第27話 領主の本心

「おい、おい! 大丈夫か!? しっかりしろ!」


 聞き覚えのある男の声で、サイラスは目を覚ました。室内灯らしき明かりが、薄く開いた目に突き刺さる。


「う……」

「ああ……良かった。気が付いたか……」


 黒髪の……髭面の男が、褐色の瞳をこちらに向けている。


「……ッ、ここ、は……」


 サイラスは起き上がろうとして、全身のだるさに呻いた。

 周りに視線を巡らせたところ……どうやら、ベッドに寝かされているらしい。


「目が覚めて何よりですけど……何だって、領主サマがあんなところで倒れてたんです?」

「……僕は……どこで、倒れていたのかな」

「小屋の前です。ディアナが見つけて、心底びっくりしてやした」


 ディアナ。その言葉を聞き、サイラスはぐるりと辺りを見回す。……が、その姿を見つけることはできなかった。

 と、思いきや……


「……何か、事情がある、のか?」


 扉の影から、ディアナが顔を覗かせる。

 途端に、サイラスの顔色がぱあっと明るくなった。


「ディアナ様!!!!」


 怪我人とは思えないほどの、大きな声が響き渡る。

 ビクッと、ディアナの肩が大きく跳ねた。


「えっ……さ、様……?」


 突然の様呼びに理解が及ばず、ディアナは覗かせていた顔を即座に引っ込めた。


「……まずは……貴女様をあざむいていたことを、心よりお詫びいたします」


 表情をくしゃりと歪め、サイラスはちょうど心臓の真上に手を当てる。


「このサイラス・スチュアート。すべて、お話いたしましょう」


 そうして、サイラスはランドルフとディアナの準備も待たず、自分の身に起こったことをつまびらかに語り始めた。

 今までとは異なり、嘘偽りのない言葉を……




 ***




「……そんなことが……」

「……マジか……」


 サイラスの告白に、ディアナもランドルフも絶句していた。


 フィーバス・オルブライトはディアナの実の兄ではなく、サイラス・スチュアートがオルブライトの姓を騙った偽名だったこと。

 デイヴィッドが本来のオルブライト家嫡男、マーニ・オルブライトであったこと。

 ……そのマーニは記憶を取り戻し、魔獣化した「自称天才魔術師にして占い師」ルーナに連れ去られたこと……


「な、なあ、ディアナ。どうなんだ? あんた、記憶はあるんだろう」

「……ま、混ざり合ったせいで、外見や名前といった細部はもう訳が分からなくてだな……。……ただ……」


 ランドルフとディアナは二人揃って目を白黒させる。

 ディアナは顎に手を当て、遠い過去ではなく、直近の記憶を手繰たぐった。


「デイヴィッドが、本当の『兄さん』だと言うのは……とても、しっくりくる」

「……そう、かもな……」


 ランドルフにも、心当たりはあった。

 デイヴィッドはディアナへの想いを『色恋ではない』と断言したが……つまりは無意識に兄として、妹を大切に想っていたのだろう。


「その、サイラスだったか」

「はいっ! ディアナ様! 僕はサイラスです!」

「……それが素なのか……?」

「はいっ! 領主として威厳を保つために呼び捨てにしていたこと、どうかお許しください……!」


 サイラスは「フィーバス」の時とは打って変わり、嬉しそうな様子を隠さずディアナの問いに答え続ける。


「少年である私を助けてくださったこと、覚えておられますか?」

「……え、ええと……」

「やはり、覚えておられませんか……」

「す、済まない。いつからか、他人の記憶も含めてぐちゃぐちゃに混ざってしまって……」


 その状態は、サイラスも察してはいた。……立場上口にはできなかったが、彼にも心当たりのある「症状」だった。


「……きっと、母君と同じ状態になってしまわれたのですね」


 ディアナの母である狼も、そうだった。

 記憶の混濁こんだくおよび混乱を引き起こし、すっかりと憔悴しょうすいしきっていた。

 ……原因は分からないが、そういった「症状」を引き起こす因子が血に組み込まれているのかもしれない。


「……。……そう、なのかも……しれないな」


 サイラスが真意を開示したことで安心したのか、ディアナはゆっくりと扉の影から出てくる。


「……しかし……領主の時は胡散臭かったが、この状態ならあまり怖くはないようだ」

「良かったな、ディアナ」


 ランドルフもほっとしていた。

 想定は的外れだったとはいえ、ディアナの領主への警戒心は相当のものだった。

 愛する人を苦しめる悩みが少しでも改善するのであれば、ランドルフにとっても喜ばしいことだ。


「このサイラス・スチュアート。今後は全身全霊を持ってディアナ様、およびマーニ様にお仕えさせていただきたく存じます! まずは兄君であるマーニ様を魔獣の手から取り戻し、マーニ様とディアナ様、お二人の手で! 必ずや! オルブライト家の栄光を取り戻しましょう……!」


 早口でまくし立て、サイラスはディアナの手をガシッと握る。

 蒼い瞳は恍惚と光り輝き、酔ったような熱に浮かされている。


「前言撤回だ」


 ディアナは冷や汗をかきつつ、そっとフィーバスことサイラスの手を振り払う。そのまま、すすすっと音を立てて身体ごと距離をとった。


「普通に怖い……」

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