第20話 異

「ランディ、あなた、少しおかしいわ」


 最初に「異変」を察したのは、母親だった。

 母親の相談により、すぐに父親も彼の「異常」について知るところとなった。


「良いか。お前はあまり、人前で「獣」の話をしない方がいい」


 幼い頃は、両親の言い分が何一つ理解できなかった。

 それでも……成長していくうちに、嫌でも気づいた。

 自分の「好き」は、周りとは違うのだと。……「異質」なものなのだと。


 動物に友情を感じる人間は少なくない。

 愛玩動物や家畜に愛情を注ぐ人間も数多い。


 ……けれど、ランドルフの「それ」は、違う。


 例えば狩りのために手懐けた犬と戯れるのと、酒場で村の男衆と酒を飲むのは同じ感覚だった。

 例えば村で評判の美女と出会った時と、森で成熟した牝鹿めじかを見た時の感情も同じだった。


 両親に向けられた、哀れむような視線。

 妻が出ていった時の、蔑むような視線。

 それらを思い出すたびに、ランドルフは決意を新たにした。


「隠し通さなければ」と。


 デイヴィッドに気付かれた時はさすがに「ヤバい」と思ったが、彼は周りには何も言わなかった。

「変態かよ」「マジでねぇわ」などとはたびたび口にしていたが、彼の口が悪いのはそれまでも同じであり、そういう意味では態度も以前と何一つ変わらなかった。


 それが、どれほど有り難かったか。


 必要以上に信頼できる人間性を演じ、たぎる欲望をひた隠しにするのは骨が折れた。

 ……だからこそ、すべてを知るデイヴィッドの隣は居心地が良かった。


 ある日、デイヴィットに率直そっちょくな思いを尋ねた。

 デイヴィッドは面倒そうにしていたが、ランドルフの深刻そうな面持ちを見て、渋々といった様子で語り始めた。


「まあ……心底気持ち悪ぃし、理解できねぇが……」


 そう前置きし、一番の親友は言葉を続けた。


「そんなの、テメェに限ったことじゃねぇ。人間にしか欲情しなくても、なりふり構わずサカることしか頭にねぇ野郎だって気持ち悪ぃし理解できねぇよ」

「……そうかい」

「それよか、辛気しんきくせぇ顔で落ち込んでるテメェのが気色悪ぃ。そんなら、そこらのヤギに欲情してる時のがマシだ」


 デイヴィッドは悪態をつきながらも、彼なりにランドルフを励ました。


 完全に可能性が無いわけではない。受け入れてくれる友人は間違いなく存在している。


 ……それでも……


 恐ろしいものは、恐ろしい。

 自分の方が異常なのはわかっている。わかっているからこそ……

 親や元妻の視線を思い出すたび、ランドルフは身がすくんでしまうのだ。




 ***




「俺は……獣も、人間も好きだ」

「愛せるし、欲情できる」


 ランドルフの言葉を、ディアナは静かに聞いていた。


「そうか」


 ディアナは頷き、ぽつりと語る。


「だから、君は……私を、化け物と呼ばなかったのか」

「……え?」


 ランドルフは俯いていた顔を上げ、目を見開いた。


「私は人であり、獣だ」


 ディアナはふっと瞳を伏せ、声のトーンを落とす。


「何度も化け物と呼ばれた。領主は私を『神』だとあがめるが……本質は、化け物扱いと似たようなものだ」


 神としてまつり上げるのも、化け物として蔑むのも、彼女本人を見ているわけではない。

 ……彼女自身の想いを置き去りに、彼女の背後に別の「何か」を見ているのだ。


「……デイヴはどうなんだよ」

「彼は特別だ。……だが、君とも違う」


 ディアナは何かを思い出すように、金色の眼をすっと細めた。


「彼は私を『同類』だと思っている。同じ『化け物』だと……」


 ランドルフはハッと息を飲む。

 意識したことはあまりなく、今まで特に気にもしていなかった。

 デイヴィッドの「眼」は、ランドルフよりもよほど分かりやすく「異質」なものだ。現在では、更に「不死の肉体」といった特徴も追加されている。

 ……デイヴィッドは村人に必要以上に関わるのを避けていたが、それはもしかすると、村人も……。


「だから居心地はいい。抱える傷も似ている」


 ディアナは、あくまで淡々と言葉を続ける。


「けれど、君は『同じ』でないのに私を受け入れてくれる。『違う』私を、『違う』と認識したまま、愛してくれる。……それもまた、得がたい関係だ」


 次第に、その声音は、確かなよろこびに彩られていった。


「ありがとう。君が君でいてくれることが、私の救いになる」


 微笑むディアナ。


 その表情かおを見て、ランドルフは改めて自分の想いを確かめる。

 失いたくない、と……




 ***




 領主の館の地下。

 そこが、領主の側近であるブレンダンと情報提供者であるルーナの密会場所だった。

 ブレンダン・スチュアートはいつもにも増して不機嫌な様子で、苛立たしげに爪を噛む。


 フィーバスの虫の居所が悪く、何度も書類を書き直させられた挙句に「やっぱり良いや。別の人に頼むから、それ燃やしといて」と言い捨てられたのだ。


「……偽物ふぜいが、大きな顔をしおって」

「それなんだけどさぁ……」


 一部始終を聞いたルーナが、テーブルの上で脚をぶらぶらと揺らしながら問う。


「『偽物』ってどういうこと?」

「何? そんなことも知らんのか」


 ブレンダンは鼻を鳴らし、呆れたように肩をすくめた。


「有名な話だ。現領主はオルブライトを名乗ってはいるが、オルブライト一族の力を受け継いでいない」

「ふーん……」


 ふわぁ、と欠伸あくびをしつつ、ルーナはブレンダンの話にそれとなく耳を傾ける。


「無論、オルブライト家の人間が全て特異な力を持つ訳ではない。力を受け継ぐのは、大抵一世代に一人、もしくは二人だ」

「じゃあ、ディアナがいるならフィーバスがフツーでも別におかしくないんじゃない? 何が偽物なのぉ?」


 ルーナはぶら下げた足をばたばたと動かし、退屈そうに問いかける。

 ブレンダンはニヤリと口角を吊り上げ、楽しげに語った。


「簡単な話だ。妹であるディアナ・オルブライトが神獣の力を持ち、兄のフィーバス・オルブライトは『神の眼』すら持たぬ凡人……だと言うのに、オルブライトの嫡男ちゃくなんとして当主ヅラをしている、と。ああ、いや、無理に若作りをし、オルブライトらしさを身に付けようとはしているか。……実に、涙ぐましい努力だと思わんかね」


 その表情に浮かんでいるのは、紛れもない侮蔑ぶべつ

 領主にすらなれなかった男は、現領主の「本人にはどうにもできない」瑕疵かしをあげつらい、わらう。


「……その程度かぁ」

「……ん? 何か言ったか」

「別にぃ? なーんにも」


 老いて耳の遠くなったブレンダンには、不穏な呟きを聞き取ることができなかった。

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