第34話 攻防
「お兄ちゃん! とりあえずあのオジサンぶっ殺して!!!」
「俺かよ!!」
明らかな八つ当たりにツッコミを入れながらも、ランドルフはマーニの方に歩み寄る。
「……ッ、アァ……」
マーニは言葉が通じているのかいないのか、
そんなマーニ……デイヴィッドに、ランドルフは穏やかに語りかけた。
「……なぁ、デイヴ。あの時……身体張って、俺を止めようとしてくれたんだろ」
村人たちに殺されるほどだったということは、彼もそれなりに必死になって主張したのだろう。
当時のランドルフが、それを望んだと知っていたから。
「それ聞いて、マジで申し訳なかったけど……同じくらい、嬉しかったよ」
正直なところ、一切関わることなく、逃げて避難していてくれても良かった。
もしデイヴィッドがそれを選んだとして、ランドルフは恨まなかっただろう。
……それでも、デイヴィッドは命を懸けてランドルフを止めようとした。自らが「不死」である記憶を、失っていたのにも関わらず、だ。
「だから、今度は俺が身体を張ってやる」
弓矢を投げ捨て、ランドルフはデイヴィッドの前に立つ。
「一番の親友だからな!」
拳を構え、ランドルフは少年のように明るく笑った。
「私は『魔獣』の本体を探る。……とはいえ、どうしても戦況が不味ければ魔術で援護する。安心して殴り合え」
「おう。助かるぜ」
ディアナはスンスンと周りの匂いを嗅ぎ、ルーナの本体を探し始める。
ランドルフはコキコキと肩を鳴らし、戦いの開始を待ち構える。
「ァ゛ア────!」
先に一歩踏み出したのは、デイヴィッドの方だった。
「腕相撲は毎回トントンだったなぁ。俺のが一勝か二勝か多かった気もするが!」
「アァア……!」
「俺が筋肉つけたら、お前も筋肉つけてきたよな。俺のがムッキムキなのに、女のコにキャーキャー言われるのはいっつもお前だった」
「ゥウ……ッ」
「……っ! ああ……でも……っ! トランプとかになると毎回勝てねぇんだよなぁ! やっぱ眼ぇ使われるとどうにもならねぇんだ、わ!」
ランドルフがストレートを繰り出し、デイヴィッドはそれを避けてフックを繰り出す。ランドルフはそれをもう片方の手で受け止めて捻り技を仕掛け、デイヴィッドはそこから逃れて蹴り技を放つ。ランドルフはそれを後方に跳んで避け、宙に浮いた脚を掴んで投げ飛ばす。
一進一退の攻防が続く中、ジリジリと体力を奪われているのはランドルフの方だった。
相手は「魔獣」の力に飲まれた「神の眼」を持つ神獣。……人間が素手で勝つのは難しい。
「人間なんかに負けるわけないよねぇ! やっちゃえお兄ちゃん!!!」
「ガアァァア……ッ」
ルーナは嬉々としてデイヴィッドに力を注ぎ込み、金の瞳が激しく明滅する。
最初に押し負けたのは、ランドルフだった。
「ぐ、お……っ」
重いボディーブローを喰らい、背後に吹き飛ばされるランドルフ。
ディアナがすかさず
「……っ、ナイスアシスト……!」
「そろそろ限界が見えてきた。殴り合い以外の策を考えろ」
冷静に告げるディアナに、ランドルフは息を切らせつつ「そうかもな」と口にする。
「アハハッ、自分から振っといて降参すんの? だっっっさぁ!」
「……デイヴの影に隠れて出てこねぇくせに、よく言うよ……」
呆れつつも、再びデイヴィッドと組み合うランドルフ。
「……っ、いて……」
ふらついたランドルフの隙をつき、デイヴィッドが拳を振りかぶった。
ディアナが障壁を用意するのも間に合わず、鮮血が地面に散る。
「はぁ……は、ァ……」
ぼたりと、丸い物体が地面に落ちる。赤く染まった眼球はコロコロと転がり、ランドルフの足元で、
「……デイヴ……!?」
「悪ィ……オレとしたことが、ちっとばかし寝惚けてたみてぇだ……」
漆黒に染まっていた髪が、金色に戻っていく。
肩で息をしながら、デイヴィッドは
「……!? マーニお兄ちゃん!? 何してんの!?」
「あァ……全部思い出しちまったよ。嫌なことも……ロクでもねぇことも、全部なァ!」
ルーナの悲痛な叫びに呼応するよう、デイヴィッドは半ば
「オレはマーニって名でもあるが……デイヴィッドでもある。人間を憎んで憎んで、ブチ殺してぇって毎日思ってたのも、
「どうして……!? 人間、憎いんじゃないの!? 恨んでたんじゃなかったの!?」
はああ……と、大きなため息がデイヴィッドの唇から漏れる。
血を流す片眼を押さえ、デイヴィッドはハッキリと断言した。
「人間なんざクソ喰らえだが、兄貴やって、ランドルフの
「たまにヤニ吸って」の部分にランドルフもディアナも多少の違和感を覚えたが、口には出さずに飲み込んだ。
「……なんで……」
ルーナの声は、泣き出しそうにも聞こえた。
……まるで、幼い少女が迷子になったかのような……そんな声だった。
「……悪かったよ」
そんなルーナに向け、デイヴィッドはばつが悪そうに呟く。
「えっ?」
「テメェの顔みて……正体知って……目的もわかった時に、ブチ切れてでも叱っとくべきだったな。……『兄貴』としてよ」
その言葉に、顔色を変えたのはディアナだった。
「……! 兄さん、それは、つまり……」
「ああ……ルーナって名乗ってるあたり、ホントは気付いて欲しかったんだろ」
沈痛な面持ちで、デイヴィッドはその名を口にする。
「なァ……セレナ」
ローマ神話の女神、「ルーナ」と同一視される、月の女神を由来とする名を。
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