第36話 ドレスルーム


「自分から本性を晒すとはな」


 俺はユリアナを睨み付けた。

 すると彼女は余裕の態度を示す。


「それは、ジルクに失望してしまったからよ。昨晩の私からの誘い、あれがあなたにとって最後のチャンスだったのよ? それをあなたは拒絶した。私の忠実な下僕になるチャンスをね」

「下僕ねえ……」

「残念だわ。死に損ないから奴隷くらいにはランクアップ出来たのにね。今度こそ確実に死んでもらうしかないわね」


 そう平然と言って退けた。


 やはり、これが彼女の本性。

 反省を示す態度も、甘い言葉も全て計算尽く。

 男の本能に訴えかけ、意志を揺るがすそのやり方は、あざとく卑劣な手口。


 だが、俺には効かないがな。


 そこで吊り下がっている死体を一瞥し、尋ねる。


「これもお前の仕業か?」

「ええ、もちろん」

「一応、何の為に――と聞いておこうか」

「何の為? ふふっ」


 彼女は馬鹿にしたように鼻で笑った。


「さっきも言ったでしょ? ここは私のドレスルームだって。彼女達は私を着飾る衣装のようなもの」


 衣装だって?

 皮を剥いで被るわけでもあるまいし、何を言ってるんだ?


 こちらの反応が鈍いと思ったのか、ユリアナから口を開く。


「いいわ、お馬鹿さんの為にも教えてあげる。彼女達は私の美しさを保つ為に必要な原料。さらったのはその為よ」

「原料……」

「そう、彼女達から生命力の源である精気を吸い取り、それを私が取り込む。そうすることで老化することなく永遠に美しいままでいられる」


 精気を吸い取る? そんな事が人間に出来るのか?

 あるとすれば魔物が使うエナジードレインのような能力、もしくは吸血鬼ヴァンパイアのように血液を吸うことで魔力を高めるような種だ。


 死体が干からびたようになっているのは、精気を吸い取った後の抜け殻だから……?

ということは、彼女自身にそういったスキルが備わっているということなのだろうか?


「……下劣な理由だな」

「下劣……? これは重要なことよ」


 ユリアナは強い眼光で俺を睨む。


「美しくあるだけで男共は盛りのついた犬のように媚びへつらい、頭を垂れてくる。そうすれば、もうこちらのもの。意のままに操ることが出来る。ホラスのような小さな町を選んだのもすぐに信頼を得やすいが為。私がちょっと町の為に動いただけで、彼らはそれを信じ込み、女神のように扱ってくれるしね。これほど快感なものは他に無いわ。気に入らない女共は皆、私を高める為のエキスになるだけのこと」

「……」


 クズの極み……。

 胡散臭いことは承知だったが、こいつはクズの格が違う。


「罪の上に成り立っている美しさというわけか」

「罪? 馬鹿を言わないでよ。私からのご褒美じゃない。皆、喜んでいたでしょう?」


 彼女の言う通り、町の民はユリアナを信じて慕っていた。

 知らない方が幸せというわけか。


 と、そこで彼女がふと思い出したように手を叩く。


「そうだ、罪で思い出したわ。昨晩、あなたに妹のソフィのことを話したわよね? 彼女の存在こそ罪だわ」

「どういうことだ?」

「今だから話せるけど、ソフィが体を壊し、倒れてしまったのは私のせいなの」

「……?」

「正確には殺そうとしたんだけど、上手く行かなくて殺し損ねてしまったって感じ? だってあの子、私と同じ顔……いいえ、私よりも綺麗なんですもの。それだけで重罪。成長と共に日に日に美しくなってゆく姿が腹立たしくて……」

「……」


 当時、ユリアナ達の故郷に立ち寄った際、急にソフィが倒れたという知らせを受けた。

 あの時にそんな事が起きていたのか……。


 ソフィの病状は深刻だった。

 四肢の自由が利かなくなり、寝たきりを強いられていた。

 症状から推測するに、神経に作用する毒か何かを盛られたのではないかと思う。

 魔法や武器で直接手を下せば、ユリアナ自身が疑われ追い詰められる可能性があるからな。


 ソフィが命を取り留めたのは致死量を誤ったせいか?

それ故に障害が残ってしまった……。

 方法は何にせよ、卑劣な手段で殺害しようとしたことには間違い無いだろう。


「でも、そんな彼女もようやく静かになってくれたわ」


 そこでユリアナは、死体と共に立てかけてある粗末な木棺を一瞥し、笑みを浮かべた。


「お前……」


 笑みの理由は容易に想像できた。その下劣さに吐き気を催す。

彼女が軽く指を弾くと、雷撃の魔法が小さく迸り、棺の蓋を吹き飛ばす。


 露わになった棺の中にあったのは――、

髪の長さこそ違えど、ユリアナと瓜二つの顔。

 それは紛れもなく俺の知る人物。


「ソフィ……」


 骨が浮き出た繊弱な体。

青白く幽艶な肌。

 多少、頬は痩けていたが、本来の美貌は失われてはいない。

 それは死体とは思えない容姿だった。


ソフィの体は両の手と足、そして喉元を縄で縛られ、棺の中に固定されていた。

それだけで、彼女がぞんざいな扱いを受けてきたのが分かる。


 俺はユリアナに問い質すような視線を送る。

 すると彼女は意気揚々と訴え始める。


「これでも大変だったのよ? その美しさを吸い取ってやろうと思ってたのに、毒に冒された体じゃ、こっちにも影響が出かねない。だから、別の方法で美を奪ってやろうと思って、棺に縛り付けて餓死させてやったの」

「……!」

「弱々しく衰えてゆく姿は心が震えるくらい快感だったわ。でも……憎たらしいことに全く肌が劣化しないの。それだけが腹立たしくて……」


 ユリアナは思い出したように怒りに打ち震える。


 死しても尚、なかなか朽ちないソフィの体。

 その理由は多分、彼女が光魔法を主体とする魔法使いだからだ。


 これまで彼女はパーティの中で回復役を務めてきた。

 光魔法は、そうした身体を活性化させるものが多い。

 普段から光魔法を使用している者は、少なからず光の魔素をその身に受けており、その値が多ければ多いほど体の劣化や老化を遅らせる。


 そんな人間のことを俗に〝光の加護を受けている〟なんて言う者もいるくらいだ。

 光魔法を専門にこなし、使用の頻度が高かったからこそ、ソフィの体は今もその姿を保ち続けているのだと思う。


「でも、死の苦しみは与えられたから、それで少しはすっきりしたかしら? フフッ」

「……」


 ユリアナは実の妹を手に掛けたのにもかかわらず、全く何も感じていないようだった。

 それほどまでに美への欲望というものが彼女を狂わせてしまっている。


 そういえば、精気を吸収し自身に取り込むという力。

彼女は以前、そんなスキルは持っていなかった。

 端から所持していたのなら、毒など盛らずにその力でソフィの精気を奪っていたはずだからだ。


 ということは、俺が峡谷に突き落とされた時から、これまでの間に手に入れた力ということになる。

 一体、どうやって?


「その力、どこで手に入れたんだ?」

「あれ? 気になる? 教えて欲しい? どうしようかなー……」


 ユリアナは勿体振ったように嘲笑う。

 その刹那だった。

 彼女の背後で別の声が上がった。


「その力は私が授けたものです」


 それは丁寧で落ち着いた声。

 その声の持ち主が彼女の後ろにある闇の中から姿を現す。


 それは燕尾服を着た、整った顔立ちの青年だった。

 だが、その容姿には気になる所がある。

 エルフのように尖った耳、青白い肌。

 そして、その身から発せられる冷たい空気。

それで俺はすぐに理解した。


 ――……! 魔族か。


 おそらく、ここに来る間に辿ってきた魔素の残滓――その持ち主だ。

 そして、この圧倒的な威圧感……。

 上級魔族のプレッシャーだ。


 奴がユリアナに力を?

 その繋がりに違和感を覚えていると、俺の隣にいたリゼルが絶句したまま体を震わせていることに気付いた。


「どうした?」


 尋ねるが、彼女は硬直したままで反応がない。

 そんな中、魔族が意外なことを口にする。


「おや? 連れている彼女は死霊レイスですか」


 こいつには見えているのか……?


闇の住人アンデッドと意思疎通を取れる人間とは珍しい。……ん? しかし良く見ると、どこか見覚えが……」


 魔族は顎に手を当て、記憶を辿る。

 と、すぐに思い当たったようで、


「ああ、思い出した。君はあの時の――」

「……!」


 彼の反応に合わせたように、リゼルの瞳が見開かれるのが分かった。

 魔族の青年は笑みを浮かべると、彼女に見下したような視線を向ける。


「――毒を盛られ、王に見捨てられた勇者じゃないですか」


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