第9話 大勇者
それは墓地の最奥にあった。
先程の庶民の墓場とは完全に区画が分けられており、造りも豪奢。
石が積まれ、丘のようになっているそこが勇者の祀られている墳墓だった。
今から百年以上も前、かつての魔王によって滅亡の危機に晒されていたギルニアを救ったのがその勇者だ。
俺が生まれるずっと前の話だし、言い伝えでしか聞いたことはないが、途轍もない力を持った勇者だったらしい。
アルバン達が討伐した
世の中には
それはともかくとして、本当にあの墳墓の中に勇者の遺骨が納められているのだとしたら、魔王をも凌ぐ力を手に入れられる可能性があるということだ。
それを聞いて心が惹かれないわけがない。
俺は今、その墳墓が見通せる物陰に身を潜めていた。
墳墓の上には勇者を模した勇ましい姿の石像が建っていて、入口の前には剣を携えた筋骨隆々の男が二人、不動の構えを取っているのが見える。
あれが爺さんの言っていた墓守だろうか?
確かに屈強な雰囲気が漂っているが、その場に彼ら以外の姿は窺えない。
古の大勇者の墓を守る者としては少々寂しいような気もするが……。
墳墓の周りには冒険者のものとも思われる墓も並んでいるが、いつどこで死ぬか分からない彼らは墓を作ってもらえないことの方が多い。
そこへ行くと、ここに葬られている者達は運が良いとも言える。
にしても……この場所からだと墳墓の裏側がどうなっているのか分からないな……。
ここはグリフアイのスキルを使ってみるか。
グリフアイ、それはハボス大森林で倒した鷲型のモンスター、ヒポグリフから得たスキルだ。
このスキルは自身の視覚を離れた場所へ飛ばし、まるで空から見下ろしたかのような視点で周囲を視認することができる。しかも視力は普通の人間の何十倍にも強化されるというもの。
あまりにも便利過ぎて怖いくらいだ。
俺は視線を墳墓の上空に向け、意識をそこへ集中させる。
途端、今まで自分が注視していた場所に自身の視点が飛ぶのが分かった。
真下を覗けば、視界に墳墓の全体像が見えてくる。
ふむ……裏側にも人影は無しか……。
どうやらこの場所の見張りは、本当に墓守二人だけのようだ。
警備が手薄なのは、こちらとしても有り難いことだが、それでもさすがに正面から向かうわけにはいかない。
墓守の存在ももちろんだが、墳墓の入口といっても切り出された大きな石で閉ざされているし、気軽に出入り出来るようなものでもない。
では、どこから入るか?
そこで俺はグリフアイに別のスキルを重ねてみる。
それは
人の耳には聞こえない魔音波を利用し、周囲の空間を透過して把握できるスキルだ。
これもハボス大森林にいたコウモリ型モンスターから得た魔音波スキルが元になっていて、王都に向かう道中で丁度、二百個目を獲得し、上位の
高い場所にある入口から長い通路が斜め下方に向かって伸びており、だいぶ深い位置に棺が安置されているようだ。
なるほど、位置は把握した。
これなら、例によってスピリットに魔法を付与する方法で行けそうだな。
使う魔法は――そうだな、アシッドレインなんかはどうだろう?
アシッドレインは岩をも溶かす酸の雨を降らす魔法だ。
もちろん、墳墓を形作っている岩だって溶かすことができる。
しかし、そいつをあからさまに魔法として使うと、局所的に雨が降り始めるので墓守に気付かれてしまう。
そこでスピリットの出番だ。
彼らに魔法を付与すれば、酸の雨を蓄えた体が出来上がる。
酸の塊となったスピリットは、音を立てることなく墳墓の壁面を溶かすことが出来るだろう。
そんなスピリット達を複数用意し、棺の位置まで穴を掘ってもらう。
地下から墓の内部に侵入するのだ。
それなら墓守に気付かれることなく事を遂行できるはず。
俺は早速、気配を殺して墳墓の裏側に回り込むと、その場で周囲に漂うスピリットを呼び寄せる。
すると、すぐに結構な数が目の前に姿を現した。
数にしたら三十匹程度。
「さすが場所が場所だけに集まりやすいな」
そいつら全員にアシッドレインを付与してやると、丸い体の中に酸の液体が溜まり始める。
まるで透明な革袋に水を注いだみたいな見た目だ。
そんなスピリット達に命令を下すと、彼らは一斉に動き始めた。
丸い体が次々に墳墓の壁に張り付く。
すると、張り付いた場所から、まるで虫食いの葉っぱのように硬い岩が溶け出した。
うん、予想通り、上手く行きそうだ。
そんな酸のスピリットが一匹や二匹じゃなく、数十匹いるのだから作業は早い。
瞬く間にトンネルが出来上がって行き、ものの数分で人一人が通れるくらいの隧道が目の前に完成していた。
「上出来じゃないか」
俺はトンネル入口の壁面を確かめながら中に足を踏み入れる。
内部は当然、真っ暗だ。
一匹のスピリットにファイアボールの魔法を付与して明かりの代わりにする。
トンネルは緩やかに上りながら真っ直ぐに続いていた。
墳墓の中心部が近くになると、道が水平になる。
そうなったら、すぐだった。
突然、目の前が開けた。
そこは小さな部屋くらいの空間。
中央には石の台座があって、その上に棺と思しきものが置かれていた。
おそらく、ここが墳墓の中心部だ。
そして目の前のこれが勇者の眠る石棺。
スピリットが頭上から室内を照らす。
周囲には棺以外の埋蔵品は見当たらない。
勇者という地位の割には随分と質素だな。
普通なら過去の功績を称えて金銀の宝飾品や、使っていた剣などが納められていてもおかしくない。
それらが全く無いことに少々の違和感を覚える。
そうでなくとも生前に身に付けていたものくらいはあってもおかしくないのだが……。
仰々しい割に警備が手薄だったのは、これが理由か?
墓荒らしからしたら盗むものなど何も無い。
勇者の墓だから……という体裁の為に墓守を置いているとしか思えない。
「まあ、目的はそっちじゃないからな」
それはさておき、石棺に近付く。
「さーて、伝説の勇者様とのご対面だ」
期待に胸躍らせながら棺の蓋に手を掛けた、その刹那だった。
「えっち!」
「っ!?」
突如、俺以外、誰もいないはずの空間で謎の声が響いた。
予期せぬ事態に反射的に周囲を警戒する。
すると部屋の隅にぼんやりと浮かぶ人影を発見する。
「お前は……」
それは俺と同い年くらいの少女だった。
鮮やかな赤髪に整った顔立ち。
華奢な体には冒険者のような装備を身に付けている。
その少女は頬を赤らめながら、俺のことを睨んでいた。
どこから入って来たんだ?
そう言いかけて口を噤む。
目の前の少女から受ける、消えてしまいそうなほどの儚い感覚。
この感じは何度も受けてきたから分かる。
俺は少女の目を見据え、尋ねる。
「お前、
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