第10話 親友
デイヴィッドには、幼い頃の記憶がない。
教会の前に捨てられていて、当時の牧師に拾われたのが最も古い記憶。
成長して牧師となったのも、「育て親」の役割を引き継いでのことだった。
デイヴィッドは人間が嫌いだった。
幼い頃から「
何より……閉ざされた記憶の中に、
どう頑張っても思い出せない、固く閉ざされた記憶の中に、激しい怨嗟が潜んでいる。……デイヴィッドは幼いながらも、それを理解していた。
デイヴィッドは人間が嫌いだった。
「お前……綺麗な目してんだな。名前、なんて言うんだ?」
……たった一人の、親友に出会うまでは。
***
「原因……つったってなぁ」
教会に戻り、ランドルフとデイヴィッドは裏手で話し合う。正確には、ランドルフは室内で話し合うつもりだったが、デイヴィッドに「ヤニ吸わせろや」とブチ切れられた。
ディアナは、領主への報告に向かったらしい。
「『魔術』の
光が眩しいのか、デイヴィッドは眉間を押さえ、ランドルフの思考を代弁する。
「……まあな。『魔獣』が問題になってるのは、他の土地でもそうだろう」
「だが、それじゃ説明がつかねぇことがある。テメェがトチ狂ってオレがくたばってから数十年、『魔獣』のねぐらは大抵サン=クライムヒル……オレらの故郷に集中してんだよ。……要するに、『
「俺達の村か、その周りに原因があるって?」
「可能性はあるだろうな」
葉巻をふかしつつ、デイヴィッドは冷静に語る。
以前と何一つ変わらない様子を見て、ランドルフは尋ねずにはいられなかった。
「つかお前……マジで『死体』なのか? どう見ても生きてるだろ」
「あ? 首取って見せてやろうか。何ならそのまま喋ってやってもいいぜ」
デイヴィッドはランドルフをぎろりと睨み、詰襟のボタンを外して赤黒い痕を見せつける。
「疑って悪かった」
ランドルフは傷痕から目を逸らし、即座に謝罪した。
「遠慮すんなよ。ココの紐切ってみりゃ分かるぜ。何なら縫ってねぇとグラグラする」
「ごめんって」
気まずい沈黙が場に落ちる。
デイヴィッドは大きく葉巻の煙を吐き出し、ぽつりと呟いた。
「悪かったな」
「ん? 何がだよ?」
「テメェを殺せなかったこと以外にあるかよ。バァカ」
煙が立ち上る。
デイヴィッドは眉をひそめ、地面に目を落とした。
「分かってたよ。テメェが『魔獣』化した時点で……このまま生かした方が後悔するってよ」
「……お前……まさか、俺のせいで……」
何となく、ランドルフにも嫌な予感はあった。
自らが魔獣と化した際、デイヴィッドは一度も姿を見せなかった。
殺しにも来なかったし、助けにも来なかった。
それは、距離を置いていたからではなく──
「勘違いすんな。オレを殺したのはテメェじゃなく村のバカ共で、オレが死んだのは下手を打ったからだ」
首の縫い目が陽に照らされる。
当時とほとんど変わらない風貌だからこそ、赤黒い痕はよく目立った。
「んで、結局中途半端に死にきれなかったって間抜けなオチだな」
何があったのか。
そう問うことも憚られたが、ランドルフにも想像ならできる。
ランドルフは村人に慕われていたが、デイヴィッドは他人と必要以上に親しくするのを嫌った。
「呪い」を受けたランドルフの討伐を主張したがために、「排除」された可能性は否めない。
「でもよ、なんつーか……また、テメェのアホ面拝めたのは良かったかもな」
デイヴィッドはふっと遠い目をしながらも、穏やかに微笑む。
……討伐が本来「正しい」選択だったとして、デイヴィッドにも村人の感情は理解できるのだろう。
彼とて、できることなら「親友」を殺したくなどなかったのだ。
「デイヴ……。やっぱり俺ら、最高の相棒だな」
「調子乗んなよ
「聖職者としてその言葉遣いどうよ」
「うるせぇ牧師は対等な隣人だ。教え導かれてぇなら別の宗派行け」
凛とした足音が近づいてくる。
絹糸のような白髪が陽の光に照らされ、煌めいた。
「……ふむ。やはり、仲が良いらしいな」
微笑みを浮かべ、ディアナは二人に語り掛ける。
再び、二人の言葉が重なる。
「おう、一番の親友だ」
「……るっせぇ」
今度は、デイヴィッドもディアナの言葉を否定しなかった。
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