第7話 可能性の広がり


 地上へ戻ってきた俺の眼前に現れたのは、忌むべき景色だった。

アルバン達に裏切られた時の風景がそのままそこにあったからだ。


 まとわり付く忌々しさを拭い去り、俺は一人、ハボス大森林を行く。

この森は深いが、元マッパーの俺からしたら道に迷う心配は無い。

アルバン達に連れてこられる際に道筋は記憶しているし、もしその道を外れたとしても死霊レイスやスピリットの力を借りれば方向を見失うこともないのだから。


 さて、これからどうする?

このまま近くを通る街道に出て、町へ向かうか?

町の郊外には当然、墓場があるし、スキルも奪い放題だろうしな。


 それが最適と考えた俺は、道を探る為に周囲に漂う霊の気配に神経を尖らせる。

 すると前方の繁みの中に存在を感じた。


 いるな。


 それはスピリットとは違う死霊レイスの気配。


 こんな森の中に? 冒険者の霊か?


 不審に思いながらも繁みを掻き分ける。

 するとすぐに、その気配の正体が目の前に現れる。


 それは一人の中年男性の死霊レイスだった。

 口の周りに髭を蓄え、頭の毛がやや薄いその男は、ぼんやりと地面を見つめていた。


 何を見ているんだ?


 そう思うや否や、すぐにその理由が分かって、俺は口元を手で覆った。


「うっ……これは……」


 男がぼんやりと見つめていたのは人間の死体だった。

 死後、だいぶ経っているのか干からびており、一部白骨化している箇所もある。


 その様子から、すぐに分かった。

 この死体は、目の前にいる男の生前の体だ。


 自分の死を受け入れられず、そのまま死体の側を離れられない霊をこれまでに何人も見てきている。彼もまたその一人だろう。


 見た所、冒険者でもないようだし、こんな森の中で何をしていたのだろうか?

 死体の側には山菜を入れるような籠が転がっている。

 ということは、山菜を摘みに来て事故にあった?


 ここは森の中でもだいぶ深い場所だ。

見た所、外傷らしい大きな傷も見当たらないし、帰り道が分からなくなって餓死してしまった線が濃厚かもしれない。


 彼には気の毒だが俺にはこれ以上、どうすることもできない。

 早いところ未練を断ち切り、浄化して欲しいものだ。


 とりあえず彼のスキルも貰っておくか。


 そう思い、右手で死体に触れてみる。


[獲得スキル]

 商術・初級(生産スキル)

 採取・初級(生産スキル)


 やはり、この所持スキルなら山菜摘みか、稀少植物の採取で商売をしている感じで間違い無いだろうな。


「あんたのスキル、俺が使ってやるから安心して眠れ」


 そう投げ掛けると、男はゆっくりと俺の方へ体を向ける。

 しかし、その顔に表情は無く、虚ろな目をしたままだ。


 ほとんどの死霊レイスは、彼と同じように表情に乏しい。

 死んでいて精気が無いのだから当然といえば当然なのだが、中には生前と同じように語りかけてくる霊も少なくない。

そういう死霊レイスは大体に於いて、自分が死んだことに気付いていないのが大半だ。


 髭の男は俺のことをぼんやりと見つめている。

 それ以上、何をしようというわけでもなく、何かしゃべるわけでもない。

 ただただ、立ち尽くしているだけ。


 俺は気怠そうに後頭部を掻いた。


 道に迷った人に聞いても仕方が無いかもしれないが……一応尋ねてみるか。


「一つ聞きたいんだが、町へ出る為の街道がある方向を知らないか?」


 そう聞くと、彼はゆっくりと腕を上げ、指先を右の方へと向けた。


「なんだ、知ってるのか」


 意外な反応に喜びながら、彼が向けた指先の方角に目を向ける。

 直後、思ってもみなかったものが視界の中に入ってくる。


「……っ!?」


 そいつを目にした途端、息を呑んだ。

 男が指差した先にいたものは、見上げるほどの大きさがある蛇の魔物だった。


――こいつは……エビルサーペントか!


 黒光りする滑りのある体皮、人の体よりも太い胴体、とぐろを巻いて擡げた頭は大岩のようにゴツゴツとしている。

 二本の鋭く尖った牙の間からは細い舌がチロチロと蠢いていた。


 エビルサーペントは以前、アルバン達が対峙した事があるので覚えている。

 奴の攻撃の特徴には生命力の吸収がある。

その長い体で獲物を縛り上げ、体皮からじわじわと体力を吸い取るのだ。


 筋肉の塊である長い体に巻き付かれたら最後、人間の腕力では抜け出ることは不可能に近い。

 ゆっくりと生命力を吸われながら死を待つのみだ。


 そこで俺は、場にぼんやりと佇んでいる死霊レイスの男に目を向ける。


 もしかして、この人は……エビルサーペントにやられたのか?


 死体が腐敗せずに干からびたようになっていたのは、奴から生命力を吸われたせいだろう。

 この場所にいた理由は、街道沿いで山菜摘みをしていたところ、エビルサーペントに捕まり、森の奥まで引き込まれたのではないだろうか?

 それらを踏まえると、冒険者でもない人間が森深い場所にいる理由に納得がいく。


「シギャァァァ……」


 推察している最中、エビルサーペントは威嚇の咆哮を上げた。

 どうやら完全に俺を食事の対象として確定させたようだった。


 エビルサーペントといえば上級冒険者でも手こずる魔物だ。

 多くのスキルを得ているとはいえ、単独で相手をするのは危険だろう。

 ここはなんとか、やり過ごしたいが……そうも言っていられない状況。

手持ちのスキルで奴に有効そうなものはないだろうか……?


 しかし、そんな事を考えている暇も無く、エビルサーペントが襲いかかってきた。


「……っわ!?」


 巨体とは思えない速度で俺の体を絡み取り、縛り上げる。

 筋肉の塊が俺の体を絞め上げてくるのが分かる。

 黒い体皮が青白く発光し、生命力を奪って行く。

 だが――、


「なるほど」


 俺は巻き付かれながら納得の声を漏らした。

 さすがのエビルサーペントも仕留めたはずの獲物が平然としていることに違和感を覚えたようだった。


 その刹那、俺は呟く。


「クリアランドテンペスト」

「……!?」


 途端、俺を中心として疾風の刃が全方位に向かって放たれる。

 そいつは、まるで嵐のように森の中を駆け抜け、木々を切り倒して行く。


 渦巻いていた風が収まった時、周囲の森の木々は放射状に薙ぎ倒されていた。

 そして俺に巻き付いていたエビルサーペントは、まるで丸太のようにブツ切りになって辺りに転がっていた。


「ふぅ……」


 安堵の息を吐く。

 以前の俺だったら一瞬であの世行きだったろうな。


「あのくらいなら堪えられるのか」


 奴に巻き付かれた瞬間、強靱化のスキルで体を強化し、念の為、身体強化スキルで全ての運動能力を上昇させていた。そのお陰で痛みはほとんど感じなかった。

 おそらく両スキル共に、上級レベルだったことも大きな助けになったのだろう。


 初めて使ったクリアランドテンペストは上級魔法だけあって結構な威力。

 周囲の森を巻き込んでしまったが、死霊レイスのおっさんは実体が無いので俺の魔法の影響は受けずに、その場に佇んだままだった。

 しかし、俺がエビルサーペントを倒したことで彼の中で踏ん切りがついたのか、その姿が薄らと消えていった。


 俺はおっさんが完全に消えるのを見送ると、転がっているエビルサーペントの残骸に目を向ける。考えたのは――、


 もしかしたら、こいつの死体からもスキルを奪えやしないだろうか?

 魔物にスキルという概念があるのかどうかは分からないが、やってみる価値はあるだろう。


 俺はブツ切りになったエビルサーペントの残骸に触れる。


[獲得スキル]

 エナジードレイン(魔物スキル)


「おおっ」


 魔物からも奪えたぞ!

 しかも、エナジードレインというのは生命力を奪うアレのことだろう。

 ということは、俺自身も他者から生命力を奪えるのか?


 それが確かなら素晴らしい。

 俺はなぜか光属性の魔法スキルが奪えない状況にあった。なので、同じく光属性である回復系の魔法を得ることができなかったのだ。


 しかし、このエナジードレインが回復魔法の代わりとして役立ってくれれば、光魔法が扱えない補填になる。これは大きな進歩だ。


 それに、こんな面白そうなスキルを手に入れてしまうと、この力でどうやってアルバン達を苦しませてやろうか想像が尽きない。

 苦痛に顔を歪ませる奴らからジワリジワリと生命力を奪ってゆく――そんな光景を思い浮かべただけで思わず悦に入ってしまう。


「くくく…………おっと」


 無意識にニヤけてしまっていた。

表情を正し、我に返る。


 もしかしたら魔物が持つスキルには、有用なものが多く存在している可能性があるのではないだろうか?

幸いなことにハボス大森林は魔物の巣窟とも言われている。

すぐに町へ出る予定だったが、しばらくこの森で魔物を狩るのもいいかもしれないな。


 俺は目の前に広がる深い森を見渡すと、心が沸き立つのだった。


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