第37話 密約
リゼルは体を強張らせたまま呆然と立ち尽くしていた。
その様子から察するに――、
あいつがリゼルに毒を盛った張本人……?
「……そうなのか?」
「うん……」
俺が尋ねると、彼女は静かに頷いた。
「あの時は毒のせいで意識が朦朧としてたから輪郭がはっきりとはしなかったけれど……今ここで相対してみて確信した。あいつが私を殺した実行犯で間違い無い……」
薄れかけていた記憶が鮮明になり、リゼルは重々しい表情を浮かべる。
それに対し、魔族の青年は卑しみの視線を返す。
「まだ現世を彷徨っていたとは思いませんでしたよ。余程この世がお好きなようだ」
「……」
「おっと、既に死んだ者に構っている場合ではなかったですね」
彼は自身に向けられた憎悪の念など気にする様子もなく、意識を俺に向けてくる。
「挨拶が遅れました。貴方の事はユリアナから聞いていますよ、ジルク」
「ほう」
「私の名はギーヴ。かつての魔王様に仕えていた者です」
ギーヴと名乗った彼は魔族らしからぬ丁寧な態度を示す。
振る舞いはどうであれ、奴はリゼルを手に掛けた魔族だ。
普通に考えたら百年以上、変わらぬ容姿で生きていることになる。
寿命の長い魔族なら珍しいことではないが、主である魔王が倒されてから、今までどこで何をしてきたのだろうか?
それに、そんな奴が人間であるユリアナに力を与える理由は?
「今、どうして魔族が人間に力を貸すのだろう? そう考えていましたね?」
「この状況なら、誰でもそう思うんじゃないか?」
ギーヴは俺の言動に対して楽しそうに微笑むと、側にいたユリアナを一瞥する。
「彼に教えて差し上げてもいいですかね?」
「ええ、構わないけど。私達の事を知ってしまった以上、どうせ死んでもらうわけだから」
彼女はさらりと言って退けた。
「同意が取れたので、お話しましょう」
ギーヴは俺を見据える。
「率直に言えば、私達は明確な利害関係にあるからです。しかもその関係は彼女のかつての仲間――アルバン達とも同様にね」
「……!」
アルバン、フリッツ、そしてあのゲオルクもこいつと連んでいたというのか?
そうなると当然、気になるのは――、
「いつからだ」
「ふふ、そうですよね。気になりますよね」
彼は嘲るように重々しさを気取る。
「それは彼らがデュカインに足を踏み入れた時からですよ」
デュカインとは、かつて
思い起こせば奴の討伐後からアルバン達の様子がおかしくなった。
外で待っていた俺には事情は分からないが、その場所で何かがあったという事なのだろう。
「そこでアルバン達は、お前と取引したというわけか」
「私ではないですよ。実際に取引をなさったのは、ベンダーク様ですから」
「ベンダーク……だと? 奴はアルバン達が倒したんじゃ……」
自分で口にしておいて気付いてしまった。
ギーヴと目が合った瞬間、彼はニヤリと笑う。
「ベンダーク様はご健在ですよ」
「……」
俺は他にも騙されていたというわけか……。
アルバン達はベンダークを倒したと偽って彼らと密約を交わし、その後、事情が露見する可能性を考慮して俺を死地へと追い込んだ……。
そういえば俺が谷へと突き落とされようとしていた時、アルバンはこう言っていた。
計画を進める為には念の為、勘の良い俺を殺しておく必要があると……。
その計画というのが、ベンダークとの取引というわけか。
なら俺の死体が上がらないように殺害する理由も分かる。
「人間と取引してまで何かを得たいだなんて、魔族も落ちぶれたものだな」
「より合理的であると言って頂きたいですね」
ギーヴは尊大に構える。
「先代の魔王様は絶大なる力を持っておられましたが、それが逆に妨げとなってしまった。力に頼り過ぎたが故に、そこにいる小娘ごときに隙を突かれてしまったのです」
彼はリゼルのことを一瞥する。
「死する直前、辛くも御身の魂を四つに分けられたことは幸いでした。魔王様が
「ほう、魔族にしては慎重なことで……」
「それは褒め言葉として受け取っておきますよ。後々、泣きを見るのはそちらの方ですしね」
ギーヴは企みに満ちた笑みを浮かべる。
「彼らとの取引によって我ら魔族は既にギルニア王国の各地へ密かに入り込むことに成功しています。同士達は人間の姿を偽り、今も虎視眈々と内部支配を目論んでいる。アルバン達はその見返りとして、ベンダーク討伐の勇者として称えられ、国内での確固たる地位と信用を得たわけですから双方にとって利益のある取引と言えるでしょう」
「配下の入れ知恵によって動く魔王とは、随分と聞き分けの良い主だな」
「私ごときの助言を聞き入れてくれるということは、それだけ大きな器を持っておられるということ」
「そいつは扱い易い素晴らしい主君だな」
「あまり口が過ぎると、綺麗な死を迎えられませんよ?」
俺の皮肉めいた発言に、彼は微笑み返す。
そして近くにいたユリアナに目を向けた。
「彼はそろそろあの世に行きたいようです。お願い出来ますか?」
「ええ、喜んで」
前に進み出た彼女は艶めかしく舌舐めずりする。
「私、こう見えても嗜虐的な殺しが大好きなのよ」
楽しそうに言う彼女に対して、俺は心の中で思う。
――だろうな。
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