第42話 付与の力


 ギーヴは目を見開いた。


「なぜ……貴方がその力を……?」

「受け継いだ――とでも言っておこうか」


 そこで俺は、手に宿った光の剣を収める。

 するとギーヴは体をよろめかせながら、俺との距離を取った。


「そ……そんな事が……信じられない……」


 彼は動揺の色を濃くしていた。

 今の一撃もかなりダメージを与えたようで、立っているのもやっとのように見える。

 胸部の傷痕からは魔族特有の碧色の血が滴り落ちていた。


 上級魔族は魔王の力の一部を宿していると奴は言った。

 それならば、リゼルから受け継いだ魔王を倒す為の唯一のスキル、討魔滅封斬ディアボロス・スレイヤーを使えば、奴にも効くのではないかと思ったのだ。


 結果は見ての通り、効果は絶大のようだ。

 この力を使えば、このまま一気に捻じ伏せられるんじゃないだろうか?


そう思い、こちらが畳み掛けるような体勢を整えようとした時だ。


「悔しいですが、貴方のその力は想定外でした……。仕方がありませんね……。貴方を殺すには、それ相応の準備が必要……。またの機会にお会いしましょう」


 そう言ったギーヴの体が見る見る内に透けてゆき、周囲の景色に溶け込んでしまう。


 不可視のスキルか?


 僅かに見え隠れする彼の気配が坑道の外へと向かって走り去って行くのが分かる。

 逃がすと面倒なことになりそうではあるのだが……。

それより今は、こっちが優先だ。


 俺は地面に倒れているリゼルの下へと近付く。

 すると彼女の方から声を掛けてきた。


「やったね……。ジルクなら気付いてくれるって思ってた」


 彼女は気丈に振る舞うが、それが余計に無理して気を張っているようにも見えた。

 それが証拠に姿がかなり薄くなってきていて、存在が消えかかっているのが分かる。


「お前がくれた力のお陰だ」

「ええっ!? またジルクらしくない言葉を聞いちゃった! これはもう今日死んでもおかしくないね」

「もう死んでるだろ」

「あはは、そうだった!」


 この状況ではそんな会話は冗談にもならない。

 彼女は今まさに、この世から去ろうとしている。

 それは彼女にとっての本当の意味での死だ。


「なんかもう、大丈夫そうじゃない?」

「何がだ?」

「私のスキル、上手く使えてたみたいだし、これで勇者を受け継いだってことで私も安心して……」

「それ、止めた」

「は?」

「前に考えとくって言ったけど、あれ撤回で。俺、そんな柄じゃないし」

「はぁぁぁぁぁっ!? 今更、何言ってんの!? この状況でそんなこと言われたら未練が残るじゃない! また地縛霊になっちゃうかもよ?」

「それもいいかもな」

「はあ!? そ、そんなの無理だって……。だって、もう……」


 彼女は遣り切れない気持ちを露わにしながら、俯いてしまう。

 そんな彼女に、俺は少し前から考えていたことを告げる。


「お前、もう一度、勇者をやってみる気はないか?」

「はい? 何の話? どういうこと??」


 リゼルは意味が分からな過ぎたのか眉間に皺を寄せた。

 俺も彼女と同じ状況なら、そうなっていたと思う。

 それくらい、これから俺が話す提案は突飛な事だった。


「もう一度、肉体を得て勇者をやるって事さ」

「??」


 彼女の眉間の皺は更に深くなった。

 仕方が無いので全部説明することにする。


「俺が得たスキルの中に全付与シーリングマスターというものがある。それはスキルや物など、あらゆるものを別のものに付与出来るんだ。例えば――」


 俺は足下に落ちていた手頃な小石を二つ拾い、右手と左手それぞれに持つ。

 そして、その二つをくっ付け、意識を集中させる。


――全付与シーリングマスター


 途端、二つだった石が、一回り大きい一つの石になる。


「……!?」


これにはリゼルも声が出ないくらい驚いていた。

石を隈無く窺い、仕掛けやタネが無いことを知ると更に驚きを深めていた。


「この力を応用して、リゼルの魂を他者の肉体へ付与する。そうすれば現世に再び生きた体を持つことができる」

「え……そんな事が……できるの??」

「理論上は可能なはず。しかし、実際に試したわけじゃないから、成功するかどうかは分からない。だから、そのつもりがあるのか聞いたんだ」

「……」


 そこでリゼルは黙り込んでしまった。


 そうだよな。急にそんな事を言われても迷うよな。

 自分じゃない体に入る不安もあるが、もしかしたら失敗する可能性だってあるわけだし。

消えてしまうより酷いことになったら目も当てられないのだから。


「やる!」

「相変わらず決断早いな!」

「だって、このまま消えちゃうの嫌だもん。それに……もっとジルクと一緒にいたいし……」

「え? 何て?」

「なっ、なな、なんでもない!」


 リゼルはどういうわけか慌てふためいていた。

 そんな最中、彼女はふと疑問に思ったようで、


「そういえば、私の魂が入る器……っていうか、体はどうするの? その人の人生を奪ってまでは生きたくないよ?」

「それは問題無い。既に死んだ人間の体を利用する」

「えっ……死体……?」

「あるだろ、そこに。状態の良いやつが」


 きょとんとするリゼルに対し、俺は棺の中に眠る少女に目を向ける。


「……」


 その提案に彼女は言葉を失った。



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