第18話 侵入


「もう下がっていいぞ」


 ゲオルクがそう告げると、騎士団長は娘をその場に残して部屋から出て行った。

 それを確認すると、彼は前へと進み出て扉に鍵をかける。


「さて……」


 ゲオルクは娘の方に振り返ると下卑た笑みを見せる。

 娘の方はそれで自身の危機を悟ったのか、反射的に身を引いた。


「そんなに怯えることもないだろう。我の下に来たということは幸せを約束されたようなもの。着たいものを着て、食べたいものを食べ、遊びたいだけ遊ぶ。そんな楽な暮らしが出来るのだからな。ただし、その為にはお前の献身的な働きが必要だがな? くっくっくっ……」

「いや……」


 ゲオルクが一歩ずつ近付くと娘はか細い声を上げる。

 そして、震える足で後退りした時だった。


「きゃっ!?」


 背後にあったベッドに躓き、その上に転がってしまう。


「もうお前は逃れることなど出来ない。どうせなら楽しんだ方が得だぞ?」


 ゲオルクは着ていた上着を脱ぎ捨てると、娘の上に覆い被さった。

 そのまま彼女の体に馬乗りになり、華奢な両腕を掴み上げる。


「いやっ! 止めて……止めて下さい!」


 彼女は必死に抵抗するが、まるで鉄の拘束具でも付けられたかのように動けない。

大男のゲオルクからしたら彼女の体など、人形を扱っているのに等しい。

藻掻くことが無駄だと悟った娘は力を、瞳に涙を溜める。


「お願いです……止めて下さい……。私には……約束した人がいるんです……だから……」


 それは懇願だった。

 しかし、それを聞いたゲオルクは笑みを浮かべる。


「ほぉ、そいつは良いことを聞いた。ならば明朝、その男を捕らえて処刑しよう」

「……!?」


 娘は瞠目し、息を呑んだ。


「そうだな、罪名は何でもいいのだが、とりあえず反逆罪とでもしておこうか。くく……」

「……」

「斬首、磔、火炙り、どれがいい? 他にも案があったら聞くが?」


 娘の凍り付いた表情が次第に虚無になって行く。

視線が虚空を見つめ、瞳から光が消えた時、彼女はその体をゲオルクに預ける。


「聞き分けがいいじゃないか。そういう奴は嫌いじゃないぞ」


 彼はほくそ笑むと、娘の服に手をかける。


「ジ、ジルク! 行かないの!? このままだと、あの子が……」


 俺の側で慌てたようにリゼルが叫ぶ。


「行くさ。だが、ここからじゃ無理だ」

「え、どうして?」


 俺は呆れたように目の前にある鉄製の格子窓を指差した。


「お前の感覚だとそうなのかもしれないが。この格子窓は嵌め殺しだからな。生きてる人間には通り抜けられない」

「あ、そっか……」


 長いこと幽体で過ごしていると、その感覚が普通になってしまうんだろうな。

 リゼルは照れ臭そうに舌を出した。


「お前は先に部屋に入って扉の鍵を開けといてくれ。それくらいは出来るだろ?」

「う……うん、なんとか頑張ってみる」


 彼女くらい輪郭の濃い死霊レイスなら、ポルターガイストを起こせるほどの強い霊力が備わっているはず。扉の鍵くらいなら、なんとかなるのではないだろうか?

 本人もそう言っているということは、やってやれない訳ではないということだ。


「ジルクはどうするの?」

「俺は隣の窓から侵入する」


 テラスの横には廊下へと続く窓が見える。そこからは入れそうだ。

 それにゲオルクと対峙する前にやっておかなければならない事がある。

 衛兵を黙らせることだ。


 中で暴れたら、すぐ周囲に気付かれ、衛兵が殺到してしまうからな。

 好き勝手やらせて貰うには、それ相応の準備が必要だ。


「それじゃ、頼んだぞ」

「りょーかーい」


 小声で告げると、俺は隣の窓に飛び移り、内部へと侵入した。

 降り立った場所は廊下。

それがゲオルクの部屋をぐるっと取り囲むように続いていることは魔音波透視クレアボヤンスで確認済みだ。


 もう一つ分かっていたのは、部屋の前に衛兵が二人立っている事。

 こいつらを黙らせる必要がある。


 俺は気配を殺しながら廊下を進み、曲がり角の陰から部屋の入口を確認する。

やはり衛兵が二人。扉の両端に立っているのが見える。


 ここは混沌たる眠りナイトメアスリープの出番だな。


 それもハボス大森林で手に入れたスキルだ。

 ゴブリンシャーマンが持つスリープのスキルを大量に集めたら、対象を眠らせ意図した悪夢に誘うスキルに進化していた。


 俺はゆっくりと廊下の角を曲がると、さもこの館の住人であるかのような平然とした態度で部屋の入口に向かって歩く。


 当然、衛兵達は最初こそ身内の者かと疑う仕草を見せたが、すぐに不審な人物だと見抜いて態度を改める。


「貴様っ……な……」


 腰の剣に手をかけ、声を発しようとした時には既にこちらの術中に嵌まっていた。

 二人の衛兵は共に白目を剥きながらその場に崩れ落ちる。

さぞ、楽しい夢を見ていることだろう。


 俺は余裕を持って扉の前に立つと、丁度良く中から、コト――と、鍵が開く音が聞こえてきた。

 それと同時にリゼルが扉を擦り抜けて顔を出す。

 案外、大変だったのか、その表情はやや疲れた様子。


「ふぅ……なんとか出来たよ」


 それに対し、俺は無言で頷く。

 だが、扉に手を掛ける前に、もう一つやっておかなければならないことがある。


 俺は意識の中で、とあるスキルを発動させる。

 まるで一滴の水が滴り落ち、周囲に波紋を広げたかのような感覚。

 途端、周囲に静けさが広がったような気がした。

 それを確認すると、


――行くか。


 扉に手を掛けた。


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