第41話 決着


 俺はギーヴの放った光球を寸前の所でかわした。

 途端、背後にあった岩壁が抉れたように陥没する。

 その光景は、まるで壁の一部が別の空間へ消失してしまったかのような見た目だった。


「……」


 あれはヤバいな……。

 あんなのまともに食らったら、何も残らず消えてしまうぞ……。

 そこは上級魔族、その辺にいる魔物とは格が違うってことか。


 しかも奴は、敢えて直接的な攻撃を避けている節がある。

 それはおそらく、無敗の盾オールディザブルのスキルを一度、目の当たりにしているからだ。

 物理攻撃が無効化されてしまうと分かっているからこそ、最初から魔力による遠距離攻撃を仕掛けてきている。


 ギーヴは俺の心の内を見透かしたかのように含んだ笑みを浮かべていた。


 さっきと同じものをそう何度も避けきれないぞ……。

 なら、こっちから仕掛けるか?


 相手の手の内が分からない以上、こちらから距離を詰めての攻撃は避けたい。

 となると、遠距離からの魔法攻撃か……。


 しかし、奴は放った光球と同じ力を手刀に宿していた。

 ということは全身にも同様の力を宿せる可能性があるということだ。

 そうなってくると、普通の魔法が通る気がしない。


 魔法攻撃を超える別の攻撃方法が必要だ。

 そんなものが今の俺にあるだろうか……?


……ん、もしかしてアレなら……。

可能性はあるな……。


 俺は右手を前に突き出すと、左手を肘に添える。

 そこでギーヴが反応を見せたが、気にしている暇は無い。


構わず、全付与シーリングマスターのスキルを使う。

それはライムントからスキルを得た時に獲得したボーナススキルだ。

その効果はスキルでも物でも、この世に存在するあらゆるものを別の何かに付与出来るというもの。


 そして、俺が右手に付与するのは古のファイアドラゴンから得た――、

ドラゴニックブレイズ。

ヴァニタスが宿るこの右腕ならドラゴンブレスの威力にも耐えられるはずだと考えたのだ。


 右手の先から鱗粉のような炎の欠片が舞う。

 それはまさに骨ドラゴンの口から炎が放たれる姿に似ている。

 そこでギーヴは異変に気付いたようだった。


 だがもう遅い。

 俺は意識を解放する。

 刹那、右手の先から閃光のような火柱が伸びる。


「なっ……」


 刮目したギーヴの顔が光の中へ消えて行く。

 同時に坑道が大きく揺れ、大小の岩が天井から崩れ落ちる。

見れば一瞬にして坑道内に別の横穴が出来上がっていた。


咄嗟の判断とはいえ、生き埋めにならなくてよかった……。

さすがにこれなら奴も無事ではいられないだろう。


 そう思って、横穴の奥に目を凝らした時だった。

 流れ、薄くなってゆく土煙の中にぼんやりと立ち尽くす影が浮かび上がったのだ。


「……っ!?」


 全ての土煙が消え去ると、その姿がはっきりと窺える。

 余裕の笑みを湛えたギーヴが、そこに立っていたのだ。


 全くダメージを受けている様子も無ければ、服装の乱れさえない。

 上級魔族というのは、これほどまでの力があるというのか?


「いやあ、今のは驚きましたよ。魔法ではなかったですね? しかし、どこかで見たことがある力のような気もしますが……」


 ギーヴは顎に手を当て、記憶を辿るような仕草を見せる。

 しかし、すぐに気を取り直し、


「まあ、そのことは置いておくとして……。そのような攻撃では私には通用しませんよ。我ら上級魔族には魔王様のお力の一部が流れているのですからね」

「……」


 あれが駄目なら何が効くというんだ?

 俺が他に持っている力は、魔物のスキルや攻撃以外のサポートスキルだ。

 それで奴にダメージを与えられるとは思えない。

スキルを組み合わせることで、なんとか打開の糸口を見つけられないだろうか?


 そんなふうに思考を巡らせていると、


「さあ、そろそろ終わりにしましょう」


 ギーヴは再び、手の上に光球を作り出す。

 青白い揺らぎを湛えるそいつを見つめながら、彼は口角を上げる。


「今度は避けようと思っても避けられませんよ? 覚悟して下さい」


 彼の手から放たれた光球は先ほどとは違って、酷くゆっくりと宙に浮いた。


 何をする気だ?


 必ず来るであろう次の攻撃に備え、警戒する。

 その直後だった。

ギーヴが自分の手を握り締めながら呟く。


「弾けなさい」


 途端、光球が破裂した。

 しかもそれが無数の光線となって坑道内で跳弾する。


「っ……!?」


 壁に当たった光線はその場所を抉り取り、更に反射を繰り返す。

 それはまるで激しいスコールのようだった。


 これを全て避けきることなど不可能。

 ダメージを受けるのを覚悟で全身に強靱化のスキルをかける。

だが次の瞬間――、


跳弾の雨に立ちはだかるように、両手を広げ俺の前に立つ人影があった。

 この場にいる人物はギーヴ以外に彼女しかいない。


「リゼル!」


 俺が叫ぶと、彼女は横目で笑顔を作る。


「私なら大丈夫! 元々、死んでるんだから!」

「……」


 彼女はその身に全ての光線を受けながら、土の体をすり減らしてゆく。

 次から次へと湧き出す土も攻撃の激しさに追いつかないようで、次第に蜂の巣のような状態に。

それでも俺を庇い続けることで、跳弾の雨は程なくして止んだ。


 それを確認したことで力が抜けたのか、彼女は膝からガックリと地面に倒れる。


「おいっ」


 俺が駆け寄ると、丁度、魔法付与の効果が切れたのか、彼女は霊体の姿に戻っていた。

 しかし、どこか様子がおかしい。


つぶさに窺うと、彼女の手足の先が消えかかっていることに気付いた。


「お前……これ……」

「はは……見つかっちゃった……」


 彼女は力無く笑う。

 そこで俺は宿での夜のことを思い出す。

 彼女はあの時、俺から両手を隠すような仕草をしていた。


「霊糸を切って、地縛霊じゃなくなった時から……こうなることは覚悟してたから……。それが今ので、ちょっと早まっちゃっただけ……。だから、気にしない気にしない」

「……ざけんな」

「え?」

「ふざけんな……勝手に庇って、勝手に消えるとか……無いからな?」


 そこで彼女は驚いたように円らな瞳を更に丸くした。


「はは……ジルクがそんなふうにハッキリ言ったの初めて聞いた……。少しは私の存在を認めてくれてたんだね……」

「……」


 弱々しく横たわる彼女に手を伸ばそうとしても、触れることすら出来ない。

 もどかしさが募る。


 そんな最中、すぐ側で気配を感じた。


「未練たらたらな幽霊は、いい加減消え去ったらどうですか?」


近くまで歩み寄ってきたギーヴは目を細め、リゼルに軽蔑の視線を向ける。


「私は昔から、しぶといので有名だったんだけど?」

「フッ……それももう、ここで終わりですね」


 ギーヴは嘲笑すると、視線を俺に移す。

そして俺の額に向かって光球の宿った手を向けてくる。

 この至近距離で仕留めようというのだろう。


 一発くらいならフルに向上させた身体能力とスキルでかわすことも出来るだろう。

 だが、その後どうする?

 反撃の手段が無いまま、ただ逃げ回っているだけでは、いつかは確実に捉えられてしまう。


「もう貴方を守る者は誰もいない」


 ギーヴの手にある光球が膨れ上がった時だ。

 側にいたリゼルが囁いた。


「大丈夫……行けるよ」

「……」


 刹那、何故かその言葉に引っ掛かりを覚えた。


 ……行ける?

 俺なら……?

――……!


 己の中で何かが繋がった瞬間、体が動いていた。

 スキルで向上させた素早さでギーヴの背後に回り込む。


「それで後ろを取ったつもりですか」


 無敵の防御力を誇る彼は余裕の態度で吐き捨てる。

 だが、俺はそんな事はお構いなしに自分の右手を突き出した。

直後――、


「かはぁっ!?」


光の剣がギーヴの背中を貫いていた。

 俺の手を光が覆い、それが剣の形を為して輝いている。


「一体……な……何を……」


 ギーヴは体を震えさせながら、現実を受け入れられないといった様子だった。

 そんな彼に向かって、俺は言い放つ。


討魔滅封斬ディアボロス・スレイヤー――魔王を倒す勇者の力だ」


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