第15話 領主の影


「馬鹿な……こんなことが……」

「あ、あり得ねえ……」


 兵士達は柄しか無くなった剣を見つめ、ぼんやりと立ち尽くしていた。

 そんな彼らに向かって、俺は平然とした態度で尋ねる。


「それで、その入領税っていうのは、いくらなんだ?」

「あ……いや、今回はいらないかなー……と」

「な、なんか……俺達の……か、勘違いだったみたいで……ははは……」


 兵士達は急に畏まったようになり、力無く笑う。


「そうなのか?」

「え……ええ、そうなんです。も、申し訳ありませんでしたっ!」

「そ、それじゃあ……俺達はこれで……っ!」


 彼らは俺と数瞬でも話していたくないようで、慌てたような足取りで建物の外へ出て行こうとする。


「おい、取った金も置いていけよ」

「は、はぃぃぃっ!」


 去り際に声を掛けると、彼らは革袋を放り出し、そのままの勢いで消えて行ってしまった。

あまりの変わり身の早さに、さっきまでの強い態度は何だったんだ? と思ってしまう。


 それはともかくとして、今ので俺が得たスキルは対人戦でも問題無く能力を発揮できることが分かった。

 これまで魔物としか戦ってこなかったから、ちゃんと人間相手でも使えるのか不安だったんだよな。それが確かめられただけでも良かったと思う。


 そんなことを思っていると、側にいたリゼルの様子がおかしいことに気付く。


「か……」

「?」


 ぼんやりと虚空を見つめたまま何かを口にしようとしているが、上手く言葉が出てこないといった感じ。


「か……か……」

「か?」

「神すぎぃぃぃぃぃっ!!」

「??」


 急に驚きの声を上げたリゼルに、俺の方が驚いてしまった。


「どうした?」

「だって今の全部、上級スキルでしょ? しかも、急に素早くなったのと、最後に剣を破壊したやつは特殊ユニークスキルだよね? 私から奪ったスキル以外に特殊ユニークスキルを二つも持ってるなんて……」

「まあ……そういうスキルだからな」

「そ、それはそうかもしれないけれど……特殊ユニークスキルっていうものは普通、一人一つ以上は持てないものなんだよ?」

「……」


 初めて見た人間は、そうもなるか。

俺はこれまでスキルとは無縁の人生だったからな。

 そもそも死霊使いのスキルも特殊ユニークスキルなんだけど。


「それに、特殊ユニークスキルってその名の通り、特殊で珍しいものだから同じものはあんまり見かけたりしないんだけど……そんな中でも今見せてくれた特殊ユニークスキルは……二つとも異色すぎる気がして……。あれって……」

瞬迅ゲイルファントム物質共鳴デスハウリングのことか? それなら魔物から奪ったスキルだけど」

「ま、まっ、魔物っ!?」


 リゼルは再び驚嘆の声を上げた。


「魔物からもスキルを奪えるの!?」

「ああ、みたいだな」

「みたい……って、それ普通じゃないからね?」

「まあ、そうだな。俺自身も初めて魔物からスキルを奪えた時はそう思ったから」

「……」


 俺が言った事に対して、しばし呆然としていたリゼルだったが、そこで何か良い事を思い立ったのか表情が意気揚々としたものに変わる。


「そうだ」

「?」

「そういう事なら、アレがジルクの役に立つかも」

「アレ?」

「私達のパーティが魔王討伐の道中で倒した伝説級の魔物がいるんだけど、その死体からもスキルを奪えるんじゃない? ドラゴンとかコカトリスとか、印象的だったから倒した場所も良く覚えてるし」


 古の強大な魔物達か……そいつはそそるな。


「そいつはいい」

「でしょ? それでジルクも更に強くなって……まさに次期勇者に相応しい姿に……ぐふふふ……」

「その企みに満ちた笑みはやめろ」


 そんな感じでリゼルと会話をしていた時だった。


「あ、あの……」


 ふと、俺に声をかける者がいる。

 それは、さっきまで兵士達に絡まれていた老齢のシスターだった。

 彼女は床にへたり込んだまま俺のことを不思議そうな目で見てくる。


 それもそのはず。

 普通の人間にはリゼルの姿は視認出来ない。なので他者から見れば、俺が一人で宙に向かって会話をしている変な人にしか見えない

昔からこんな感じだったからもう慣れているが、こういうので気味悪がられるんだよな。

それで、こういう時は大体、決まってこう答える。


「独り言だ」

「は、はあ……」


 納得はいってなさそうな表情だったが、相手もそれ以上詮索する気はないようだ。

 そんな彼女は、その場にゆっくりと立ち上がる。

先程、兵士達に踏まれていたが、特に大きな怪我は無いように見えた。


 シスターは俺の正面に見据えると真摯な表情を向けてくる。


「ありがとうございました。あなた様が訪れて下さらなかったら、今頃どうなっていたことやら……。私はこの教会で孤児院を営んでおりますハイダと申します。あのお金は支援下さっている方々から頂いた寄付でして、子供達の今月の食費になる予定でした。危うく飢え死にさせてしまうところで……本当に感謝しております」

「礼を言われるほどじゃない。尋ねたいことがあって、たまたまここに寄っただけだからな」

「それはもしや……大魔導師様のことで?」


 ハイダは俺が兵士達に質問した時の事を覚えていたようだった。


「知ってるのか?」

「私も詳しくは知らないのですが、幼い頃、母からよく聞かされました。かつての勇者様が魔王を倒した裏方には、三人のお仲間の大きな支えがあったのだと」


 それを聞いて、リゼルがうんうんと深く頷く。


「その中のお一人、大魔導師ライムント様はこのネルキアの出身で、魔王討伐後はこの地で骨を埋めたらしいのです。何より大昔の話ですから、その逸話を知る者もほとんどいないのが現状でして……」

「それで、その大魔導師の墓の場所は分かるのか?」

「ええ、この教会を出てすぐの広場、その中央にライムント様のお墓が……」


 そんな近くに?

 というか、ここに入って来る時に通ってきたはずだが、そんなものあったか?

 見逃してしまうほど小さなものなのだろうか?

 だが、求めていたものには違いない。


「すまない、礼を言う」


 そう言って、すぐさまその場所に足を向けようとした時だった。


「ま、待って下さい!」

「?」


 ハイダが慌てた様子で俺を引き止める。


「確かにそこにお墓はあるのですが……いえ、あった・・・と言うべきでしょうか……」

「それはどういう意味だ?」

「それが……つい最近、そのお墓が取り壊されてしまいまして……」

「なんだって!?」


 俺は少し前の記憶を手繰り寄せる。


 そういえば、あの広場を通った際、瓦礫の山が積まれていた。

 老朽化した建物を取り壊したものだと思っていたが、まさか……あれが墓だったのか??


 それにしたって、英霊が眠る墓を取り壊すなんて正気の沙汰ではない。

 何か事情がありそうだが……。


「なぜそんな事に?」


 尋ねると、ハイダは急に目を伏せる。


「新しい領主様の方針なのだとか……」

「領主……」

「ええ、今から一年ほど前になりますか。このネルキアに王都からやってきた新しい領主様が着任なされたのです。その時からネルキアは変わりました。民は重税に苦しみ、軍部の力のみが肥大化して、先程のように兵士達が我がもの顔で闊歩する町になってしまいました……。町で店を営む者の中には重い税で商売が立ち行かなくなり、首を括ってしまった人もいます……」


 だからか、この町に来て最初に感じた重苦しい雰囲気は。

 人々の顔もどことなく暗かったしな。


「大魔導師様のお墓も今の領主様が『どこの誰だか分からないような大昔の人間を町の象徴として置いてはおけない』と言い出したのが切っ掛けで、取り壊したその跡地にご自分の石像を建てるのだとか」

「自分の石像とか……随分とナルシストな領主なんだな」

「像を建てるに相応しい功績を残したからだと本人は仰っていました」

「功績って、どんな?」

「なんでも、あの青鈍あおにびのベンダークを討伐なされた冒険者の一人らしいのです」

「なんだって!?」


 それを耳にするや否や、背筋に紅く焼けた鉄が流し入れられたかのような感覚に陥った。

 俺は思わずハイダに詰め寄る。


「そいつの名は?」


 彼女は急に語気が強くなった俺に戸惑いつつもゆっくりと口を開く。


「ゲ……ゲオルク・シュナイダー」


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