第30話 廃屋に立つ

「デイヴの居場所、か……。ディアナ、心当たりはねぇか」


 ランドルフはブラックベリー・フォレストの地図を広げ、ディアナに問う。


「……あの小屋が、一番怪しい」

「前に見つけた廃墟だな。……確かに、有り得る」


 以前、ディアナが「かあさん」とうわ言のように繰り返し、取り乱した廃屋。

 少々奥まった、分かりにくい場所にあったものの、森に慣れたランドルフはおおよその場所を地図上に見つけられていた。


「もしその場所に居なくても、何らかの痕跡こんせきは見つかるだろう。……あそこは、たぶん……私や、兄さん達がかつて暮らしていた場所だから……」


 ディアナは俯きながらも、なるべく冷静であるよう努めて語る。

 ランドルフは「……そうかい」と呟き、地図を懐に仕舞った。




 ***




 ブラックベリーの原生地を、ディアナとランドルフは進む。


「……ここだったよな」

「ああ……」


 だいたいの場所が分かれば、ディアナは感覚で「道」を覚えていた。

 以前のように獣道を探り当て、先に進む。


「腕、掴んでていいぞ」

「……え?」


 ランドルフの問いかけに、金の瞳が見開かれる。


「思い出したくねぇ記憶があるんだろ。ツラいなら、いくらでも頼ってくれ」

「そう、だな……。助かる」


 ディアナはランドルフの言葉に甘え、たくましい腕に手を伸ばす。

 前腕ぜんわんにそっと触れる手は、小刻みに震えていた。


 やがて、例の廃屋がランドルフとディアナの眼前に現れる。寂れた小屋は、それでも待っていたかのようにディアナを出迎えた。


「……?」


 ……と、唐突にディアナが首を傾げる。ディアナはきょろきょろと周りを見回すと、足元から何かを拾い上げた。


「……あ。これ、か……」

「どうした?」

「においが、気になって……」


 ディアナの手の上には、火の消えた葉巻が乗せられている。

 ランドルフは、その銘柄に見覚えがあった。


「……デイヴが、いつも吸ってるやつだな」

「やはり……ここに、来ていたのか」


 ディアナは声を震わせ、押し黙る。

 ランドルフは無言でそっと背中をさすり、しばし、寄り添った。


「……他にも、何かあるかもしれない」

「そうだな。俺も探してみる」


 ディアナは震える手で扉を押し開き、小屋の中に入る。

 胸の内で、ざわざわと騒ぐ感情がある。

 ぐちゃぐちゃに混ざり合った記憶の中から、「ディアナ」の記憶が鮮烈な彩りを持って蘇る……


 ──その日、少女だったディアナは双子の兄と遊んでいた……




 ***




 その日も、ブラックベリーが鈴生りになっていた。

 川で魚を捕まえようと四苦八苦していたディアナは、傍らで見守っていた兄に呆れ顔で声をかけられた。


「ディアナ、そろそろ帰るぞ」

「もうちょっとだけ待っててくれ。もう少しなんだ」


 真剣な表情でそう言うディアナに、兄……マーニは小さくため息をつき、空の様子を見た。

 陽は、既に傾いていた。西陽に照らされ、ディアナの白髪とマーニの金髪がきらきらと輝いている。


「……仕方ねーなぁ。ボクから母さん達に言っとくから、晩ご飯までには帰れよ」

「ありがとう、兄さん。兄さんの分の魚も捕まえておく」

「それ言い出すと、家族全員ぶん捕まえるまで帰って来なかったりしねーか」

「…………。さ、最低三匹で、手を打たないか」

「『最大』の方ならいいぜ」

「うう……わかった……」

「んじゃ、待ってるからな」


 頭の後ろで縛った金髪をなびかせ、マーニは魚の入った籠を持って帰っていく。……すべて、ディアナでなくマーニが捕まえたものだった。

 兄は眼が良いせいか、魚を捕まえるのが上手かった。一匹も捕まえられないディアナはそれが悔しくて、意地を張ってしまったのだ。


「……むう。ウサギ狩りなら負けないのに……」


 何ということはない、ただの、幼い対抗心。

 父か母のどちらかがその様子を見たら、微笑ましいと笑っただろう。


「ええと……もう少しこうやって……うわわわっ、跳ねる……っ! あ、待って、逃げるな……!」


 ……「待っている」と告げた兄との離別がどれほど長くなるのか。家族にどんな運命が待ち受けているのか。

 この時のディアナは、何一つ知らなかった。

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