第4話 奪うということ


どれぐらいの時が経ったのだろうか?

俺は谷底で目を覚ました。

未だ朦朧とする意識を振り払い、身を起こす。


 眼前の闇に目を向けると、そこにいたはずのヴァニタスの姿がない。

 代わりにヴァニタスの亡骸と思しき白骨が砕けた状態で山となっていた。

それを見て思い出す。


 そうだ、俺は――。


 慌てたように自身の右腕を確かめる。

 するとそこには、あるはずのないものが存在していた。


 それは肩から指の先までが幽光を帯びた真っ白な腕。

 骨のような材質でできており、まるで外骨格のようだった。


 試しにその腕を動かしてみる。

 肩、肘、手首、指、全ての関節が俺の意志通りに動き、何の違和感もない。

 感覚もきちんとあるようで、元から俺の腕だったと言われても不自然ではないくらいに馴染んでいた。


 確かに俺の腕はヴァニタスによって食い千切られた。それは間違い無い。

 だが、今では当然のように痛みは消え去っていた。


 眼前に目を向けると、そこにいたはずのヴァニタスの巨躯はもう存在していないし、手の甲の部分には骨ドラゴンの頭を模したような意匠がある。


となると、これが奴の言っていた一体化――ということなのだろう。

 随分と大袈裟な腕になってしまったが、これはこれで、なかなかいい。

改めて手の甲にある骨ドラゴンの頭に目を向ける。


 俺と融合したということは、こいつにも意志はあるのだろうか?

 そこが気になる。


「おい、ヴァニタス」


 呼んでみるが返答は無い。

 試しに腕を振り回してみたり、指で小突いてみたりもしたが、やはり反応は無かった。


 完全に俺の意識下にある腕ってことでいいのか?


 自分でも口元が弛むのが分かった。


「なら、好きにやらせてもらおうじゃないか」


 ヴァニタスは俺に〝死体からスキルを奪う能力〟をくれると言っていた。

 それがどんなものなのか? 本当に使えるものなのか? 試してみる必要がある。


 岩壁に磔になっている冒険者達の躯に目を向ける。


都合良く、死体ならゴロゴロしている。

 実験には持ってこいの場所だ。


 いくつかの死体は時の経過によって楔が外れてしまったのか、地面に転がっているものもある。

 まずはそこから行ってみるとしよう。


 俺は一体の亡骸に近付く。

 落下の影響で骨は砕けてバラバラの状態だが、胸骨や頭骨は比較的綺麗に残っている。


 やり方は聞いてないが、おそらく融合したこの手を使うんだろうな。

 とりあえず頭に触れてみるか。


 俺は自身の骸腕を伸ばし、亡骸の頭蓋骨に手の平を当ててみる。

 それだけで変化はすぐに訪れた。

 突如、眼前に文字が浮かび上がる。


[獲得スキル]

ブラスト(風魔法スキル・初級)

 ウインドスラスト(風魔法スキル・初級)

 測量・初級(生産スキル)


「!」


 今のでスキルを奪えたのか?

スキルの内容からして、この亡骸の人物は魔法使いだったようだな。

邪竜に挑むにしては、やや心許ないスキルのような気もするが、パーティで行動することが前提と考えるなら、こんなものなのだろうか?


 で、そのスキルだが――、

 ブラストは突風を巻き起こし、対象の動きを制限する魔法だ。

ウインドスラストは確か、刃のような風を操り、物を切断する魔法。

 どちらもユリアナが使っていたのを見たことがある。


 測量スキルというのは感覚で距離を正確に測れるスキルだ。

 建築関係の職で重宝されたりするが、魔法使いなら距離感が掴みやすくなるので魔法を正確に対象へ当てる助力になる。

 これも以前、仕事探しをしていた時に大工の募集に飛びついたのだけど、測量スキルが無いからと断られたのを覚えている。


 何はともあれ、実際にスキルが得られたのか試してみよう。

 まずはブラストからだな。


俺は右手を前に突き出す。


 魔法スキルを使うのは初めてなので、これで合っているのかどうかは分からない。

 ともかく、見よう見まねだ。


 俺はそのまま小さく唱える。


「ブラスト」


 途端、手の前で激しい突風が巻き起こる。


「できた……」


 初めて死霊との対話以外のスキルを使い、感動を覚える。

 思わず、その余韻に浸ってしまう。


 やば……本当にできたぞ……。

 この調子でここにある全ての死体からスキルを奪って行けば、かなりの強さになれるんじゃないだろうか?


 邪竜を倒しにきた冒険者達。彼らの力を全て手に入れた自分を想像し、身震いする。


 やるか。


 意欲に満ち、別の死体を探す。

 だが、さっき放ったブラストで目の前にあった亡骸は粗方、吹っ飛んでしまったようだ。

 壁際に砕けた骨が塵のように積もっているのが見える。


 混ざっちまって、どれがどれだか分からないな。

 仕方が無い、こっちは後回しにして先にあっちから行くか。


 俺は右手を伸ばすと、壁に磔になっている亡骸の一体を狙う。


「ウインドスラスト」


 そう唱えると、手先から風の刃が飛び出し、亡骸の楔となっている剣を切断する。

 しかも寸分のズレもなく、突き刺さっている根元だけを正確に切り取った。

 これも測量のスキルがあったからこそだと思う。


 落下した骸骨は地面に落ちて砕ける。

 それでもそれなりに形は残っていて、頭蓋骨も無事。

 これなら問題無く使えそうだが……。


 俺は頭蓋骨に伸ばしかけた手を一旦、引っ込めた。


 この際だ、他の部位でもいけるかどうかやってみるか。

 もしそれが可能なら、死体の一部さえあればスキルを奪うことができるということ。

 そうなれば効率も上がる。


 試しに欠片となってしまった脚の骨の一部に触れてみる。

 すると――、


[獲得スキル]

 ウインドスラスト(風魔法スキル・初級)

 ファイアボール(火魔法スキル・初級)

 ウォーターバレット(水魔法スキル・初級)

 アースウォール(土魔法スキル・初級)

 魔法付与・初級(付与スキル)


「おっ」


 これで死体であればどの部位でも問題無いことが分かったぞ。

 当然、場合によっては状態の悪い死体だって存在するだろうからな。

 これは嬉しい結果だ。


 それにしても、この死体の主も魔法使いだったか。

 剣が刺さっていたから剣使いというわけでもないみたいだ。


 今度は幅広い属性の魔法スキルを得ることができたが……。

 ウインドスラストだけ、被ってしまったな……。

 こういう場合はどうなるんだろう?

 やはり、ハズレ扱いなんだろうか。


 そう思っていた矢先だった。

 突如、眼前に別の文字が浮かび上がる。


[ランクアップ]

 スラストファング(風魔法スキル・中級)


「っ!? ランクアップだって?」


もしかして、同名のスキルは融合してパワーアップするのか?

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