第13話 変貌
ギルニア王国の王都、ジルターナを後にした俺とリゼルは、王国の西方に位置する港町、ネルキアにやってきていた。
この町は海上からの交易や主要街道が集まる交通の要衝として栄えていて、ギルニアの西方地域では一番の大都市だ。
小高い丘の上に立つ領主の居城から、港に向かって放射状に広がる町並みは実に壮観で、日の光を浴びて煌めく小波と相俟って、まるで一枚の絵画のようだった。
俺自身、ネルキアを訪れたのは初めてだが、これほど眺望の素晴らしい町は他に見たことが無い。
ただ、一つ気になる事があった。
美しい街並みとは裏腹に行き交う人々の表情が悉く暗いような気がしてならなかったのだ。そんなだから街全体が重苦しい雰囲気に包まれているように感じた。
まあ、気のせいかもしれないが。
ともかく、俺達がネルキアにやって来た理由は、ジルターナから一番近い町であるという事と、元勇者パーティのメンバー、大魔導師ライムントがこの地に眠っているとリゼルに言われたからだった。
この場所を案内してくれた当の彼女はというと、先ほどから嬉しそうに俺の周囲を飛び回っていた。
王都を離れてからだいぶ経つが、百年以上前の世界で暮らしていた彼女にとっては見るもの全てが珍しいようで、何に対しても興味津々といった様子だった。
そんな俺達は、町のメインストリートから続く広場と思しき場所で足を止めた。
「で、その大魔導師とやらの墓はどこにあるんだ?」
するとリゼルはオロオロとしながら辺りを見回す。
「ええーと……」
「どうした?」
尋ねると彼女はばつの悪そうな顔をした。
「分かんない……かも……ははは……」
「おい」
リゼルが言うには、このネルキアは大魔導師ライムントの生まれ故郷なのだとか。
彼は故郷を大事にし、誇りに思っている人間だから、必ずこの地で骨を埋めるはずだと、そう言っていたのだが……。
「ここはライムントの故郷だって話じゃないのか?」
「それはそうなんだけど……さすがに百年以上も経ってると町の様子が全然違ってて……」
それもそうか。
ネルキアは近年、発展の著しい場所だ。尚更、町が移り行くスピードも速いだろう。
実際、今俺達が立っている広場の中央には何か老朽化した建物でも取り壊したのか、瓦礫が山となっている。
とはいえ、全てがそうというわけでもないだろう。
俺は前方の建物に視線を向けながらリゼルに尋ねる。
「それでも昔から変わってない古い建物とかあるんじゃないか? 例えばあの教会とかさ」
それは周囲の建物と比べてもかなり年季の入った教会だった。
おそらく、だいぶ昔からここに建っているのだろう。
「あ、確かに見覚えがあるかも……。色んな所が修繕されて形が変わってしまってるけど、多分、私が知ってる教会と同じだよ」
「なら当時を知る人間……いや、それはもういないかもしれないが、口伝えで何か知ってる人がいるかもしれない」
「だね。じゃあ早速、聞いてみようよ」
「ああ」
可能性に賭けて俺達はその教会へと近付く。
建物の正面にある大きな木製の扉に手をかけたその時だった。
「あなた方に渡せるようなお金はここにはありません!」
突っぱねるような力強い声が中から聞こえてくる。
見れば老齢のシスターが二人の男と揉めているようだ。
シスターを取り囲むように立つ男達の一人は軽薄そうな顔立ちの茶髪男。もう一人は頬に傷のある筋肉質の男だ。
二人共、揃いの防具を身に付け、腰には剣を携えていた。
あれは……ギルニア王国の兵士に似た恰好だが、こんな所で何をしているんだ?
彼らは下卑た笑みを浮かべながら尚もシスターに迫る。
「そんな訳ないだろ。ここにいるガキ共の為に寄付金をたんまり貯め込んでるって話を聞いたぜ?」
「さっさと出せよ。誰がこの町の平和を守ってると思ってんだ? 俺達ネルキア騎士団がいるからだろ?」
ネルキア騎士団?
この町、独自の騎士団が存在するのか?
なんにせよ、この状況が異常であることは確かだ。
「むぅぅ……あいつら……」
リゼルは我慢ならなくなったのか、今にも飛び出そうとしていた。
だが俺は、それを制止する。
「まあ待て」
「どうして? あいつら見るからに絶対悪い奴らだよ」
「もう少し様子を見る」
「えー」
「無駄に面倒事に巻き込まれる必要も無いからな。それに俺は別に正義の味方なんかじゃない」
「そんなー……」
「そもそも、
「それは……そうだけど……」
だがそれも机の上の花瓶を落とすとか、軽く触れるとか、そういった程度であって、生きている人間と比べたらほとんど何もできないに等しい。
ここでリゼルが出て行ったところで、そよ風を起こすくらいしかできないだろう。
なら、変に巻き込まれるより、ここで見守っていた方がいい。
幸い、まだ奴らには俺達の存在は気付かれていないし、この町の現状を探るには、状況的に丁度良いだろう。
「無いものは無いんです! お願いですから帰って下さい!」
シスターが尚も強い口調で言い退けると、兵士達は苛立ちを深めた。
「ああん? ふざけんなっ! 良くそんな事が言えたもんだな!」
「これは領主様から言い渡されている正当な要求だ。俺達だってタダで働いてやってるわけじゃないんだよ!」
「そんな言い方……子供達が怖がります!」
シスターの訴えに、茶髪の兵士が鼻で笑う。
「怖がるだって? 上等じゃないか。そんな孤児共はビビらせて、どこかへ追っ払っちまった方がいいだろ」
「そんな馬鹿なことを……」
「馬鹿だと!?」
その言葉で茶髪の兵士はキレ気味になる。
そのまま彼は近くにあった机に向かってつかつかと歩き出す。
「あっ……!」
思わず声を漏らしたシスターを見て、茶髪の兵士は何かを悟り、ニヤリと笑みを浮かべた。
シスターは慌てたように彼を止めようする。
「や、止めて下さい!」
「うるせえっ!」
「ああっ……」
突き飛ばされたシスターは床に転がる。
対して机の引き出しから革袋を見つけた彼らは互いに顔を見合わせて、ほくそ笑んだ。
革袋に手を突っ込み中身を確認する兵士の手には何枚かの金貨が窺える。
「やっぱ、あるんじゃねえか」
「嘘はいけねえな」
「お願いです! それがないと子供達の食べるものが……」
兵士達の足に縋り、懇願するシスター。
だが、彼らはシスターを足蹴にし、その手を踏みつける。
「ううっ……」
俺はその光景を見ながら思い出していた。
アルバン達に谷へと突き落とされた時、辛うじて崖縁にぶら下がっていた手を踏みつけられた。
その時の光景が、目の前で足蹴にされているシスターの姿と重なって見えた。
それが俺の中にある復讐心の末端に触れた。
「ジルク?」
ふと、リゼルが声をかけてくるが、俺は構わず目の前の扉を押す。
ギイィッ……
錆び付いた蝶番が軋む音を立てる。
それで兵士達は俺の存在に気づき、動きを止めた。
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