第8話 墓守
地響きを立て、毛むくじゃらの巨体が草原に転がった。
それは凶悪な熊型モンスター、ブラッディベアの死体だ。
今し方、俺が仕留めた獲物である。
仰向けで絶命しているブラッディベアに近付くと、その胸に右手を押し当てる。
[獲得スキル]
豪腕(魔物スキル)
「これで、このスキルも二百個目か……」
魔物スキルや
それ故、同じスキルを獲得してもどれくらい強化されたのか見た目では分からない。
ただ、実際に使ってみると確実に威力が上がっているのを実感していたので、見つければ狩っていた。
それが、ここに来て急に変化を遂げる。
[ランクアップ]
「おっ!? 名前が変わった??」
これは進化した……ということなのか?
ランク表示の無いスキルでも、これだけの数を集めるとさすがに変化が起こるらしい。
しかも魔物スキルから
これで、ただの一魔物スキルではなくなったということだろうか?
それにしても……。
俺は周囲に目を向ける。
そこには鬱蒼とした森が広がっていて、やけに静かだ。
俺がこの森で魔物を狩り始めて、どれぐらいの時が経ったのだろうか?
前は少し歩けば何かしらの魔物に遭遇したものだが、最近では数が減ってきているのか獲物を探すのも一苦労だ。
乱獲しすぎて魔物がいなくなってしまったのだろうか?
何にせよ、このままここにいてもこれ以上の成長は望めない。
そろそろ場所を移るべきだろう。
予てから考えていた町へ出るのもいい。
魔物スキルは結構集まったから、今度は人間のスキルが欲しくなってきた所だ。
となると、いっそのこと王都を目指すか。
人が多く集まる王都なら、墓場の規模も大きいはず。
スキルを得るなら打って付けの場所だろう。
そうと決まれば善は急げだ。
俺はすぐさまスピリットを呼び寄せ、街道が通る場所を探索させた。
† † †
噎せ返るような人の流れに通りは埋め尽くされていた。
ここはギルニア王国の王都、ジルターナ。
多くの人でごった返すこの街に、俺はやって来ていた。
さすがは王都と言うべきか、凄い賑わいだ。
俺自身、ジルターナに来たのは初めてだが、ここまで活気のある場所とは思ってもみなかった。
ずっと田舎で育ってきた俺には、その空気だけで酔ってしまいそうだ。
俺は足早に人混みを擦り抜けて、真っ直ぐに街の北側を目指す。
どこに向かっているのかというと、そこに都の墓地があるからだ。
王都に着いてすぐに、この街に長年住んでいそうな老人に墓場の場所を訪ねたら、都の北側に大きな霊園があることを教えてくれたのだ。
なんでもこの都で亡くなった大半の人間はそこに葬られるのだという。
まさに俺が望んでいた通りの墓場だ。
そんなわけで、苦手な喧噪から逃げるように霊園へと向かった。
聞いた通りの道をしばらく行くと、正面に石造りのアーチが見えてくる。
そのアーチからは外界から隔てられたような厳かな雰囲気が漂う。
おそらく、あれが霊園への入口だろう。
そのままアーチを潜って中に入ると、視界に入ってきたのは草原の中に無数に並ぶ墓石だった。
ちゃんと石を切り出して丁寧に削ったものから、ただ平たい石板を置いただけのものまで色々な形の墓が並んでいる。
「物凄い数だな……」
望んでやって来たとはいえ、その数に圧倒されてしまった。
さすがにこれを全部掘り返すのは現実的ではないな。
大半が一般人だろうし、スキルも戦闘に不向きなものばかりだろう。
アルバン達を畏怖させる力を求めている俺からしたら効率が悪い。
それに静かに眠っている者達を手当たり次第、掘り起こすのも気が引ける。
できれば冒険者のみを狙いたいところだが……。
常に戦いの中に身を置く冒険者は死体の回収もままならず、墓すら造ってもらえないことが多々ある。墓があったとしても形だけでそこには遺骨が無いこともしばしば。
だから一般人より墓が少ないのは当たり前になっている。
とはいえ、周囲の墓をざっと見渡してみても特にそれらしい特徴が見受けられず、どれが冒険者の墓なのか皆目見当が付かない。
どうしたものか……。
悩んでいると、唐突に背後から声が掛かった。
「お主、ここで何をしておる」
「え?」
振り返るとそこには白髪、白髭の爺さんが立っていた。
手に箒を持っていることから、おそらく墓掃除をしていたのだろう。
そんな彼を前に、まさか墓を暴きに来たとは口が裂けても言えない。
ここは墓参りに来たとするのが無難だろう。
ギルニアでは死者の魂を尊重する墓参りの文化がある珍しい国だ。
普段から頻繁に墓を訪れてもそんなに不自然な事ではない。
「ああ……墓参りを」
「そうか、故人の魂を大切にするのは良い事じゃ。たくさん話していきなされ」
「は、はあ……」
爺さんは俺の背後でニコニコしながら見守っている。
不審に思われてはいないようだが、その場に居続けられるとこちらもやりにくい。
仕方が無い、こちらから話しかけて様子を見るか。
「あのー……爺さんはここで何を……?」
「ん? ワシか? ワシはこの墓地を長年守り続けている墓守じゃ」
「墓守……」
胸を反らし、誇らしげに言う爺さんを見て、俺は呆然とした。
墓守と言えば、故人と共に埋葬された金品の類いを墓荒らしの手から守る為の存在だ。
大体、屈強な戦士がそれを務める。
だが、目の前の爺さんは骨ばかりの細い体で、箒を持つ手などはプルプルと震えていた。
墓守と言うには若干……いや、かなり弱々しい。
そんな俺の視線を悟ったのか爺さんは目を細める。
「今、墓守には見えんと思ったじゃろ?」
「いや……」
「まあ、無理もないじゃろうな」
「?」
「ここら一帯はワシら庶民の墓じゃからの。盗むようなものは何も埋まっとらん。だからこそ、ワシのような老いぼれでも墓守が務まるのじゃよ。もっぱら墓の清掃が主たる務めじゃがの」
「なるほど……」
「しかし、それを知らぬということはお主、ジルターナの人間ではないな?」
意外に鋭いな……爺さん。
ここは何かもっともらしい事を言っておくか。
「新しい町を訪れた時には、冒険者として戦い抜いた同輩を弔うよう心がけているんだ」
「お主、冒険者か。それは殊勝な行いじゃな。若いのに素晴らしい」
爺さんは深く頷き、感心しているようだった。
「じゃがの、ここには冒険者の墓は無いぞ」
「は?」
そこで爺さんは墓地の奥へ視線を向ける。
「冒険者の墓は皆、あっちじゃ。こことは別の区画で管理されておる。そこにはワシとは違う、ちゃんとした墓守もおるぞ」
「ちゃんとした……?」
「うむ、何しろ古の勇者様が眠っておられる墳墓があるのじゃからな」
「勇者……」
勇者――俺はその言葉に惹かれた。
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