガキはみんなそう言うんだよ」


 デイヴィッドはそこまで言って、琥珀の瞳をきらりと輝かせた。


「……ま、でも。嬢ちゃんの場合はそうじゃねぇかもな」

「……! ふーん、やっぱり眼が良いんだねぇ」

「あァ……視りゃ多少はわかる。……『気』が違うからな」

「さっすがあ!」


 ルーナはひらりとローブの裾を翻し、デイヴィッドの方を向く。

 その表情は、デイヴィッドの眼を持ってしても推し量れなかった。


「チビ、父親ダッド母親マムはどうした」

「ふふ。お兄ちゃんと一緒だよぉー?」

「……そうかよ」


 その言葉には踏み込まなかった。なぜデイヴィッドの生い立ちを知っているのかは分からないが、つまり、彼女も……


 デイヴィッドは葉巻を取り出すと、点火のため指を鳴らして小さな炎を生み出した。

 聖職者は魔術を嫌う者も多いが、デイヴィッドは多少の術……主に、生活に役立つものを習得している。

 その方が、必要以上に他人と関わらずに済むからだ。


「動揺してるんでしょ」

「……あ?」


 ルーナの言葉が、デイヴィッドの眉間に深いシワを刻む。


「記憶が騒いでるんじゃないの? 見たことあるって」

「…………」


 葉巻を持つ手が震える。

 ルーナの、言う通りだった。


 デイヴィッドは、この道を……知っている。


「封印、ね。人のせいにするのは良くないよぉ、お兄ちゃん」

「……ッ、テメェは『何』だ! どこまで知ってやがる!」

「……ほら。進んで進んで」


 西に傾いた陽が、一瞬、デイヴィッドの視界をくらませる。

 その向こうから、歩いてくる影がある。亜麻色の髪が、午後の強い陽射しに照らされた。


「な……んで」


 絶句するデイヴィッドの前で、現れた男……フィーバスは、胸に手を当ててうやうやしく礼をした。


「今までの非礼、お詫びいたします」

「……は? 何、言って……」


 何一つ理解できていないデイヴィッドの背後で、ルーナは何も言わずに佇んでいる。


「今まで黙っていたのには、事情がありました。私は、どうしても……多少強引な手を使ってでも、オルブライト家の復権を成し遂げなくてはならなかったのです」

「……テメェは……領主、だよな……?」


 デイヴィッドの脳裏で、ふたをした記憶が騒ぐ。

 コロコロと葉巻が転がったことにも気付かず、その場に立ち尽くすことしかデイヴィッドにはできなかった。


「真実の私の名は、サイラス・


 領主フィーバスを名乗っていた男は、蒼い瞳を輝かせ、自らの正体を明かす。


「フィーバスという名は……恐れ多くもディアナ様の兄として振る舞うため考えた名でしたが……少し、安直に過ぎたかもしれませんね……」

「……つまり、テメェは……スチュアート家出身の、オルブライト復権派……?」

「ええ。……女神の美しさに魅せられ、オルブライトのために生きようと決めた者でございます」


 どこかくらい光を宿していた蒼い瞳が、大いなる歓びを前にして燦然さんぜんと煌めく。


「さぁ、思い出してください」


 ズキン、ズキンと眼が、頭が痛む。

 進んではならない。視てはならないと思うデイヴィッドの意思とは裏腹に、足が勝手に動いた。


「貴方様こそが、オルブライト家本来の嫡男ちゃくなん


 封じられた過去を解き放ち、未知の先へ手招くよう、フィーバス……いや、サイラスはデイヴィッドに手を差し出す。


「『神の眼』を持つお方でございます」

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