第6話 脱出
まずは足場からだな。
そう決めると、俺は地面に手を突き、アースウォールの魔法を放った。
すると、稲妻のような光が地面を走り抜け、谷の内側の壁を駆け上がってゆくのが一瞬、窺えた。
直後、谷の壁から水平方向に無数の出っ張りが生え始める。
人一人が立てるくらいの足場が壁から現れ、上へ上へと蛇行するように段を作ってゆく。
身を守る為の魔法であるアースウォールは本来、大きめの扉程度の土壁を生成できる。
だが今回は地層の空洞化から壁の崩壊を招く恐れがあったので、通常のアースウォールより控え目な大きさにした。
しかし、小さくてもそもそもが防御魔法なので強度的には申し分ない。
ようは登れればいいのだ。
俺はそんなアースウォールを魔法の範囲が届く限り作った。
それが終わると、次は自身の強化だ。
跳躍力をアップさせる為に、身体能力強化のスキルを両脚に付与する。
意識を脚に向けてスキルを発動させると、急に両脚が軽くなった。
確かに筋力が強化されているようだ。
「あとは、この状態で駆け上がるだけだが……」
試しに一枚目のアースウォールに飛び乗ってみる。
すると、体がふわりと浮く感覚を覚える。
「……!」
常人のレベルを遥かに超えた、尋常ならざる跳躍力に度肝を抜かれた。
まるで自分の体が鳥の羽にでもなったかのような身軽さだったのだ。
これなら行ける。
勢いのまま次の足場、更にその次――と、駆け上がって行く。
登る足場が無くなれば、そこから再びアースウォールを作り出し、更に登って行くという事を繰り返す。
そんなこんなで気が付けば、かなりの高さまで到達していた。
足下を見れば、今まで自分がいた谷底は闇の中に埋もれていて視認できない。
この調子で行けばいずれは地上に戻れるだろう。
だが……。
「もう少し、手っ取り早く行けないものかな……」
アイディアは良かったと思うのだが、いかんせん峡谷が深すぎたのだ。
上を見ても光の点がやや大きくなったくらいで、まだまだ先は長そうだ。
それでも地道に登るしかないのだろうが……。
そう思っていた矢先、目の前を何かが横切った。
「ん……」
ふわふわと綿毛のように宙を漂う球体。
空気中に溶けて消えてしまいそうなくらい薄らとしたその体には、申し訳程度の目と口が付いている。
そいつは「ポポポ……」っという、生き物では到底有り得ない不思議な声を漏らしながら、周囲をゆっくりと周回しながら飛んでいた。
俺はこいつを知っている。
というか、幼い頃から嫌というくらい慣れ親しんできたから見間違うことはない。
魂の欠片――スピリットだ。
「どうして急に出てきた? さっきまでいなかったのに」
地上が近くなったことも理由の一つとして考えられるが、一番の原因はヴァニタスがいなくなったことだ。
これまでは邪竜から放たれる強い魔素によってスピリットどころか、死霊や魔物すらも寄り付かない場所になっていたのだと思う。
それが消失したことで、新たな居場所を求めて迷い込んできたのだ。
「お前ら、こういう暗い場所、好きだもんな」
「ポポポ」
「上から来たのか?」
「ポポ」
どうやら、そうらしい。
「お前らはいいな。自由に飛べて」
なんとはなしに、そう口にした時だった。
自分の中で、何かが閃く音を聞いた。
「そうか……もしかしたら、あの方法がいけるかもしれないな」
俺はスピリットを見据えながらニヤリとする。
「やってみる価値はあるよな?」
「ポポ?」
唐突に投げ掛けられたスピリットは、不思議そうに丸い体を傾けた。
俺が獲得したスキルの中に〝魔法付与〟というのがある。
こいつはその名の通り、物に魔法を付与する力だ。
例えば剣に火属性の魔法を付与すれば、火炎剣になって攻撃力を増加させることができるし、土属性の魔法で硬化系のものを付与すれば剣の強度をアップさせたりもできる。
所持しているスキルは、その
当然、魔法付与についても調べていたから、能力の内容に間違いはない。
一応、
ということは、同じく生命を持っていない霊や魂にも付与できるのではないか?
そう考えたのだ。
もし、できなかったとしてもリスクは無い。
なら、試してみるべきだろう。
俺は眼前で漂うスピリットに目を向ける。
「ちょっと手伝ってもらうぞ」
「ポ?」
ぼんやりとしているスピリットを他所に、俺は周囲に向かって呼びかける。
「おーい、他にもいるんだろ?」
途端、
「ポポポ」
「ポポッ」
「ポポポォ」
「ポ」
「ポポー」
一斉に声が上がったかと思うと、数十匹のスピリット達が頭上から舞い降りてくる。
それはまるで綿雪のようだった。
そんなスピリット達は皆、きょとんとしながら俺の指示を待っている。
「いいか、今からお前達に魔法を付与する」
「ポポ??」
全員揃って体を傾け、良く分かっていない様子。
「どんな結果になるかは分からないが、付与後も俺の指示に従ってくれ」
「ポポッ」
体を弾ませ返事をするスピリット達。
理解はしていなくとも、何となく言う通りに動いてくれるのがスピリット達の良い所だ。
付与する魔法はもう決めている。
風魔法のブラストだ。
ブラストは先程も試した通り、突風を巻き起こす魔法。
そいつをスピリットに付与すれば、足場として利用出来るだけでなく、風圧で俺の体を上へと押し上げてくれるのではないかと考えたのだ。
「じゃあ、一度に全員へ付与するぞ」
「ポポー!」
――魔法付与・ブラスト。
彼らに向かって意識の中でそう唱えると、スピリット達の群れに変化が起こる。
薄らとした丸い体に風がまとわり付き始めたのだ。
その風はスピリット達の体内で激しい渦を巻く。
「よし、いい感じだ」
冒険者の亡骸を一斉に吹き飛ばしてしまったくらいの突風だ。
俺の体を支えるだけの風圧はあるはず。
もし失敗しても、すぐ壁に向かってアースウォールを放てば落下は免れる。
なら、あとはこいつらを配置に着かせるだけだ。
「その体で俺を上まで押し上げてくれ。出来るか?」
「「「「「「ポポー!」」」」」」
彼らは元気良く返事をすると一斉に飛び立った。
理解が早くて助かる。
頭上に向かった彼らは、俺が足場にし易いように地上へ向けて等間隔に距離を取る。
一番上のスピリットは視認出来ないくらい遠い。
「じゃ、行くぞ」
俺は思い切って最初のスピリットに飛び乗った。
足裏にしっかりと抵抗を感じる。
いける。
そう思った直後、スピリットが体内に留めていた風を解き放った。
「ポー!」
「!」
途端、俺の体が砲弾のように上に向かって射出される。
体にかかる加速による負荷。
それは今までに感じたことのない空を飛翔する感覚だった。
「おおっ! すげえ」
スピードも飛距離もこれまで地道に登ってきた時とは比較にならない。
途中でスピリットを配置し直す必要があるんじゃないかと思ってたけど、この跳躍力ならそんなの不要かもしれないな。
俺は待ち構えていたスピリットに次々飛び移りながら、どんどん登って行く。
その状況に爽快感を感じ始めた時には峡谷を脱出していた。
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