第32話 癒えない感情
「私、あの人、きらーい」
案内された部屋に入るなり、リゼルがそうボヤいた。
あの人とは無論、ユリアナのことだ。
俺はベッドに横たわりながら答える。
「中々、見る目があるじゃないか」
「なんか話を聞いてても胡散臭い感じがするし、それに……ジルクを殺そうとした人なんでしょ? そんな人、絶対信用出来ないよ」
それを聞いて素直に感じたのは嬉しいという思いだった。
幸せな人間は復讐などという行為は肯定しない。
それが一般的には褒められた事ではないからだ。
だが、彼女は出会った時から俺のやる事に肯定的だった。
それはなぜだろうか?
――幸せな人間ではない?
元を正せば、リゼルは地縛霊だった。
それは現世に未練があるからだ。
彼女の話では、その未練の要因は、魔王が復活すると分かっていたのに勇者としての使命を全う出来なかったからだと聞いている。
その話に嘘は無いように感じたが、他にも理由があるような気がしてならない。
『人の道を説くほど私は正しい人間じゃないよ』
彼女がそう言っていた事を思い出す。
「なあ、前にも聞いたんだが……」
「何?」
「リゼルのやり残した事って、復活した魔王を倒すことだよな?」
「そうだけど、今更何でそんな事を?」
「本当にその使命感だけで、現世に留まっていたのか? と思って」
「えっ……」
天井の辺りでフワフワと浮遊していた彼女は、ふと言い淀んだ。
やはり、何かあるらしい。
しかも思いの外、動揺しているようで表情が重い。
余計なことを聞いてしまったか。
「少し気になっただけだ。忘れてくれ」
「ううん」
リゼルは首を横に振った。
「やっぱり、ちゃんと話しておいた方が良かったね」
「?」
彼女は薄い笑みを見せる。
「確かに私の未練の原因は魔王を倒しきれなかった事。それは変わらないよ。でも、他にもう一つ……忘れられないものがあるの。その感情は多分……恨み」
「……」
その口から思わぬ言葉が出てきたので驚いた。
朗らかな彼女の性格からは想像出来ないものだ。
「前に私の死因を聞いたでしょ?」
「ああ、魔王に絶死の呪いをかけられたって話だろ?」
「ごめんね、あれはちょっと脚色が入ってたんだ」
「そうなのか?」
「魔王討伐の祝賀パーティが開かれたのは話したよね?」
「ああ、パーティで出された飯を食って腹が痛くなったって話だろ?」
俺はそこまで口にして気付いてしまった。
「って、まさか……」
「そう、そのまさか。その料理には毒が盛られていたの」
「国を救ってくれた英雄に……どうして……」
「邪魔だったんだと思う」
「……」
「強大な力を持ちすぎた人間は国にとっても脅威。もしも私が他国に力を貸せば、自分の国が危うくなるほどの戦力になると知っていたからだよ。だから私を毒殺し、表向きは魔王の呪いによって殉死、という民にとって耳障りの良い理由をでっち上げた。パーティの仲間も報償として各地の統治を任せることが既に決まっていたんだけど、それは多分、戦力の分散を狙ってのことだと思う。要職に就けて身動きが取れないようにしたってこと」
俺はその話を聞いて自分の事ではないのに腹立たしい気持ちになった。
それは自分自身も似たような境遇に陥れられたからだろうか?
彼女が俺の復讐に肯定的なことが何となく分かった。
「まあ、私も毒を盛られて気付かないってのも勇者としてどうなんだろう? って感じだけどね。でもそれだけ信用していたってことなのかもしれないけど……」
重い空気にならないようにしているようだが、彼女の顔はどことなく無理が見え隠れする。
そんなリゼルに、俺は率直に尋ねた。
「恨みを晴らす気なのか?」
「どうなんだろう……」
歯切れの悪い返事が返ってくる。
「今のギルニア国王は私を陥れた国王と違うだろうし、だからと言って国自体に恨みを晴らすっていうのも違うと思う。相手がいないってことがモヤモヤの原因なんだろうけど。そもそも霊体だから何も出来ないしね」
彼女は肩を竦めた。
「とにかく、裏切られた気持ちは消せないし、このままの自分でいるしかないんだけど、魔王によって苦しめられている人達は私のそんな事情なんて関係無いから、私はそれをなんとかしたいと願っているだけなんだよ」
恥ずかしげも無くそんな事を言う彼女は、まさに真の勇者なんだと思う。
そんな事を思っていると、リゼルは俺の頬に顔を寄せてくる。
「という訳だから、早い所、私の跡を継いでよ」
「む……」
「そうしたら、私は安心して昇天出来るからさー」
「さあ、どうだろうな。俺はお前のような出来た人間じゃないからな」
俺はそう言うと掛け布を被ってベッドに潜り込む。
「あっ、ちょっ、逃げたな!」
「俺はもう寝る。色々あって疲れたからな。何かあったら起こしてくれ」
「あーっ、自分だけずーるーいー」
「
「むぅ……」
リゼルは唇を尖らせると、むくれた表情で宙を漂った。
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