第13話 封じられた記憶

 気まずい沈黙が、その場を支配していた。

 村人の数自体が少ないのか、人の声はほとんど聞こえず、道を通りがかる者すらいない。

 陽の傾きかけた、静かな村。近隣の森から響く、鳥のさえずり。ディアナが持つミートパイの匂い……それが、二人の周りの全てだった。


「……どうする?」


 ランドルフが切り出す。

 ディアナは教会の方面を気にしていたが、やがて、ミートパイをひとつランドルフに差し出した。


「『冷めないうちに』と、店主から指定されている」

「……じゃあ、とっとと食うか」


 ランドルフの言葉に、ディアナの視線が左右に泳ぐ。きょろきょろと周りを見、ディアナはランドルフの方へ小声で語りかけた。


「その……馬車の中で食べないか」

「やっぱ、人前での食事は苦手か?」

「わ、分からないが、君の近くにいると、何と言うのか……妙に気になる」


 ディアナは頬を赤く染め、視線を地面に落とす。

 ああ、かわいい。

 ランドルフは思わず抱き締めたくなったが、何とか堪えた。


「そ、そういや、なんで三つなんだ?」


 誤魔化すように、問いかける。

 ランドルフの言う通り、ディアナの手には、まだミートパイが二つあった。


「デイヴィッド牧師の分だ」


 ランドルフの問いに、ディアナは事も無げに答える。


「……デイヴは、メシ食うのか?」


 いぶかしげなランドルフに対し、ディアナは淡々と続けた。


「ああ。普通に食事をしているところを見たところがある」


 ランドルフは「へぇ……」と意外そうに呟き、顎に手を当てる。


「なんか、普通に『生きてる』みてぇだな……」

「……。そうだな」


 その感想には少しだけ眉をひそめつつ、ディアナは黙って馬車の方へと歩みを進めた。

 馬車の扉に手をかけたところで、ぽつりと呟く。


「今から話すことを、本人の前では言うな」

「……へ?」

「苦しませることになる」


 躊躇うような間の後、ディアナは目を伏せたまま語り始めた。


「おそらくだが……デイヴィッド牧師は、私と同じ『呪い』を受けている」

「……! それって、つまり……!」


 目を見開くランドルフ。

 ディアナは彼の方に向き直り、言葉を続けた。


「ああ。『不死の呪い』だ」


 金の瞳が煌々こうこうと輝く。

 そこで、ランドルフはようやく思い出した。


 ディアナと最初に出会った時、妙に懐かしい感覚があったことを。


「……『呪い』……」


 ディアナの瞳は金色ゴールド

 デイヴィッドの瞳は琥珀アンバー


 瞳の色合いに多少の差はあれど、彼らはどこか、似ているのだ。


「彼に、幼い頃の記憶がないのは知っているか」

「……ん? ああ、拾われる前の記憶だろ」


 ランドルフの返答に、ディアナは静かに頷く。


「彼は記憶を失ったのではなく、


 ディアナは金色の瞳をふっと地面に落とし、語る。

 かげりのある金眼きんがんは、デイヴィッドの瞳とそっくり同じにも見えた。


「自らの不死性を解明できないのも、それが理由だ」




 ***




 金色の髪が床に散らばり、悲痛なうめき声が礼拝堂内に響き渡る。


「ぐ……っ、あ、ぁがあぁあっ」


 亜麻色の髪の男は、けわしい表情でその様子を見下ろしていた。


「……やっぱり、ダメかなぁ」


 領主フィーバスは眉根を寄せ、悶えるデイヴィッドの目前にひざまずく。顔を持ち上げ、長い髪をかき上げる。

 不安定に揺れる琥珀の瞳を見つめ、独り言のように呟いた。


「その『眼』を見る限り……間違いないと思うんだけど」

「あ、くぅ……っ、頭……ァ、割れ……ツ」


 デイヴィッドはどうにか椅子に手をかけ、起き上がろうとする。……が、その手は滑り落ち、椅子の座面に爪痕だけが残される。


「君の『不死』には理由がある。どうにか解き明かしたいのだけど……この様子じゃ難しいかな……」

「……ッ!? ぃ、がぁあぁあっ」


 不死。

 その言葉が放たれた瞬間、デイヴィッドの苦悶が更に大きくなった。


「いつもより酷いね。どうしてかな」

「め……眼、が……ぁあっ」

「ああ、両眼が揃っていると苦痛が大きいのか。……それは申し訳ないことをしたね」


 琥珀の瞳がハッキリと金色に光り輝いては、チカチカと明滅する。


「ごめんね。これは必要なことなんだ」


 フィーバスは申し訳なさそうに目を伏せると、倒れ伏したデイヴィッドに手を差し出した。その手を握る力もないのか、デイヴィッドは虚空こくうを見つめたまま動かない。


「君には、すべてを思い出してもらわなくてはならない。このブラックベリー・フォレストのためにも、オルブライト家の栄光のためにも。そして……」


 フィーバスは天を仰ぎ、よどみなく語った。

 蒼い瞳がぎらりと天井を睨みつけ、口角が歪むように吊り上がる。


「僕の、女神のために」


 恍惚こうこつと笑うフィーバスの足元で、デイヴィッドは力なく横たわったままだ。


「……ディアナ……」


 息も絶え絶えに、ようやく漏れ出た掠れ声。

 その呟きを最後に、デイヴィッドの意識は途絶えた。

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