第18話 逢瀬

「森の散策?」


 ランドルフの提案に、ディアナは首を傾げた。

 赤らんだ頬をポリポリとかきつつ、ランドルフは続ける。


「おう。これからちょっとだけ、歩いてみるのはどうだい?」

「構わないが……それは、調査の一環いっかんか?」

「まあ……それもなくはねぇけど、あんたと出かけたいってのが本音だ」

「……私と、出かけたい」


 ランドルフの言葉を反芻はんすうし、ディアナは「ふむ」と顎に手を当てる。


「君は、特に目的もなく二人で森に出かけることに、何か意味を見出しているのか」

「意味……意味、か……」


 淡々とした問いに若干しり込みつつも、ランドルフは真剣な表情で応えた。


「あんたと一緒に過ごしたい……じゃ、ダメか」


 ダメ押しとばかりに、ディアナの白い手を握る。

 数秒の間を置き、ディアナの顔がみるみる朱色に染まった。


「……そ、それ、なら……まあ……」


 よっしゃぁ!!

 内心大きくガッツポーズをしつつ、ランドルフはディアナの手を引いて森の奥へと向かった。




 ***




 木漏れ日の中、二人は並んで森の中を進む。

 それなりに険しい箇所もあるものの、熟練の狩人と神獣の力を持つ女騎士にはどうということはない。


「この木の実、食ってみろ。美味いぞ」


 背丈の低い木に、黒い、小さな粒が房のように集まった形状の実がついている。

 ランドルフはその実をひとつ摘み取って、ディアナの方に差し出した。


「美味い……か」


 ディアナは差し出された実をじっと見つめ、指で摘まむ。


「ああ……そういや、前に言ってたな。食事に栄養補給以外の意味を求めてねぇーみたいなの」

「……いや、その……」


 口を手で隠し、ディアナはもぐもぐと木の実を咀嚼そしゃくする。金の瞳が、微かに煌めいた。


「酸味と……甘みが、程よく口内に広がった。これは、確かに『美味しい』……と、思う」

「……! そうかい! そりゃ良いことだ!」


 嬉しそうに笑うランドルフ。

 ディアナの金の瞳が、まだたわわに実っている黒い実を映した。


「なるほど。この木の実が……ブラックベリーか」

「ああ。これの名産地だから『ブラックベリー・フォレスト』だ。そのままにしても美味いが、砂糖漬けにすりゃもっと良い」

「更に、甘くするのか。なるほど……」


 ディアナはぎこちなく頷きながら、もう一粒口に入れて、再び口を手で覆う。


「……それは、食べて……みたい、かもしれない」

「そうかそうか。何なら作ってやろうか? そういうのの腕は、デイヴのが上だがな」

「い、良いのか……?」


 ランドルフは、ディアナの背後に、パタパタと揺れる白いしっぽを幻視した。

 思わず頭を撫でたくなったが、耐えた。


「……せ、せっかくの名産品だ。もっとちゃんと育てて、たくさん売れた方が村も栄えるだろうな」


 人通りの少ない、静かすぎる村の情景がランドルフの脳裏に浮かぶ。

 同じ光景を思い浮かべたのか、ディアナは俯き、顔を曇らせた。


「ああ……。今は、近隣の村も寂れたところが多い。……みな、『魔獣』に怯えている」


 重い沈黙を打ち払うよう、ランドルフは、あえて明るい声を出す。


「もっと奥まで行ってみるか。狩りの後だし、この装備なら行けるだろ」

「そうだな。引き続き、探索……いや、散策しよう」


 二人は森の奥へと進んだ。

 時間を共有したい。共に巡りたい。

 ……その気持ちは、確かにあった。


 だが、それ以上に……


 運命に、手招かれた感覚があったのだ。




 ***




 森の奥に進んだところで、影がうごめくのが見えた。

 ランドルフは咄嗟とっさに弓を構えるが、その姿を捉えた途端、ぽかんと口を開ける。


「獣か?」


 ディアナの問いに、ランドルフは信じられないものを見たかのように答える。


「いや……ありゃ、人間だ。しかも……子どもだ」


 唖然あぜんとするランドルフを尻目に、ディアナは平然と影に語りかけた。


「誰だ」


 数秒の間を置き、影は軽い語調で語り始めた。


「あちゃー、油断したなぁ。あの牧師から隠れればバレないってもんでもないんだねぇ」


 気の抜けた声を放ちつつ、木陰から少女が現れる。

 ローブで身をすっぽり覆い隠してはいるが、背丈でだいたいの年齢は推測できる。10代の前半か、それとも半ばか……少なくとも、16や17に辿り着いているようには見えなかった。


「お、おいおい、お嬢ちゃん。子どもがこんなとこにいるのは危ねぇぞ」


 動揺するランドルフに対し、少女はたのしそうに言う。


「アハッ……大丈夫だよぉ。ボクは天才魔術師だから」

「て、天才って……! いやいやいや、やめとけよ! 能力を過信すんなって。それで死んだやつを俺は山ほど……」


 が、その言葉は少女の大きなため息で遮られた。


「はぁ……説教とかやめてよねぇ。ウザいよオッサン」

「お、オッサン……!?」


 少女の言葉に、ショックを受けるランドルフ。

 見た目も年齢ももう若くないと理解してはいたが、面と向かって言われると傷つくものは傷つく。

 ……いや、だが、33歳はまだ……と言い逃れようとしたが、実際は更に数十年上乗せされていることに気付き、ぐうの音すら出なくなった。


「とにかく! ボクは平気なの! ちゃんとここに来てるしぃ?」

「お、おう……そんならまあ……良い、のか……?」


 少女の剣幕にされ、ランドルフはすごすごと引き下がるしかなかった。


「ボクは魔術師ルーナ。……もしかしたら、また会えるかもね」


 意味深なセリフとともに、少女……ルーナは踵を返す。


「……待ってくれ。君……どこかで会ったか」


 引き止めるディアナの言葉に、ルーナのまとう雰囲気が明らかに変わった。


「……さぁ? ボクは知らないけど?」


 それだけ告げ、ルーナはローブを翻して去って行った。


「……とりあえず、先に進むか?」

「そうだな……」


 ディアナはふと、ルーナと名乗った少女が隠れていた先に視線をやる。


「……? 道が続いているな」

「道? ……ああー、獣道か。よく気付いたな」

「……気付いた、と、言うより……」


 何かに導かれるよう、ディアナは早足でその道を辿り始めた。


「お、おい。待てって!」


 その後を、ランドルフもどうにか着いていく。


「……! あ……」


 やがて、開けた空間が二人の眼前に現れた。


「……小屋、か……?」


 生い茂った草むらの中。

 朽ち果てた廃墟が、静かに佇んでいた。

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