第30話 大竜の息吹
俺はただ、地面を確かめただけだ。
なのにもかかわらず、それだけでスキルを獲得してしまった。
状況から考えられるのは、あの可能性くらいしかないだろう。
この丘、そのものが死体ってことだ。
獲得したスキルもあからさまにドラゴンっぽいスキルだし、改めて頂上から丘全体を見下ろすと、左右に向かって首と尻尾ではないかと思われる緩やかな坂が伸びている。
決定的なのは俺が触れた場所に骨らしきものが剥き出しになっていたことだ。
「おい」
「どうしたの?」
土を掘ることを止めた俺をリゼルは不思議そうに見てくる。
「お前が倒したっていうファイアドラゴンって、どの辺で仕留めたのか覚えてるのか?」
「もちろんだよ。そうじゃないと、ジルクに案内出来ないからね」
「じゃあ、その場所ってどこなんだ?」
「ルカニ湖の湖畔だよ」
「湖畔のどの辺りだ?」
「北側」
「……」
そう言われて確信した。
「北側ってここじゃないか?」
「えっ……言われてみれば……そんなような気が……」
彼女は今初めて気付いた、みたいな反応をする。
その様子を見て俺は「おいおい……」と額に手を当てた。
「この丘の形、見覚えはないか?」
「形? それがどうかしたの……?」
リゼルは少し空中に浮き上がると、丘全体を見下ろした。
するとその表情が次第に確信と驚きへ移り変わる。
「!? ま、まさか……この丘がファイアドラゴンの死体!?」
「そのまさかだ」
「……」
彼女は、それに今まで気付かなかった自分に絶望したのか、気が抜けたようになっていた。
「ここに触れた瞬間にドラゴンっぽいスキルを獲得したから間違い無いと思う」
「はは……ははは……」
そりゃあ百年以上も放置されれば骨も土を被り風化するし、雑草も生える。
丘と見間違うこともあるだろう。
しかしながら、彼女は落ち込んでいた。
「今の今まで気付かないとか……そんなことってある!?」
「俺だって掘るまで気付かなかったんだ。それが時の流れってもんだろ」
「そうかもしれないけど……」
「それだけ自然の力っていうやつが凄いってことさ」
「う、うん……」
彼女は苦笑いを見せる。
「で、こいつはどうする? 場所を変えるか?」
俺は手に持っているライムントの骨を指摘する。
これがただの丘じゃないと分かった以上、そのまま埋葬するわけにもいかないだろう。
「ここでいいんじゃない?」
「え……」
そんな答えが返ってくるとは思ってもみなかったので驚いた。
「理由は最初に決めた時と一緒だよ。ライムントの喜びそうな場所だし。それに自分が倒したドラゴンの上に居座るなんて格好いいと思うんだよね」
喜びそうな場所ってのは分かるが、格好いいっていうのは完全にリゼルの趣味だろ。
「じゃあ、この辺に埋めとくぞ」
「うん、よろしく」
俺は風魔法で少しばかり足下の土を掘削すると、そこへライムントの骨を埋めた。
その辺に落ちていた木で墓標を作ってやると、リゼルはその前で手を合わせる。
これで一つ、やるべき事が落着。
そこで俺は、先ほど手に入れたスキルの事を考えていた。
スキルの
要するにファイアブレスの上位互換のようなものだ。
強力になったのは良いことだが、やはり口から吐くことには変わらない。
それにドラゴンが吐くような強力なブレスを人間である俺が吐いたら、顎が持ち堪えられず吹き飛んでしまうだろう。
やっぱこれも封印かな……。
せっかく手に入れたのに勿体ないが、これから先のスキルに期待するとしよう。
そんなふうに自分を納得させながら、ファイアドラゴンの骨でもある丘を降りた時だった。
「あ、あのっ!」
唐突に呼び止められた。
見ればそれは、先ほどインファンスドラゴンから助けた青年兵士二人だった。
「なんだ、まだいたのか。街道はこっちじゃないぞ」
「そうじゃないんです」
「?」
体格の良い方の彼が言ってきた。
「あなた様にお願いがあって……」
「は?」
なんだか面倒事の匂いがするが、取り敢えず聞いてみるか。
「あのドラゴンを一刀両断してしまうなんて……感服いたしました。急な事で大変不躾なのは承知しております。そこを敢えて申し上げます。どうか、そのお力を私どもにお貸し願えないでしょうか?」
予想通り……というべきだろうか?
彼らの表情から逼迫した状況なのが伝わってくるが、俺には俺のやらなきゃいけない事がある。
他人の手伝いをしている時間など無いのだ。
「すまないが、こっちも予定がある。他へ足を運ぶ余裕は無い。どういう事情かは分からないが、そういったものはギルドに依頼を出すことを勧める」
「いえ、あなたにお願いしたいのです!」
細面の方の彼が横から強い口調で訴えてくる。
それを体格の良い方の彼が「自分が話す」とばかりに制止した。
「私達はここより南東にある町、ホラスの民兵です。町では最近、若い娘が神隠しに遭う事件が多発しておりまして……。原因も分からず住民だけでは解決が難しい状態。ですので、協力頂ける冒険者を求めてネルキアに向かう途中だったのです」
神隠し……それは不可解だな。
「なら尚更、俺でなくてもいいんじゃないか?」
「いえ、それがそうもいかないのです」
「?」
「魔物の仕業であればそれでいいのかもしれません。しかし、この神隠しは全て夜間に起きていまして、犯人の姿を目撃したという者もいない状況。そうなってくると、これは魔物ではなく、
「……」
俺は
確かに
「それで?」
「あなたは先ほどドラゴンを倒した際に、見えない誰かと話しておられた。もしかして、そういった世界の住人が見えているのではないですか?」
「さあ、どうだろうな?
案外、観察眼が鋭いようだ。
だが俺は霊が見えることで、これまで散々酷い扱いを受けきた。
あっさりと認めるわけにはいかない。
「
「買い被りすぎだ。それに俺はそういった冒険者稼業はやっていない」
「そこをなんとか……」
彼は必死に食い下がる。
それだけ切羽詰まっているのだろう。
しかし、俺にはそんな気は更々無い。
「もちろん、報酬もお出しします。宿や食事も不便無く手配させます。ですから、どうかお願いいたします!」
「お願いします!」
彼らは揃って跪いてきた。
側にいたリゼルも「手伝ってあげたら?」みたいな顔をしている。
困るんだよな……。
にしても報酬か……。そいつをだいぶ吹っ掛けてみたら退いてくれるだろうか?
例えば町一つ買えるような金額とか……。
そんな事を思案していると、体格の良い方の彼が気になる言葉を吐いた。
「どうか、我がホラスの長、
「……!」
背筋に稲妻が走ったような感覚に陥る。
「おい、今、なんて言った?」
「え……長にお会いして……」
「違う、その長の名だ。なんと言う」
急に強い口調で捲し立てる俺に、彼はやや怯えたように答える。
「ユ……ユリアナ・クレヴィング様です」
「……」
その名を耳にした途端、俺の脳裏に嘲り笑う女の顔が蘇る。
「いいだろう」
「へ?」
「その依頼、引き受けようじゃないか」
頑なに断っていた俺が急に態度を変えたので、彼らはすぐに状況を理解出来なかったようだった。
だが、ようやく事態を飲み込むと、
「あ、ありがとうございます!」
彼らは酷く喜び、一時の安堵に胸を撫で下ろす。
そんな中、俺は企みに満ちた笑みを浮かべていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます