第41話 束の間の時間

「ほら、シャキッとしな。兄貴だろ」


 デイヴィッドに背を押され、サイラスは緊張した面持おももちで扉の前に立つ。

 いつものように笑顔を作ろうとし、やめた。

 作った笑顔では、不誠実になってしまう気がしたのだ。


 息を吸い込み、ノックを──


「ああ、もう! 居るならさっさと入って来な!」


 ──しようとして、痺れを切らしたパトリシアに出鼻をくじかれた。

 扉の隙間から顔を覗かせ、パトリシアはサイラスをキッと睨みつける。


「……や、やあ、


 ぎこちない笑みを浮かべ、サイラスは妹の名を呼ぶ。


「君と……話がしたいんだ」


 目を逸らし続けた傷口と、向き合うために。




 ***




 一方その頃。

 ディアナとランドルフは、セレナを連れてブラックベリーの収穫にいそしんでいた。


「お姉ちゃん見て見て! いっぱい採れた!」

「おお、本当だ。流石はセレナだな」

「ほー。大したもんだな」

「オジサンには聞いてないよーだ」

「うぐぐ……」


 なんだかんだとたわむれつつ、三人は採集を続けた。

 やがて陽が傾きだし、帰宅時間を告げる。ランドルフは上機嫌のセレナを見守りつつ、ディアナに向けて呟いた。


「こういうのも悪かねぇな。……『家族』っぽいし」

「……ああ」


 ランドルフの言葉に、ディアナは目を細める。

 過去を懐かしむように。……目の前の幸福を、噛み締めるように。


「……でも……」


 ……が、一瞬の間。

 金色の瞳が、わずかに憂いを帯びた。


「ん? どうした、ディアナ」

「……いや、今はいい」


 不思議そうなランドルフに向け、ディアナはふるふると首を振る。


「今は、楽しもう」

「お、おう……」


 はしゃぐ妹を視線の先に捉え、ディアナはきつく拳を握り締めた。




 ***




「ただいまー……っと……。……え?」


 ランドルフが扉を開けると、デイヴィッド、パトリシア、サイラスの三人が何やらテーブルで向かい合っていた。

 真剣な気配が場を満たし、ひりひりと肌を焼くような殺気すらも漂っている。


「な……何してんだ。三人とも……」


 恐る恐る声をかけるランドルフ。

 それに返したのは、デイヴィッドだった。


「見てわかるだろ。取り込み中だ」

「お、おう……? 身体はもう良いのか、デイヴ」

「人をジジイみてぇに言うなボケ」

「ジジイではあるだろ……いってぇ!?」


 ランドルフの向こうずねに蹴りを食らわせ、デイヴィッドは再びテーブルに向き直る。

 その間もサイラスとパトリシアはテーブルに向かったまま、一言も喋らない。


「どうした、ランドルフ」

「何かあったの?」


 続いて扉をくぐったディアナおよびセレナも、異様な空気にはっと息を飲む。

 ランドルフ、ディアナ、セレナの三人ともが固唾かたずを飲んで見守る中、再びデイヴィッドが口を開いた。


「睨み合いだけじゃ、いつまでも終わらねぇぜ」


 デイヴィッドは口元にペンを持っていき、葉巻の代わりにくわえる。……どうやら口寂しいらしい。


「……仕方ないね。あたしは、腹を決めるよ」


 パトリシアがテーブルを叩く。

 呼応するように、サイラスも口を開いた。


「……わかった。なら僕は、現状維持といこうか」


 サイラスは手のひらを下に向け、左右に振る。

 デイヴィッドは静かに頷き──


 カードを一枚、パトリシアの方に投げた。


「……あーーーーやっちまった!」


 パトリシアは頭を抱え、手札をテーブルの上にばら撒く。サイラスは優美に微笑み、デイヴィッドの方に向き直った。


「大丈夫。仇は取ってあげるよ」

「へぇ? テメェ、悩んだ末にヒットしなかったよな。勝算はあんのかい?」


 ヒット……追加のカードを引くことだ。

 その単語を聞き、ランドルフは大きく脱力した。

 ブラックジャックカードゲーム中だったか……と。


「ありますよ。だって、貴方は──」


 サイラスは伏せられたカードを指さし、碧眼へきがんをきらりと輝かせる。


「既に、負けているはずですから」

「はぁ!?」


 パトリシアが頓狂とんきょうな声を上げる。

 デイヴィッドは無言で舌打ちをすると、手元のカードを裏返した。


「……ほらよ。合計22。しっかり超過バストだ」

「ああもう! そんなら引かなきゃ良かった!」


 苦虫を噛み潰したようなデイヴィッドと、悔しがるパトリシア。サイラスのみが一人勝ちを手にし、満足げに笑っていた。


「いやぁ、ディーラーになってもらって正解でした。プレイヤーなら勝ち目はないですからね」

「ケッ……抜け目のねぇ野郎だ」


 テーブルのトランプを拾い集めつつ、デイヴィッドは小さくため息をつく。そこに、ランドルフのツッコミが響いた。


「結局遊んでたただけかよ!」

「取り込み中は取り込み中だろうが」

「何だよあの空気!? どう考えても真面目なやつだったよな!?」

「オレが知るか。そこの兄妹が本気出しすぎなんだよ」


 不機嫌そうにぼやくデイヴィッドだが、その表情はどこか明るい。


「……にしても、デイヴにカードゲームで勝てるヤツとかいたんだな」

「私も少々驚いた。余程、頭が切れるらしい」


 ランドルフの言葉に、ディアナもこくこくと頷く。

 サイラスはぎこちない動きで「光栄です」と礼をし、そそくさとデイヴィッドの影に隠れた。


「……おい、テメェ。向き合うんじゃなかったのか」

「せ、接し方が分からないんですよ!!」


 涙目のサイラスに呆れた視線を投げ、デイヴィッドはトランプの角を綺麗に揃えた。

 

「魔女さん、お兄ちゃん! ブラックベリーいっぱい採れたよ!」

「ああ、お疲れさん。後で食いたいモンを言いな。特別に、何でも作ってやる」

「……楽しかったかい、セレナ」

「うん!!」


 満面の笑顔を浮かべるセレナに向け、パトリシアは心から嬉しそうに微笑む。

 和気藹々わきあいあいとした二人の様子に、デイヴィッドは思わず視線を逸らした。


 胸の十字架クロスを、しっかりと握り締めて。

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