第26話 骨を求めて


 歩き始めて数日。

何回かの野宿を繰り返し、俺とリゼルはルカニ湖へと到着していた。


 ルカニ湖は山麓に広がる深い森の中にあった。

 楕円の形をした中規模の湖で透明度も高く、波風の少ない穏やかな湖面と併せて美景を湛えていた。


「綺麗な所だねー」

「早速、始めるぞ」

「って、少しくらい景色を楽しんでもいいんじゃない!?」


 俺があまりにも素っ気ない態度を返すので、リゼルは頬を膨らませる。


「霧が出始めている。濃くなる前になんとかしないと後々面倒なことになるだろ?」

「それは……そうかもしれないけど……」

「それに一度、来たことがあるって言ってたじゃないか」

「だって、あの時はドラゴン討伐に忙しくて、優雅に景色を見て和んでる暇なんてなかったんだもん……」

「どのみち、それももう無理そうだけどな」

「え?」


 俺は湖の方へ目を向ける。彼女もそれに釣られるようにそちらを見た。

 すると、先程まで鮮やかな緑を湛えていた周囲の森に霧が立ち籠め始めていた。

 湖面にも薄らと靄がかかっているのが見える。


 マクナ山麓の霧は発生から濃くなるまでが早いのが特徴だ。

 さっきまで見えていた景色が途端に消えてなくなることは珍しくない。

 それが迷いの山麓と言われている所以だ。


「あーあ……」


 リゼルは失われた絶景にがっくりと肩を落とす。


「霧の発生頻度の高いこの場所で晴れた景色を見られるのは貴重。それを一瞬でも望めたのだから、ラッキーだったと考えるべきじゃないか?」

「なるほど! それも一理あるね」

「……」


 こいつ、案外チョロいのか……?

 ともあれ、遺骨のサルベージだ。


「ともかく急ぐぞ」

「だね。で、結局どうやって探すの?」

「それはスピリットを使う」

「スピリット?」


 リゼルは首を傾げる。


 死霊レイスであってもその存在は知らないのか。


「まあ、見てな」


 俺には例によって辺りにいるスピリットに呼びかける。

 すると、周囲から泡のようにポコポコとスピリット達が湧いて出てくる。

 その数、三十数匹。


「うわ! かわいいー! これがスピリット?」

「ああ、魂の欠片だ」

「ふーん、でっかい綿毛みたい」


 でっかい綿毛か……言われてみればそんな気もしてくる。


 ふと、彼女は一匹のスピリットを捕まえると、自分の頭の上に載せてみる。


「やば……可愛すぎるぅぅ」

「ポポポ……」


 他のスピリット達もリゼルの肩や手に自発的に載ってきて、いつの間にか彼女は綿毛に包まれたみたいになる。


「うふふ、くすぐったいよ」


 明確な意志の無いスピリット達が自分から寄ってくるなんて初めて見る光景だ。

 しかも、俺でさえ触れることの出来ない奴らと、まるでペットのように戯れている。

 それは彼女は死霊レイスという同種の存在だからというのもあるだろう。

 だが、この懐きようは、それだけじゃないような気もする。


「この子達に探してもらうの?」

「ん……ああ、そうだ」


 思わず、スピリット達と戯れる姿を見ながらぼんやりとしてしまった。


「こいつらは普段からこの辺に漂っている個体だろうから、ゲオルクの部下達がここに遺骨を捨てに来た時の様子も見ている可能性がある。その記憶を元に探してもらう」

「へえ、そんな事も出来るんだ。偉いね」

「ポポポッ」


 リゼルの言葉に反応するようにスピリット達は嬉しそうに跳ねた。

俺は遺骨に関する情報をスピリット達に伝えると、すぐさま捜索を命じる。


「じゃあお前ら、頼んだぞ」

「ポポッ!」


 スピリット達は勢い良く湖の中へと飛び込んで行く。

 いつになく気合いが入っているように見えるのはリゼルの影響だろうか? 


 三十匹以上いるとはいえ、湖は広い。

捜索は難航するかと思われたのだが……。


「ポポポ!」


 やや離れた場所の湖畔で一匹のスピリットが声を上げた。

 どうやら見つけたらしい。


 スピリット達は投棄した場所を覚えていた上に、そこが川からの流入の影響を受けない場所のだったので、大きく流されずに済んだのだ。


「その真下にあるのか?」

「ポポ」


 スピリットは小さく頷く。


「そうか、ありがとう。助かった」

「ポポー」


 礼を告げるや否や、別れの挨拶とばかりに鳴き声を上げ、煙のように消えて行く。

 それは周囲にいた他のスピリット達にも伝播し、皆一斉にその場からいなくなった。

そんな中、リゼルは釈然としない表情を浮かべていた。


「ええっと……スピリットちゃん達とはもうお別れなの?」

「ああ、そうだ。奴らの仕事は在処を探ってもらう事だけ・・だからな」

「そうなんだ……私はてっきり、あの子達に拾ってきてくれるのかと思ってた……」

「あいつらは物理干渉できないからな。拾える手足も無いし」


 確かに……とばかりにリゼルは手の平の上で拳を打つ。


「じゃあ、湖の底に沈んでいる遺骨はどうやって引き上げるの?」

「それは、ほら」


 そう言って俺は不敵な笑みをリゼルに向ける。

 それで彼女は察したようで……。


「えっ……えええええっ!? わ、私!?」


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