第33話 復讐

 何度も。

 何度も何度も。

 何度も何度も何度も。

 何度も何度も何度も何度も、少年は殺された。


 少年が死ぬまで、彼らは殺し続けるつもりだったのだろう。

 しかし……、惨殺が繰り返されるうち、目的は少年を「殺す」ことではなくなった。

 彼らは少年をなぶり、もてあそび、さげすみ、そうしてよろこんだ。


 少年の心はいつしか、どす黒い憎しみに覆われた。「絶対に殺してやる」……と、煮えたぎる復讐心を励みにし、少年は日々与えられる責め苦に耐えた。


 来る日も来る日も殺された。

 日が昇っても日が沈んでも殺された。

 幾日幾週間幾ヶ月幾年が経ったのか分からないほどに殺された。


 喉を引き裂かれた。胸や腹を刺し貫かれた。手足を切り刻まれた。猛毒を飲まされた。心臓を抉り出された。水に顔を押し付けられた。首を絞められた。何時間も殴打された。腸を引きずり出された。炎で炙られた。高所から突き落とされた。


 少年の「神の眼」は、その最中にも悪意をまざまざと映し続けた。

 歪んだ享楽を、理不尽な憂さ晴らしを、「オルブライト」の血筋に向けられた憎悪を……


 気が遠くなるような日々に対し、「それ」が終わったのは一瞬だった。

 少年は「眼」の力を駆使して情報を得、加害者一人一人にそっと疑心暗鬼の種をいた。

 悪意が育まれていた土壌は簡単にそれを芽吹かせ、自分を殺し続けていた人間達はみな、仲間割れの末に殺し合った。


 死体ばかりが転がる地下の牢獄を歩みながら、少年は吐き捨てた。

「たった一回ぽっちで死にやがって」……と。


 不死たる少年はようやく地獄から抜け出し、当てどもなく歩き詰め……激しい頭痛に倒れた。

 復讐を終えた時点で、彼の心はもう限界だった。残されたのは家族を理不尽に奪われ、殺され続けた悪夢のような記憶のみ。


 少年は心を守るため、自分の記憶を封じた。

 心の奥底に閉じ込め、固い、固い蓋をして……




 ***




「フーッ、フー……ッ」


 黒髪の男は言葉を発することなく、荒い息を吐く。

 瞳孔の開ききった瞳は、とうに正気を失っていた。


「……ッ」


 その姿に、ランドルフはかつての自分を重ねる。

 正気を失い、「魔獣」と成り果てた過去を……


「……ランドルフ、気を付けろ。当てられれば、君の『呪い』も活性化するかもしれない」

「……ああ。分かったよ。何があっても、正気を保たねぇとな……」


 ランドルフはある程度、自身の中の「魔獣」との付き合い方を理解した。……とはいえ、一気に呪いが活性化してしまえばどうなるかは分からない。

 あくまで、慎重に動く必要がある。


「私が近づければ、どうにかしずめられるか……?」


 ディアナの呟きに対し、無邪気な声が辺りに響き渡る。


「アハハハハッ! 無理だよぉ! そこのオジサンとじゃ、負の感情の質も強さも違うんだからぁ!」


 心から愉しそうに、「魔獣」……ルーナはわらっていた。


「『魔獣』が生まれたのは人間が考えなしに自然をいじくりまくったせい。権力闘争はバカな人間たちがこぞってサル山のボスになりたがったせい。……ほんっとバカみたい。だから壊してやるの。殺してやるの!! 『人間』どもの所業を思えば、それくらいしたって良いよねぇ???」

「……クソッ」


 ルーナの叫びに、ランドルフは返す言葉が思いつかなかった。「魔術」に関しては同じことを考えていたし、権力闘争についても、調べれば調べるほどうんざりしてくるような情報ばかりが見つかった。

 それでも、ルーナの主張は肯定できない。それだけは確かなことだ。


「えー、とだな……。お前の言いたいことはわかるが、そういうのは良くねぇ!」

「……はぁ、マジでキミ、説教ヘッタクソだねぇ」

「ぐぐぅ……」


 やれやれとばかりに「説教ヘッタクソ」で片付けられ、ぐうの音も出ないランドルフ。


「何を言っている。ランドルフ。私にはひとつも分からない」

「えっ?」


 ……が、ディアナはスッパリと言い切った。

 思わず間抜けな声を出すランドルフをしり目に、彼女は淡々と語り始める。


「『魔術』の中には確かに自然に影響を及ぼすものもある。だが、研究が進むことで、より害が少なく益を生み出す術式も編み出されている。馬車や伝書鳩に実際の動物ではなく作り物を使用するのも、その一環だ」


 ランドルフの脳裏に、いくつかの情景が蘇る。

 思わずランドルフは「あー……なるほど」と、膝を打った。


「それに……様子を見るに、この土地で『魔獣』を増やしているのは君だろう? 『魔獣』の発生の原因が人間だとして、現在進行形で増やしている君がそのとが糾弾きゅうだんするのは、少し虫が良すぎる」

「そ、それは、バカな人間に復讐するためじゃん! 自分達が生み出したもので滅ぼされるのがいいんじゃんっ!!」

「……なるほど。それに関しては一応通したい理念がある、というわけか」


 ふむ。と考え込み、ディアナは「では、次の論点に入っていいか」と尋ねる。


「……何。まだ言いたいことあるの?」

「権力闘争に関しては、目的と手段が入れ替わっているのは間違いない。本来、権力者を目指すことはそれ自体を目的とするべきではない。為政者いせいしゃとなることで、何を成すかが重要だ」

「……そうだろうけど、その『権力者』達がバカやらかしてるわけでさぁ……」


 ルーナの反論に、ディアナはわずかに金色の瞳を曇らせ、頷く。


「確かに、この土地の権力者達は良くない方向にかじを切ったようだ。……だが、君はこの世の何割が為政者になると考えている? 目指そうとしてもなれない者、そもそも目指す気すらない者もあまた存在する。更には、権力者と一言で言えど偉大な名君の話も残虐な暴君の話も、世の中にはどちらも数多く残されている。権力闘争を起こしたものを『人間』と括り、不特定多数を標的にした復讐を正当化するのは、凶暴な人喰い熊が一匹出ただけで、他の熊を意味もなく殺戮さつりくしてもいいと言っているようなものだ」

「お、おお……」


 ディアナの見事な反論に、ランドルフは感服した。

 ランドルフが言いたいことも、おそらくだが、だいたい同じだった……のかも、しれない。

 ディアナは人間界の常識には疎いが、妙に理屈っぽい傾向は以前からそうだった。……今後も言い争いはしない方が良さそうだな、と、ランドルフは静かに自分の胸に言い聞かせた。


「…………なんで、分かってくんないのさ」


 ディアナの反論に、今度はルーナの方がぐうの音も出なかったらしい。


「なんで……なんでなんでなんで! 分かってくんないのさぁあ!!!」


 ……が、代わりに怒りを爆発させ、咆哮ほうこう……いや、慟哭するように騒ぎ始めた。


「もう良いよ! ボクが殺せって言ったら、お兄ちゃんがみんな殺してくれる!!」


 その声に、マーニの身体がぴくりと反応する。

 操られるかのように視線が動き、焦点の合わなかった瞳がランドルフ達を見据えた。


「……しまった。この状態は、どうすればいいのか分からない……」


 理屈が通じない相手に、狼狽えるディアナ。

 今度は、ランドルフがニヤリと笑った。


「こうなりゃガキが駄々こねてるだけだ。やることは決まってる」

「決まってる、と言うと……?」


 首を傾げるディアナに、ランドルフは自信たっぷりといった様子で言い放った。


「ぶん殴って止めるんだよ……!!」

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