第47話 総力戦

 パトリシアは、私室にて力なくベッドに横たわっていた。


 ……セレナと出会った日のことは、今でもはっきりと思い出せる。


 孤独を持て余したパトリシアが散策に出た先に、「それ」はいた。黒い霧が集まったような物体。……それが、最初の正直な印象だった。

 それでも、渦巻く思念は、彼女の存在を知らしめるのに十分だった。


 肉体すらろくに存在しないセレナは、「魔獣」と呼ぶにはあまりに儚かった。逃げることも、倒すことも、パトリシアであれば容易にできただろう。


「お……にい、ちゃん……おねえ……ちゃ……」


 ……けれど、パトリシアは手を差し伸べた。

 自らの孤独な半生と重ね、心を痛めたのだろう。


 それが過ちだったとして、パトリシアは、手を差し伸べたこと自体を悔いてはいない。

 セレナと過ごした時間は、それほど彼女にとってかけがえのないものだった。


「『魔女』さん! 見てみて! 歩けるようになったよ!」


 無邪気な声が、パトリシアの脳裏に蘇る。

 自然と、頬には涙が伝っていた。

 セレナと過ごすことで、救われていたのはパトリシアの方だった……。


『……シア、トリシア! 聞こえるかい?』


 ……と、感傷に浸るパトリシアの耳に、サイラスの声が飛び込んできた。声の方向へ目をやると、木製の「鳥」が部屋の片隅でパタパタと飛んでいる。


「……なんだい、サイラス兄さん。騒々しいね」

『良いから来てくれ! 何が起こってるのか、僕にも分からないんだ……!』


 切迫した声音に急かされるまま、パトリシアは「兄」の魔力を感じる方へと急ぐ。

 使命に背を押されるような、胸騒ぎを感じながら……




 ***




 庭に辿り着き、パトリシアは呆然と呟いた。


「なんだい、これ……」


 サイラスが指さした方角には、眩い光を放つ「何か」が見てとれる。


「魔力のまく……かい? 遠いが……よく見たら球体にも……」


 パトリシアは呆然と呟き、ハッと何かに思い至る。


「あんた達! 魔力を寄越よこしな!」

「……! どうやら、心当たりがあるみてぇだな」

「ディアナ様達に供給するつもりかい? でも、どうやって……」


 デイヴィッド、サイラスの反応に、パトリシアは口角を持ち上げて答える。


「それぐらい造作ぞうさもないよ。『魔女』を舐めてもらっちゃ困る」

「さすがは専門家だ。話が早くて助かるぜ」

「……やれやれ。昔は僕の方が優秀だったのにな」


 口々に語り、三人はそれぞれ自身の魔力を手繰たぐり始める。


「……で、『寄越す』ってのはどうやりゃいい」

「えっ、知らないんですか」


 心底驚いたようなサイラスの声が響き、デイヴィッドのこめかみにピキッと血管が浮く。


「……無駄口叩かずとっとと教えろや。そんでもって、頻繁に曇る眼は後で綺麗に磨いとけ」

「それが教えを乞う態度かい。安心しな、もう勝手に貰ってるよ」


 手のひらに三人分の魔力を集め、パトリシアは光の膜をしっかりと見据えた。




 ***




 ランドルフが弓を引き絞り、放つたび、ディアナの魔力をまとった矢が弧を描いて遠くの地面へと落ちる。

 それを繰り返せば、侵蝕された「土地」そのものを覆うように魔術を展開できた。

 ディアナは光の「膜」の表面を滑らせるように、自らの魔力を注ぎ込む。かつてランドルフを人に戻したように、「呪い」に侵された土地を鎮めるために……。


「『結界』ならボクが貼ってあげてるから、『呪い』の影響は防げるよ! 気にしないでバンバン射って!」

「あんがとよ! でも、無理すんな!」

「オジサン一人分ぐらい、全然平気だし!」


 セレナもランドルフに協力し、ディアナのサポートに回る。


「……これなら、何とか……!」


 ……が、ディアナの額には汗が浮かび、呼吸は明らかに乱れている。

 ランドルフを人に戻した後でさえ、ディアナが倒れたのは一晩休んだ後だ。その上で、今回の対象は「土地」そのもの……。無理をしているのは、セレナから見ても、ランドルフから見ても明らかだった。


「あ……!」


 ……と、セレナが何かに気付く。

 パタパタと飛んできたのは、木製の鳥だった。

 伝達用の時とは違い、鳥の表面には光り輝く紋様もんようがいくつも走っている。


「おお、綺麗だな……」

「これ……『魔女』さんの……!」


 セレナは何かを悟ったように、鳥を手のひらに包み込む。


「ランドルフ! まだ矢ある!?」

「おう! 残り少ないが、まだどうにかなるぜ」

「じゃあ、これそのまま真ん中に撃ち込んで! お姉ちゃんの魔術を補強する!」

「……了解!」

「絶対に外さないでね!?」

「任せな! 俺を誰だと思ってんだ!」


 造り物の鳥を矢にくくり付け、ランドルフはニヤリと不敵に笑う。


「頼むぜ小鳥ちゃん……。造り物でも、案外可愛いじゃねぇか」

「気色悪いこと言うのやめな?」

「……悪ぃ、完全に無意識だった」

「お姉ちゃんが集中してるからって……」

「ごめんって!!」


 とぼけた会話とは裏腹に、ランドルフの矢は目標の場所にしっかりと命中する。


「……! 助かる!」


 真ん中に撃ち込まれた「鳥」から魔力が放たれ、地面を伝う。ディアナは金の瞳を輝かせ、土地を覆った「膜」に再度意識を集中させた。

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