第31話 再会


 ホラスはアーカム地方の一角にある小さな町だ。

 そして、アーカムはギルニア王国の中でもベンダーク配下の魔物によって最も被害を受けた地域でもある。

 ホラスもそれに漏れず、大きな傷痕を残したらしい。


 ベンダークが倒された今、ホラスは平穏で豊かな土地を持つ、以前の姿を取り戻そうとしている。

 それにはベンダークを討伐した新時代の勇者であるユリアナの貢献があったからこそなのだとか。

 俄に信じがたいが、それが依頼をしてきた青年兵士から聞いた話だった。


 青鈍あおにびのベンダークを討伐したアルバン一行は、その功績を称えられ、国王から皆それぞれに爵位と統治する土地を分け与えられたのだが、ユリアナだけはそれを断り、ホラスという小さな町の長として復興に尽力したのだという。

今では民の信頼も厚く、女神のような扱いを受けているらしい。


 俺を奈落へと突き落とす最後の決め手を放った彼女から、そんな甲斐甲斐しい姿は想像出来ない。

 もしそれが彼らの言う通りだったとしても猫を被っているに違いない。

 だったら、その化けの皮を剥いでやる。


 俺とリゼルは青年兵士の案内で、ホラスへと到着していた。

 通りを歩くが、町は完全に復興を遂げていて、戦火の爪痕など微塵も感じられない。

路地で遊ぶ子供達には笑顔も見受けられたし、大人達の表情も穏やかだ。

町自体はこぢんまりとはしているが、平穏な空気が流れていた。


 俺達はそのままユリアナがいるという館へと案内される。

 そこは町の中心からやや奥まった所にあった。

 長の住まう場所らしく建物は大きかったが、取り分け豪奢というわけでもなく、普通の民家と変わらぬ質素な造りだった。


 準備が整うと中へと通される。

 すると、広めの居間の真ん中に、あの時と変わらぬ可憐な出で立ちの少女が立っていた。


「お連れしました」


 青年兵士がそう言うと、俺は前へと進み出る。

 そこで彼女が刮目したのが分かった。


 殺したはずの男が現れたのだから当然だ。

 逆を言えば、その割には反応が薄かった。


「久し振りだな――と言った方がいいか?」


 俺がそう言うと、ユリアナは柔らかな笑みを返す。

 その様子に案内した青年兵士は目を丸くした。


「お知り合いだったのですか??」


 二人の顔を交互に見る彼に、ユリアナは告げる。


「二人きりにしてもらっていいかしら?」

「えっ? あ……はい」


 それで兵士はいそいそと部屋を出て行った。

 残ったユリアナはほっとしたように息を吐く。


「これで心置きなく話せるわね」

「ああ」


 実際には隣にリゼルがいるのだが、当然、彼女には見えていない。

 そこで俺は口火を切る。


「で、これは何の茶番だ?」


 それは言わずもがな、良い人を演じる彼女と、彼女を信じる住民についてだ。

 するとユリアナは思いも寄らぬ行動に出た。

 彼女は急に顔を伏せ、涙を流し始めたのだ。


「ごめんなさい……。私……あなたに何と言われようとも仕方無いと思っているわ……。それだけの酷いことをしてしまったんですもの……。でも……これだけは聞いて。私……アルバンに騙されていたの」

「は?」


 この期に及んでそんな事を言い出したので俺は顔を顰めた。


「あんなに嬉しそうに俺を葬った癖に、何を騙されていたと言うんだ? もっとマシな嘘を吐いたらどうだ」

「違うの、信じて」


 潤む瞳で俺を見つめてくる。


「……」

「ジルクはソフィのことを覚えているでしょ?」

「ああ……」


 忘れる訳がない。

 俺達のパーティは当初、アルバン、ゲオルク、フリッツ、ユリアナ、俺――そして件のソフィを加えて六人だった。

 また、ソフィはユリアナの双子の妹でもある。


 顔は瓜二つだが、ユリアナの方がやや勝ち気な性格なのに対して、ソフィは穏やかで物静かな性格だった。


 そんなソフィは冒険の途中で完治の難しい病を罹ってしまい、やむなくパーティを脱退していたのだ。

 なぜ、今ここで彼女の話を?


 疑問に思っていると、ユリアナは言いにくそうにしながらも重い口を開く。


「実は……ソフィが床に伏せってしまったのは……ジルクのせいだって、アルバンに言われたの……」

「は? 何を馬鹿な。そんな事あるわけないだろ」

「私も最初はそう思ったわ。でも、アルバンが言うには、ソフィが病んでしまったのは|悪霊ワイトが取り憑いているからだ。ジルクがその悪霊ワイトを呼び寄せたんだ……って」

「まさか、そんな言葉を信じたのか?」

「私だって信じたくはなかった。でも……その悪霊ワイトはソフィの体から日々、精気を吸い上げている。このままでは、いずれ死に至る。それを止めるには悪霊ワイトを呼び寄せた権化であるジルクを殺すしかない……そう言われて……」

「……」


 俺はあまりの愚かさに、すぐには言葉が出なかった。


「まんまとその言葉に乗せられたとでも言うのか?」

「分かってる……自分が馬鹿で愚かだってこと……。それでジルクを殺めるなんて間違ってるってことも……。でも、あの時の私はどうかしてたの……。たった一人の肉親であるソフィを失うことが怖かった……。例え嘘でもその言葉に縋りたかったのよ……」

「……」


 俺は泣き崩れる彼女を冷めた目で見ていた。


 少しでも心を通わせたと思っていた女は、ここまで愚鈍な人間だったのか?

 それともこの話すらも完全なでっち上げで、俺を騙すつもりなのか?

 どちらにせよ、油断ならないことは確かだ。


「何を言われても俺を殺そうとしたことには変わらない」

「そうね……謝っても許されることじゃないわね……。でも、心を入れ替えた新しい私を見て、もう一度信じて欲しいの。罪滅ぼしというには烏滸がましいけれど、この町を立て直すことから始めてみようと思って……なんとかここまでやって来たわ。まだ、至らないことが沢山あるけれど、良かったらこのホラスに留まって、ありのままの私を見ていって欲しいの……」

「興味無いな」

「……」


 俺が吐き捨てると、彼女は酷く寂しそうな顔をした。

そして、鬱屈としたものを振り払うようにぎこちない笑みを作る。


「そうそう、依頼のことは聞いているわ。でもまさか、連れてきたのがジルクだなんて思わなかったから……。さすがに、このままあなたに頼むなんて図々しいことは出来ないわ。だからせめて、ゆっくりしていって。泊まりの部屋は離れに用意させるわ。食事もそこへ運ばせるわね」

「依頼を受けたのは俺だ。それだけは、きっちりやらせてもらう」

「そ、そう……」


 彼女はそれ以上、何も言ってこなかった。


 そこで現れたメイドに促され、俺は部屋を出た。

離れに案内される最中、思いを巡らせる。


 俺はユリアナを信用したわけじゃない。

生活していれば、いつかは必ず馬脚を現すはずだ。

 それまでは、淡々と依頼をこなす。


 ――お前の本性を暴き出してやるよ。


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