第12話 勇者のスキル


「拠り所というのは、霊体を一時的に定着させる物のことだ。ただ場と繋がりを切るだけでは霊体が維持できず、すぐに消えてしまうからな」

「へえ、そうなんだ……。で、実際どうすればいいの?」

「拠り所には故人とのゆかりが深いものが適している。移動することが前提なら、持ち運びが容易なもの……例えば生前に身に付けていたものとかが扱い易い」

「身に付けていたものかー……。なら、あれとか?」


 少女は自身が眠っている石棺に目を向けた。


「私の遺体が首飾りを付けていると思う。普段から身に付けていた特になんてことないものなんだけど……」

「それで問題無い」

「良かったー。他に遺品と呼べるようなものが無かったから、それが駄目だったら困っちゃうとこだったよ」


 彼女は、ほっと胸を撫で下ろす。


 そこで俺は思った。

 この場所には遺品や宝飾品が全く納められていない。

 逆にここまで何も無いと意図的なものを感じるほどに。

なのにもかかわらず、その首飾りだけが残されているということは、取り除くまでもない――いわゆる金銭的な価値が低かったかのではないだろうか?


 俺は棺の側に立つと、彼女に尋ねる。


「じゃあ、開けるぞ」

「うん……けど、あんまりジロジロ見ないでね。自分の骨を見られるのって、全てを曝け出しているみたいで裸より恥ずかしいんだから」

「その感覚は良く分からないが、それになりに善処する」


 石棺の蓋に手を掛ける。

力を込めて押すが、石製だけあってかなり重い。

 ゴリゴリと擦れる音が響いて、細い隙間から頭蓋骨の一部が見えてくる。

 それも三分の一ほど開いた所で思わず手を止めた。


納まっていた亡骸があまりに酷い状態だったので反射的に手を止めてしまったのだ。

 ほとんどの骨が小石のように砕け、原型が残っていない。

百年以上の時が経っているので状態が良くないのは当然のことだが、思いの外、劣化が進んでいた。


「まだ?」


 彼女は恥ずかしそうに顔を背け、俺が事を終えるのを待っている。

 その様子からして彼女は自分の遺骨の状態を知らないっぽい。


 その方が幸せなこともある……か。


「ああ、もう終わる」


 俺は砂利のようになった骨の中から首飾りだけを拾い上げると、そそくさと棺の蓋を閉めた。


「これだろ?」


 俺は手の中にあった首飾りをぶら下げて見せる。

 それはチェーンの先に涙型の小さな水晶石が嵌められた素朴なものだった。


 振り向いた彼女は水晶をまじまじと見つめる。


「うん、これこれ。懐かしいなあ」

「それじゃあ、こいつにお前の体を定着させていくぞ」

「うん、お願い」


承諾を得た俺は、浮かんでいた彼女の足下から繋がる細い糸に手を伸ばした。

そして蜘蛛の巣でも払うかのような気軽さで空間を遮る。

そのまま、その手を首飾りへ持って行った。


「できた」

「えっ? も、もう!?」


 少女は、不意を突かれたようにきょとんとしていた。


「普通、地縛霊は未練のある場所と繋がっているものだが、お前の場合はそれが遺骨のある場所と同じだったようだ。なので棺から伸びていた霊糸を切り、首飾りに移し替えた」

「そんな簡単に?」

「霊体と幼い頃から触れ合ってきた俺からしたら造作も無いことさ」

「そうなんだ……。でも、なんにも変わってないような気がするんだけど……?」


 彼女は自分の体を怪訝そうに確かめる。


「今はな」

「?」


 俺は持っていた首飾りを上着のポケットへ突っ込む。


「これは俺が預からせてもらうぞ。お前が自由に行動出来るのは、この拠り所を中心とした一定の範囲までだ。俺がここを動けば、自分の状態がこれまでと違うことを実感するだろう」

「なるほどー。そういうことね」

「あと、念を押しておくが、拠り所はあくまで仮の定着場所にすぎない。個人差はあるが、いずれなんらかの影響は出てくると思う」

「ふーん、そうなんだ」


あまり想像が出来ていないのか、まるで他人事のような反応を見せる。

 まあ、この状況で理解しろという方が無理か。


 それはさておき、俺の目的は勇者のスキルだ。

 俺は改めて石棺の前に立つ。


「それじゃあ今度こそスキルを貰うぞ」

「え、あ、うん」


 彼女はすっかりその事を忘れていたようで、思い出したように返事をする。

 それはまあ、良しとして……。

俺は石棺の蓋を少しだけずらすと、その隙間から右手を差し込み、遺骨の一部に触れる。

 すると、いつものように獲得スキルが表示された……のだが。


[獲得スキル]

討魔滅封斬ディアボロス・スレイヤー(特殊スキル)


「……ん?」


 確かに勇者らしい他に二つと無い特殊ユニークスキルのようだが……。


「まさか、これだけ?」


 スキルの少なさに呆然としていると、少女が声を掛けてくる。


「そうだよ。私のスキルは一つだけ」

「聞いてないぞ」

「聞かれてないし」

「……」


 面倒臭い奴だった……。


「そもそもこれだけで、どうやって魔王を倒したんだ?」

「そのスキルは魔王を封じる力を持っているから、魔王には超有効なんだよ? でも魔王以外には全く無意味なんだけどね」

「対魔王専用スキルってことか」

「そう、そういうこと」

「……」


 折角手に入れた勇者のスキルがこれかよ……。

対象が限定され過ぎで使いようが無いじゃないか。


「よくこのスキルだけで戦いを切り抜けてこれたな」

「周りの仲間が優秀だったからね。付与魔法でサポートしてもらったり、盾になってもらったりして、やってこれたってわけ。それと私自身、基礎身体能力が高めだったから、スキルが一つでもそれなりに戦えたんだよね」


 生まれながらの天才ってやつか。

 スキルを一つしか持っていないって所で親近感を覚えそうになった自分を呪った。


「それにしても、あんまりじゃないか。期待を持たせておいてこれとか」

「それは君が勝手に期待してただけじゃない?」

「勇者のスキルって言ったら当然、そうもなるだろ」

「でもそのスキル、期待に見合うくらい凄いんだけどなー」

「使う機会が無さそうだがな」

「えー……」


 少女は唇を尖らせ不満げにする。

 だがすぐに明るい表情を見せ、


「じゃあ早速、出発しようよ。他のパーティメンバーは私と違ってたくさんスキルを持ってるからさー」

「さすがにそっちは期待できそうだな」


 勇者がそのスキルで、他のメンバーまでスキルがしょぼかったら勇者パーティとして成り立たない。

 彼女が言っていることに嘘は無いとみていいだろう。


「ふんふん、ふふん♪」


 少女は宙でくるりと体を回転させながら嬉しそうにしている。

 そんな姿を見ながら思う。


 彼女は所詮、死霊レイスだ。

 俺以外の人間には視認できないので、連れていることでのリスクは無いに等しい。

 馬車代や食事代、宿代なども一人分のままで行けるし、案内役が近くにいた方が便利な上に迷うことも無いだろう。


「あ、そういえば自己紹介がまだだったね。私は――」

「知ってる」


 俺は彼女の言葉を遮った。


「あれだけデカデカと掲げられていれば嫌でも目に入る」


 それは外の石像の足下にあった。

英霊を称える文言と共に大きく彫られていた名前。


「勇者リゼル」


 名を呼ぶと彼女は微笑みを返す。


「俺の名はジルク」

「ジルク、よろしくね」

「ああ」


 あっさりとした自己紹介を終えると、俺達はかつての勇者パーティが眠る墓を求めて旅立った。



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