第38話 魔法使い
「うふふ、どういう死に方が好みかしら?」
ユリアナは俺の体を見回しながら愉悦に浸る。
「火炙り、水攻め、生き埋め、氷漬け、雷で痺れさせるっていうのもあるわ。ジルクは知っていると思うけれど、魔法は大得意だから、どんな方法でもリクエストに応じるわよ?」
「それは大盤振る舞いだな。しかし残念だが、どれも俺の好みじゃない」
「あらそう? ある程度ならば融通が利くわよ? 水攻めの後に火で炙って釜茹でに――とかね?」
「釜茹で……か、それは中々良い趣味をしている」
「じゃあそれにする?」
「ああ、そうだな。だが、実際に茹で上がるのはお前の方だけどな」
俺がそう言うと、彼女は一瞬、目を丸くした。
ユリアナにとって俺は未だに、ただの死霊使いでしかないからだ。
そんな無能が、絶対的に不利なこの状況で反抗の言葉を吐いたのだから驚きもするだろう。
「ふふ、面白いことを言うのね。谷底に落ちた時に頭でもぶつけてしまったのかしら? まあいいわ、それなら現実を見ながら恐怖しなさい」
ユリアナは体の前で右手をかざす。
魔法を発動させる構えだ。
彼女はパーティの中でも最大の攻撃力を誇る魔法使いだ。
しかも全属性の魔法が使えるという希有な存在。
冒険者の中でも、かなりの実力者であることは間違い無い。
「まずは水の檻に閉じ込めてあげる。溺れ苦しむといいわ、フラッドジェイル!」
そう叫ぶと、彼女の手から大量の水流が発生し、俺の周囲で渦を巻き始める。
フラッドジェイル――それはその名の通り、対象を水の檻の中へと閉じ込め、溺死させる魔法だ。
まとわり付いた水流が俺の体を飲み込もうと渦を狭めてくる。
その刹那、俺は小さく呟いた。
「……ライトニングアロー」
途端、俺の周囲に何本もの雷撃の槍が出現し、水流を爆散させる。
「え……?」
ユリアナは何が起こったのか分からないといった様子で呆然としていた。
だが直後に、電撃が残されていた水流を辿り、伸ばしていた彼女の手へと迫る。
「っ!?」
瞬時に危険を察知した彼女は咄嗟に魔法を停止させ、慌てたように退く。
すると、水の残滓が空中で蒸散して弾けた。
「な……何故、あなたが魔法を使えるの?」
彼女は血の気の引いた顔で尋ねてきた。
至極当然な反応だと思う。
俺からしたら、水魔法に通電し易い雷魔法を使って相殺しただけなのだが。
「使えるようになったから……としか言いようがないな」
「……」
彼女は眉間に皺を寄せたが、すぐに不敵な笑みを浮かべる。
「ふん……少しばかり雷の魔法が使えたからといって所詮、私の敵ではないわ。本物の魔法使いの力を見せてあげる」
彼女は再び魔法の構えを取った。
掲げた両手の上に燃え盛る大火球が形成される。
おそらく、それは上級火魔法であるエクスプロージョン。
その閃熱と爆炎で、城一つを一瞬で消し飛ばすほどの魔法だ。
この場所でそんなものを放てば、坑道が崩落し、生き埋めになりかねない。
それを分かっていてやってくるということは、そんな惨状からも確実に脱出できる実力と確信があるからだ。
「釜茹でして苦しむ姿を見られなかったのは残念だけど、この魔法なら一瞬で骨も残らず焼却されるわ。その身で格の違いを思い知りなさい」
彼女は高笑いながら腕を振り下ろした。
巨大な火球が放たれ、坑道の壁を炙りながら俺に迫る。
さすがにあれをまともに食らったらヤバい。
だが避けたとしても二次災害に巻き込まれるだけだ。
となれば、先ほどの同様に相殺するしかない。
火魔法の反属性は水魔法。その中でも上級クラスの魔法は――、
「メイルシュトローム」
途端、俺の体前に水の粒が集約され、すぐにそれは大きな津波となる。
大質量の波は火球を包むように飲み込み、燃え滓すら残さず消えて行く。
「そ、そんな……水の上級魔法まで……」
両者の魔法が消え去り、静まり返った空間で――、
ユリアナは愕然とした様子で立ち尽くしていた。
その隙を突いて、俺は
「……!」
「おっと、動いたら今度は別の魔法がお前の体を貫くぞ?」
彼女の背中に指先を当てながら、そう耳元で囁く。
これでいつでも彼女をやることが出来る。
生殺の権利を奪った今、ここからが復讐の本番だ。
さて、どんな恐怖を与えてやろうか?
そんなふうに気持ちが高鳴り始めたその時だった。
彼女に触れていた指先から伝わってくるものある。
これは…………震えているのか?
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