第10話 地縛霊
「っえ!? わっ、私のことが見えるの!?」
少女は分かり易く動揺の色を見せた。
「まあな、生まれつきそういう力があるらしい」
「へぇー……そんな人、初めて見たよ」
彼女は珍しいものでも見るかのように俺の周りをうろちょろし始める。
少女は
受け答えも違和感無く普通にできていることから、かなり霊力の高い個体だと思われる。
どこからか迷い込んできたのだろうか?
「いいね」
「え? 何がだ?」
唐突に言われ、何の事だか分からなかった。
「その力のことだよ。霊と話せるなんて凄いことじゃない?」
「そうか?」
「うん、だって君が話しかけてくれなかったら、私はずっと誰とも会話できないままだったんだよ? そんなの寂しいじゃない」
「ふーん……」
「これまでにも君が話しかけてくれたことで、救われた霊もいるんじゃないかな?」
「……」
この力に対して、肯定的な事を言われたので驚いた。
だが、アルバン達もそうやって俺を持ち上げたのだ。その結果、どうなったのかは今更言うまでもない。
ただ、彼女は
「で、お前はなんでこんな所にいるんだ?」
「なんでって、言われても……自分の体の側だから??」
「え……自分の体……って、まさか……」
俺は石棺と目の前の少女を見比べる。
「こんな子供が、勇者だっていうのか?」
「むぅ……これでも魔王を倒した英雄なんだからね? それに、歳だって君と変わらないでしょ?」
少女は、少々むくれながら言う。
俄に信じがたいが、現実は判然としていた。
彼女は霊力が高く、自己の存在をハッキリと認知している。
それは場にしっかりと結びついた地縛霊だからだ。
それだけ強い繋がりであれば、この俺にも目を凝らせば視認することができる。
見れば彼女の足下から流れる霊気が石棺に続いているのが見える。
間違い無く少女は棺の中の人物と同一だ。
「確かに言う通りみたいだが、墓の上に建ってた石像はもっと勇ましい感じだったぞ?」
「それは周りのイメージから造られたものだから、かなり誇張が入ってるんだよ。私だってあんな筋肉ムキムキの女の子だって思われたら嫌だもん」
「なるほど、そういう事も得てしてあるかもしれないな」
大きな事を成し遂げた人間は、往々にして国民をまとめ上げる為の象徴として利用されたりするものだ。彼女もその一人ということ。
「それにしても……」
言いながら改めて少女の姿に目を向ける。
「随分と若くして亡くなったんだな」
「え……」
彼女は一瞬、虚を突かれたような顔を見せた。
しかし、すぐに笑顔に戻る。
「ああ、それね。当時、魔王を倒した私は王都で凱旋パレード。その後、お城で祝勝パーティがあったんだけど、そこで美味しい料理を食べてたら急にお腹が痛くなっちゃって。そのままポックリ逝っちゃったんだよね。へへへ」
「はぁぁあ??」
あまりの勇者らしからぬ死に方に思わず声を大きくしてしまった。
「勇者がそんな情けない死に方でいいのか?」
「まあ自分でも格好悪いなあって思ったんだけど、その時に容体を診てくれた王室付きの呪術士に『腹痛の原因は魔王に絶死の呪いをかけられているせい。持ってあと一日』って言われちゃって」
「……」
「言われてみれば、魔王と対峙した時に変な攻撃を受けたなー……なんて思い出して。そのまま呪術士の見立て通り、次の日に死んじゃったってわけ」
「それは災難だったな……」
上手い返しが見つからず、そんな事くらいしか言えなかった。
すると彼女の方から尋ねてきた。
「それはそうと、君こそ何をしにここへ? あ、そういえば、さっき私の体を覗こうとしてたでしょ。いやらしいっ!」
「悪いが、骨を見て欲情するような特殊な性癖は持ち合わせてないぞ」
「どうだか。あんな大穴まで開けちゃって。よっぽと私の体が見たかったのね」
「おい」
本気で遺骨を見られることが恥ずかしいのか、彼女は頬を赤らめていた。
とにかく、こんな所で勇者の
俺は俺の目的を果たさなくては。
「本人を目の前にして隠してても仕方が無いから言うが、俺がここに来た目的は、勇者のスキルを奪うことだ」
「スキルを奪う?? って、どういうこと??」
少女は訳が分からず目を丸くした。
まあ、それが普通の反応だろうな。
死体からスキルを奪う力が存在しているだなんて、なかなか受け入れられない事だろうから。
「俺はあらゆる死体から、そいつが生前持っていたスキルを奪うことができる力を持っている」
「え……そんな事が本当に??」
彼女は信じがたいといった表情をしていたが、動じない俺の顔を見て、それが真実であると悟ったようだった。
「勇者のスキルといったら、さぞかし凄いものなんじゃないかと思ってな。こうやって奪いに入ったというわけさ」
「墓荒らしってこと??」
「聞こえは悪いが、まあ似たようなもんだ。というわけだから、悪いがお前のスキルは貰っていくぞ」
「別にいいけど」
「は……?」
意想外の答えが返ってきたので、思わず聞き間違いかと思ってしまった。
「だって私、死んじゃってるし、スキルを持ってても使えないもん。だったら君に使ってもらった方が良くない?」
「随分と割り切りがいいんだな……」
「そんなことないよ。有益な方を選んでいるだけ」
「有益ねえ……」
「それに、霊と話せるだけじゃなくて、そんな力まで持ってるなんて凄いじゃない。今、どれくらいスキルを持ってるの?」
「スキルの数か……あまりに増えすぎて最近は数えたことないけど、百は下らないんじゃないか?」
「ひゃ、ひゃくっ!?」
少女は裏返ったような声を上げた。
「人間って……そんなにスキルを持つことができるもんなんだね……」
驚きと感心が折り混ざったような顔をすると、それはすぐに疑問へと変わる。
「でも、そんなに集めてどうするの?」
「ん?」
「そんなにスキルを持っているなら、この世界で君に勝てる人間はいないと思うけど?」
聞かれて、自分が笑みを浮かべていることに気付いた。
「復讐の為さ」
「復讐……」
「俺を絶望の淵に追いやった奴らに、圧倒的な力で絶望の倍返しする。それが俺がスキルを集める理由だ」
「なるほど」
少女は意外にも納得の態度を示した。
「意外だな」
「何が?」
「正しき者の象徴たる勇者様なら、何か苦言を呈してくると思っていたからな」
「だって、それは君がそうしたいという強い思いがさせていることでしょ? 部外者である私が、知ったふうな事は言えないって。それに人の道を説くほど私は正しい人間じゃないよ」
「ふうん……」
面白い勇者もいたもんだ。
「それに、わざわざそんな事を言ってくるなんて案外、良識的なのかもだし」
「それはどうかな」
返答の無い彼女を了承と取り、俺は石棺に近付く。
「それじゃ、遠慮無く頂くぞ」
「いいけど、私のスキルをあげる代わりに一つ、お願いを聞いてくれない?」
棺の蓋に手を掛けようとした時、不意に投げ掛けられた。
「お願いだって?」
「うん、そんなたいした事じゃないんだけど……」
彼女は恥ずかしそうにしながら俺に近付いてくる。
それはまるで、愛の告白に緊張する表情にも似ていた。
俺も思わず身構える。
すると彼女は上目遣いで言ってくる。
「君、私の代わりに勇者やってくれない?」
「は?」
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