第35話 魔の臭い


 翌日、俺は神隠しの元凶を探る為、調査を開始していた。

 それにリゼルも付いて来たのだが、昨晩の出来事に触れてくる様子は無い。

 どうやら彼女なりに気を遣ってくれているらしい。


 俺はホラスの町の中心にある広場までやってくると、近くの木陰に入り、その幹に背中を預ける。


「ねえ、何してるの? 神隠しの原因を探るんじゃなかったの?」


 リゼルがそう思うのも当然だ。

 朝起きてから聞き込みどころか何もせず、ようやく昼を過ぎてこの場所までやってきたと思ったら今度は木陰で一休み。

 そんな怠惰を目の当たりにしたら、そうも言いたくなるだろう。

 だが、俺は何もしていなかった訳じゃない。


「もう探ってるさ」

「え? え? どこが??」


 訳が分からず彼女は辺りをキョロキョロと見回す。


「そろそろ戻ってくるんじゃないか?」


 俺がそう言うや否や、四方八方から聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「ポポポ」

「ポポーッ」

「ポッポポー」


 スピリット達が綿毛のように風に乗って俺の元へと戻ってきた。

 それを目にしたリゼルは、ようやく事情を理解したようだった。


「あ、スピリットちゃん! そっか、あの子達に頼んだんだね!」


 戻ってきたスピリット達は懐いた動物のようにリゼルの体にまとわりつく。

彼女はそんな無数のスピリット達に埋もれながらニコニコしていた。


「うふふ、くすぐったいよ。でも、いつの間に?」

「昨晩の内に町全体に放っておいた。何か痕跡が残っていれば引っ掛かるだろうと思ってな」

「さっすがー」

「町の人の話だと最近、神隠しが起こったのは三日前だそうだ。悪霊ワイト吸血鬼ヴァンパイアの類いが原因なら、まだ強い霊気が残っているだろうからな。そいつを探れば犯人に辿り着ける」

「なるほど。それで、どうだったの?」


 リゼルは周りにいたスピリット達に尋ねた。

 すると彼らは、示し合わせたように一斉に体を横に振った。


「それらしい霊気は見当たらなかった……? という事は今回の事件、闇の住人アンデッドの仕業ではないのか」

「じゃあ何が原因なんだろうね? もしかして、その名の通り、神様……とか?」


 彼女が冗談めいたように言うと、一匹のスピリットが反応する。


「ポポォー」

「ん? 他に何か見つけたのか?」

「教えてくれる?」

「ポポー」


 そこでそのスピリットが伝えてきたのは〝魔素〟の存在だった。

 魔素とは魔物の体のみから放たれる魔力のようなものだ。

 白骸竜ヴァニタスの体から漏れ出していたアレも魔素である。


「町中に魔素の痕跡が? ってことは、魔物が町に入り込んだってこと??」

「そうなるな。だが町の人間がそれに気付いていないってことは、単純に凶暴な魔物ではなく、知能の高い部類の魔物……」

「それって……」

「上級魔族……ってことになるな」

「……」


 リゼルの表情が急に強張る。

 上級魔族と言えば、魔王などに直接仕える幹部クラスの魔物だ。

 そんなものが、こんな平穏そうな町に度々忍び込んで人をさらっていると知ったら、それは緊張もするだろう。


「どうするの?」

「ともかく、その魔素の痕跡を追ってみようと思う」

「そうだね、犯人の居場所を突き止められるかもしれないし」


 意見が揃った俺達は、そのスピリットの案内で魔素の痕跡を辿った。

 そんな芸当が出来るのも俺が死霊使いだからこそだ。


 神隠しに遭った娘の家から、まるで血痕のように続く魔素の跡。

 それを頼りに進むと、町の裏手にある岩山へと辿り着く。

魔素の痕跡はその岩山の袂に口を開けた洞窟のような場所へと続いていた。


「これは……廃坑か?」


 中から鉱石を運び出したような形跡が見受けられたが、かなり前に放棄されたようで、通行止めの為に打ち付けられた板も割れて剥がれてしまっている。


 その廃坑に魔素が続いているということは、中に高い確率で魔物が潜んでいることになる。

 そこで考えるのは――、


 多くのスキルを手にしたとはいえ、この俺に上級魔族と渡り合えるような力はあるのだろうか?

 ヤバい臭いしかしないが、俺の中にある勘みたいなものが、そこに何かあると訴えかけてきている。


 まずそうだったらすぐに退く。

 そう決めて、リゼルに目配せする。

 彼女もそれに頷き返してくれた。


 坑道の中へ足を踏み入れると、中はひんやりとしていた。

 やや下り坂の穴は真っ直ぐに伸びていて、しばらく行くとかなり広い空間に出る。

 スピリットにファイアボールの魔法を付与し、明かり代わりにしていたが、天井が高くそこまでは照らしきれないほどだ。


 その広い空間を更に奥へと進んで行くと、照らした明かりの先に浮かび上がる物体があった。


「ん? なにあれ?」


 リゼルが壁面に吊り下がっている何かを指差す。

 俺は明かりのスピリットを増やし、周囲を大きく照らし出す。

 すると、


「な……」


 そこに広がっていた光景に俺達は息を呑んだ。

 それは人間の死体だったのだ。

 皮と骨だけの干からびた死体が、壁から突き出した釣り針のような金具に喉を貫かれ、ぶら下がっている。


 しかもそれは一体や二体じゃなかった。

 数え切れないほどの躯が同じような状態で壁一面に吊されていたのだ。


「うっ……」


 おぞましい光景にリゼルは思わず口元を押さえる。


 どの死体も生前の顔が判別できないほどにシワシワだったが、身に付けている服装は若い女性のものに限られていた。

おそらく、ここが神隠しの元凶であることは間違い無いだろう。

 しかし、この殺され方は普通じゃない……。


「何の為にこんな……」


 思わずそう呟いた時だった。

 坑道の奥に広がる暗闇の中から声が上がる。


「うふふ……あなたなら遅かれ早かれ、この場所を見つけると思っていたわ」

「……!」


 カツンという靴音が坑道に響く。

 そして、ゆっくりと暗闇の中から姿を現した人物に俺とリゼルは瞠目する。


「お前……」

「ふふ……ようこそ、私のドレスルームへ。……ジルク」


 炎の明かりに照らされて、ほくそ笑んでいたのは、紛れもなく――、

ユリアナ、その人だった。


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